第22話 思い出の紅茶
朝から多忙なメルージェ。
「うーん…ここはもうちょっとこうしたほうが良いかなぁ…うーん……」
部屋で一人唸っていた。
使用人の意見も取り入れようとすると、古い慣習に固執する者たちから反発されたり、自室に籠もりがちになっていた。昼も過ぎ、休憩でもしようかと思っていた時だった。
「……失礼するぜ。」
ノックもそこそこに、ヒューリがひょいと顔を覗かせた。その手には盆があり、湯気の立つティーカップが乗っている。
「アンタ、ここんとこずっと部屋に引きこもってるから…休憩、しねぇか?」
「あ、ありがとう…」
いつもヒューリは自分がしようとする前にしてくれる。そんな彼に胸がきゅっとなったが、気付かれないように笑顔を貼り付けた。
「私の好きな紅茶だね。
公爵家に居た時を思い出すわ…」
「……まあな。アンタの好みくらい、覚えてる…」
ぶっきらぼうに答えながら、紅茶のカップをテーブルに置く。芳しいアールグレイの香りがふわりと部屋に広がった。
「懐かしい話だな。あの頃は、俺もアンタに媚び売ってりゃ飯が食えたからな。」
軽口を叩きながらも、その目はメルージェを注意深く観察している。目の下の隈、力なく結ばれた唇。疲れてやつれているのは明白だった。
「ふふ。あれで媚び売ってたの?」
「当たり前だろ? そうでもしなきゃ、あの豪邸にいられるわけねぇし。」
「…1年も経ってないのに、色んな事起こりすぎたね」
込み上げるものがあり、すっと立つと窓辺に近寄り背を向けた。
「…ありがとう。お茶、後で貰うわ…出ていって良いわよ…」
「メルージェ…」
一瞬何かを言いかけたが、結局言葉を飲み込んだ。背を向けたメルージェから漂う、拒絶と悲しみの入り混じった空気に、これ以上踏み込むことはできないと悟ったのだろう。彼は黙って一礼すると、音もなく部屋から退出していった。
「うぅ……」
メルージェは堪えていた涙が一筋、頬を伝って落ちた。どんなに時間が経とうとも立場が変わろうとも、ヒューリへの想いが無くなることがないと痛感した。
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しばらくして、落ち着きを取り戻したメルージェはヒューリが運んできた紅茶を静かに口にした。温かい液体が喉を通り、冷え切った心にじんわりと染み渡っていく。カップを置いたその時、控えめなノックと共にメイドがドアを開けた。
「失礼いたします。王太子殿下がお見えです。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「アルが?ええ、どうぞ」
メイドが扉を開けると、アルフレッドが入ってくる。
「忙しいところすまない。少し、話がしたくて」
アルフレッドは穏やかな笑顔をたたえているが、俯きがちなメルージェ、ほんの少し赤い目元、無理をして取り繕ったであろう雰囲気。すべてを見透かしているかのように、彼はゆっくりと彼女に近づいた。
「ごめんね。忙しくて、中々そちらに行けなくて…」
メルージェの隣にしゃがむと頬に手を当て、目元に口付けをする。
「!?」
「泣いていたのか…
仕事が大変か?それともこの紅茶のせいか?」
「アル…」
見透かされているのがわかっていてあえて応えなかった。その変わり涙が溢れでてきてしまった。
「大丈夫だ」
溢れ出した涙を見て、アルフレッドは優しくメルージェを抱きしめた。その腕は力強く、けれど壊れ物を扱うかのように慎重だ。背中をゆっくりと撫でながら、あやすように低い声で囁く。
「無理をしなくていい。俺の前では、何も隠さなくていいんだ。」
「ご、めん…うぅ……」
しばらくアルフレッドの胸で泣くと落ち着いてきたメルージェは、何故部屋を訪ねできたのか思い出した。
「ありがとう、大丈夫よ。
それよりどうしたの?」
「あぁ、君を訪ねた本来の理由を話そう。明後日の夜、舞踏会が開かれることになった。隣国の使節団をもてなすためのものだ。」
「また急ね……わかったわ。」
「そうなんだ。本当は来ない予定だったが、俺の奥さんに会いたいらしい。」
「そうね…隣国の方には会ってないものね…」
「俺も、綺麗な奥さんを自慢したいしな!」
「もう!からかわないで!」
「本当の事だが?」
メルージェの赤面を見て、アルフレッドは楽しそうに目を細めた。先ほどまでの真面目な空気は無く、いつもの穏やかな雰囲気が二人を包んだ。
「長居をしてしまったな。疲れているだろう。今日はもう休むと良い」
そう言うと、彼は名残惜しげにメルージェの額にキスを落とし、部屋を後にした。
「さて、早く休もう。」
ティーカップを片付けるため廊下に出ると、自室へ入ろうとするヒューリと出くわした。
メルージェは、赤くなった目を見られたくなくて俯いた。
つづく。




