第2話 うちの主は…
メルージェの家までしばらく歩いて行くと、大きなお屋敷が見えてくる。
「あれが私の家よ」
「え……?」
そこは奴隷でも知っている、王家と親戚でもあるヴァレンスティーノ公爵家のお屋敷だった。
すると門番が駆け寄ってきて、ヒューリを汚いものを見るかのように上から下へ見定める。
「お嬢様!何処にいらしたんですか!?
皆探してましたよ!?
それになんですか、この汚いものは!」
「私が買ってきたの。荷物持ちよ」
「何を仰ってるのか…こんな得体の知れないものをお屋敷入れるわけには!」
「私に意見する気?貴方、私より偉いの?」
たじろく門番。
そこに無邪気な少女の顔はなく、公爵令嬢として凛とした威厳のある立ち姿だった。
「い、いえ…申し訳ございません…」
門番は深々と頭を下げ、後ずさる。
ヒューリはわずかに目を見開いていた。自分に向けられていたあからさまな侮辱が、目の前でいとも容易く打ち砕かれる光景。そして、少女が見せた、貴族のそれとは違う、絶対的な権威の片鱗。彼は何も言わず、ただじっとメルージェの横顔を見つめていた。
「それじゃあ、お父様とお母様には私が後で報告しておくから。あなたはお仕事に戻って。」
「は、はい! かしこまりました!」
門番たちは一礼すると、そそくさと持ち場へと戻っていった。嵐が過ぎ去ったかのように静まり返った門の前で、メルージェはヒューリに向き直って言った。
「じゃあ私に着いてきて」
「あ、ああ…。」
ハッと我に返り、短く返事をする。メルージェが再び柔らかな笑顔に戻ったことに、心の底から安堵したような、それでいて拍子抜けしたような奇妙な感覚に陥る。さっきの冷徹な姿とのギャップが激しすぎて、どちらが本当の彼女なのか計りかねていた。
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屋敷に入ると、すれ違うメイドたちの冷たい視線や、ひそやかな囁き声を痛いほど感じながらも、彼は努めて平静を装うが好奇と軽蔑の入り混じったその視線は、まるで無数の針で刺されているようだった。
(…ちっ、こういうの、やっぱ慣れねぇなぁ…)
心の中で悪態をつきつつも、表情には出さない。ここで何か問題を起こせば、メルージェに追い出されるかもしれないと思ったからだった。
「私の家族は両親と弟。
弟は家を継いで、私は王子の婚約者候補なの」
家族の話をするメルージェは楽しそうだったが、婚約者候補と言う時、少し悲しそうな顔をした。
「嫌なのか?王子様との結婚」
少しだけ踏み込んだことを聞いてしまったか、と思ったが、もう引っ込められない。荷物の重さも忘れ、真剣な眼差しでメルージェを見つめていた。
「うーん…幼なじみでね、あまりそう言う風に見れないの。
それに顔なら貴方のほうが好きだわ!」
「……は?」
間抜けな声が出た。貴方みたいな顔が好き。少女の屈託のない言葉が脳内で反響し、意味を理解するのに数秒を要する。理解した瞬間、カッと顔に熱が集まるのが分かった。
「なっ、おま…何言ってんだいきなり! 頭おかしいんじゃねぇの!? 俺なんかと王子様を比べんるじゃねぇ!」
動揺を隠すように、声を荒らげて早口でまくし立てる。人をからかうのは得意でも、自分がからかわれる、ましてや真正面から好意を向けられることには全く耐性がない。
照れ隠しでわざとぶっきらぼうに言い放ち、ぷいと顔を背ける。心臓がうるさく鳴っていた。この少女は本当にペースを掻き乱してくる。
「ふふ。ここが私の部屋よ
まずは荷物置いて。
バスルームへ行くわよ!私も流石に汚いのは嫌だから…」
「…は?」
また間の抜けた声が出る。
「……いや、待て。待て待て。どういうことだ? 主も一緒に風呂に入るってことか…?」
彼の青色の瞳が困惑に見開かれ、信じられないというようにメルージェを凝視する。予想外すぎる提案に、思考が完全に停止していた。
「いくらなんでも無防備すぎるだろう。それとも、何か特別な意図があるのか? 」
つづく。




