第4話 真実
しばらくして、お風呂から出たヒューリは用意されていた清潔な服に袖を通し、部屋の扉を控えめにノックすると、中から「どうぞ」という返事が返ってくる。
綺麗な服を着て入ってくるヒューリを見て顔が明るくなる。
「似合うよ!カッコイイ!」
「…どうも。」
さっきの出来事がまだ尾を引いていて、素直に喜べる気分ではなかった。
「で? ここにいりゃいいんだな。…俺は何すればいい。雑用でもすれば満足か?」
ベッドの縁に無造作に腰を下ろし、足を投げ出す。あえて冷たい態度を取ることで、二人の間に壁を作ろうとしているかのようだった。
「私の護衛兼執事?」
「…は? 護衛兼執事?」
思わず素っ頓狂な声が出た。同時に2つやれと言われたのは初めてだ。しかも、疑問符付きときた。
「護衛ならともかく、俺に執事が勤まると思ってんのか?執事なんてもんは貴族の屋敷で修行積んだ奴がやるもんだろ。茶のひとつも淹れ方なんか知らねえぞ!」
「うん…ごめんね。」
その悲しげな笑みに、またしても心をかき乱される。見ていられなくて、思わず舌打ちをした。何を期待されているのか、何を求められているのか。分からないことだらけで苛立つ。
「まぁ、俺は買われた身だからな…出来なくても文句言うなよ!?
それで、最初の仕事は何だ。護衛っつーなら、家の周りでも見回ってこようか?」
「いいの!私のそばに居て。」
何かあったかのような、切羽詰まったような今までにない口調と態度だった
「どうしたんだよ。何かあったのか?」
さっきまでの刺々しい態度は消え、訝しげに彼女を観察する。彼女はベッドに座ったまま、膝を抱えて俯いている。顔は見えないが、その姿からは明らかな違いが感じられた。
ヒューリが隣に座ると、メルージェはヒューリに抱きついた。
「私、何度も殺されそうになってるの…王子と結婚させたくない他の貴族が犯人だと思う…
それで守ってくれた従兄弟が怪我したの…
ヒューリに怪我して欲しい訳じゃないよ!?誰かにそばにいて欲しいの……」
一呼吸すると震える声になる
「でも、ホントに危ないかもだし、嫌なら出て行ってもいいよ。」
抱きついてきた小さな体は、驚くほど震えていた。告げられた言葉は、にわかには信じがたいものだったが、彼女の怯えようがそれが紛れもない事実であることを物語っていた。
「なんだよ、それ…」
絞り出した声は、自分でも驚くほど穏やかだった。そっと、ためらいがちにメルージェの背中に手を回し、ぽんぽんと優しく叩く。それは、子供をあやすようなぎこちない手つきだった。
「わかった、守ってやるよ!あんたが俺を買ったんだ。それに出て行っても行くあてないし、ここの方が良い暮らしが出来そうだ!」
冗談めかした口調だったが、その声には確かな決意が宿っていた。もう、ここから出ていくつもりはなかった。少なくとも、この少女が安全になるまでは。
「うん、ありがとう……」
涙目のまま顔をあげると、ヒューリの狐耳がピンっとしているのが視界に入ると手を伸ばして触ってみた。
「モフモフで可愛い♡」
「…っ!」
突然、頭の上の耳に柔らかな感触が走り、ビクッと体が跳ねた。一番触られたくない場所に触れられた驚きと羞恥で、顔に一気に熱が集まる。
「なっ、おい、やめろ! 獣人の耳を気安く触んじゃねぇ! さっき風呂で言ったこともう忘れたのか!?バカ!」
口では悪態をつきながらも、耳は正直にピクピクと反応してしまうのが悔しい。必死に無表情を保とうとするが、赤くなった顔のせいで台無しになっていることなど、彼自身が一番よく分かっていた。
「ふふ。耳弱いんだね」
「あ?おま…はぁ…」
メルージェが笑顔なら少しくらい我慢してやろうと、それ以上何も言わず触られ続けた。
「で、そばに居るって、あんたが寝るまで見張ってりゃいいってことか。簡単なお仕事で結構だぜ、ご主人様。」
軽口を叩きながらも、青色の瞳は鋭く部屋の中を見渡している。窓の施錠具合、入り口の位置、家具の配置。追われることもあったため、無意識のうちに逃げ道と侵入経路を確認していた。
「じゃあ、俺はこの辺にでも座ってっとくぜ。」
「やだ。」
ヒューリの袖をクイクイと引っ張る
「やだ、って…何がだよ。」
袖を引かれ、メルージェが何を考えてるかしばらく模索する。
「…まさかとは思うが、添い寝でもしろって言うんじゃねぇだろうな。冗談きついぜ、ご主人様」
からかうように言ってみるが、内心では少し緊張していた。勘違いだったら再起不能だ。
「ヒューリ……
私の事わかってるじゃん!」
嬉しそうに言うと、袖を引っ張ってベッドへ誘導する。
「はぁ!? ちょ、待て、おい! 馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!」
袖を引かれ、為す術もなくベッドへと引きずられていく。その力は見た目に反して強く、抵抗空しく数歩後退したところで、とうとうベッドの端に腰を下ろさせてしまった。
「誰がお前と寝るか! そんな守るものが増え…あー…たくっ!」
抵抗しようとするが、今度は両肩を掴まれてぐいっとベッドの中に引き込まれる。ふわりとシーツの匂いが鼻をつき、目の前にはメルージェの顔があった。
「俺は護衛だって言っただろ! 本来、雇い主と同じベッドで寝る護衛がどこにいる! 布陣からして間違ってんだよ!」
「ふふ。照れてるの?」
イタズラっぽく言ってみると、ヒューリに抱きつく手は少し震えていた。
「照れてねぇ!これは純粋な抗議だ!」
口ではそう反論するものの、再び密着してきた体の震えに気づき、ぐっと言葉が詰まる。先ほどの会話の直後だ。彼女がまだ恐怖に苛まれていることは明白だった。
「……ったく。本当にあんたには敵わねぇな。」
諦めたように深くため息をつき、抱きついてくる彼女を拒絶するのをやめた。代わりに、もう一度、今度は自ら彼女の背に腕を回す。ぎゅ、と優しい力で抱きしめてやると、震えが少し収まる気がした。
「分かったよ。これでいいんだろ? 」
メルージェは背中のトントンと叩かられる音と、ヒューリの温もりですぐ眠りについていた。
つづく。




