第15話 国王と王子の洗礼
穏やかに笑う国王だったが、彼の興味は明らかにメルージェの後ろに立つヒューリに注がれていた。侍女がお茶を運んできたタイミングを見計らって、国王が口火を切る。
「して……そちらの若者が、例の狐の獣人か。アルから聞いてはいるが…名はなんという。」
「…ヒューリです。」
場が張り詰めていたせいなのか、緊張からなのか、顔を上げることなく答えた。
「ふっ。そんなに構えなくても切り殺したりはしないよ。先王は自分より優れている獣人が嫌いでな…奴隷にして抑圧していたが、わしはそこまで嫌いではない。
が、メルージェが不利になるようなら迷わず処分するが。」
国王はお茶を啜る。今までの事もこれから何が起きるかもわかっているような、そんな事を思わせるような空気を纏っていた。
「肝に銘じておきます。」
ヒューリもメルージェも何も言えないまま下を向いていると、国王はメルージェに話しかける。
「そうだ、メルージェ。婚約発表の晩餐会が1週間後で、式がその3ヶ月後になった。あまり日がなくてすまんな。」
「いえ…私は何も…準備してくださる方達が大変なだけですわ」
早く結婚して国王派を強固たるものしたいのだろう。と思ったメルージェは少し棘のある言い方をしたが、国王は目を細めるだけで、なんとも思ってないようだった。
「では、わしは仕事があるので席を外すよ。二人はゆっくりすると良い。
良ければ庭も見ていってくれ。」
「ありがとうございます。」
二人は国王が見えなくなるまでお辞儀をした。
「はぁ…あれが国王か……汗かいた…」
「ふふ。そうね。」
国王が居なくなり、張り詰めていた空気がふっと緩む。まだ昼には早い時間でもあって、二人は国王に言われたように庭を散歩する事にした。
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少し歩くと、まるで全て見ていたかのようなタイミングでアルフレッドが姿を現した。
「おはようメルージェ。会いたかったよ。」
「アル!おはよう。こんな所で…ビックリしたわ」
メルージェは驚いた様子でやり取りをするが、ヒューリは何を考えているかわからないアルフレッドを牽制しながら、しかし王太子と使用人と言う立場もあるため、一礼しながら二人から距離をとった。
「婚約発表の準備で、ドレスを作らないといけないから、誘いに来たんだよ」
「まぁ、そうね…日もないから急がないとだわ…」
メルージェはヒューリの視線を気にして俯いた。アルフレッドはそれを見逃さず、腰を抱いて口付けをした。
メルージェはアルフレッドが現れた時より驚き目を丸くし、ヒューリは怒気を含ませ目を細めた。
「ん、…アル!急にやめて!」
口付けが、より深くなる瞬間、メルージェはアルフレッドの胸を強く押した。
「なぜ?私たちは婚約しているんだ。何も問題ないだろ?」
「そうだけど…」
アルフレッドはメルージェに言っているが、少し離れて後ろに立っているヒューリと目が合っていた。
ヒューリの青色の瞳も鋭く光ってアルフレッドを睨みつけていた。
「ふふ。じゃあ明日ドレスを見に行くから、迎えに行くね。」
「えぇ、わかったわ。またね。」
アルフレッドはメルージェの手の甲に口付けをしてその場を後にした。
ヒューリは奥歯をギリ、と噛みしめた。二人は部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると、ヒューリが立ち止まった。
「ヒューリ?」
「お前、大変だな。あんな奴のご機嫌取りして、こっちの面倒まで見なきゃなんねえんだから。」
その言葉には棘があった。先ほどの王子とのやり取り、自分とのこれからの事もあり、自暴自棄になっていた。
そんなヒューリの心をわかっていない少女は彼を怒らせてしまう。
「なんでそんな事言うの?
私が王子と別荘で情事の後は怒らなかったのに…」
「……。直接見るのとはちがうんだよ!」
ヒューリの顔からすっと表情が抜け落ち、冷たい怒りだけがその場に残った。
「お前が好きだけど!
…だけど、今は生きるためにここに居るだけだ!」
ヒューリはメルージェの顔を見ず、言葉も待たずに自室に戻って行った。
メルージェはしばらくその場から動けなかった。あんなに感情を出した彼を見るのは初めてだった。このままで良いのか考えているうちに時間は過ぎていき、舞踏会の日になった。
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「おはようございますメルージェ様。
本日私共が支度のお手伝いを致します。」
ノックと共に入ってきたのは3人のメイド。ヒューリはスーツ姿で廊下に控えているのがチラリと見えた。
ヒューリの元にメイドが来ると、メルージェとアルフレッドが登場する時は階段の下に控えるよう言われた。
そうして待っていると、上の方からガチャっと聞こえ、見上げると、国王夫妻とメルージェとアルフレッドが腕を組んで出てきた。
そこに少女の顔はなく、仕立てたばかりのドレスに身を包み、髪を結い上げ、まさに「アルフレッド王子の婚約者」そのものだった。
「…綺麗だ。」
思わず、心の声が漏れた。思わず見惚れてしまうほどの輝き。「嫌だ」と言っていた彼女が、国のためにその身を捧げている。自分の嫉妬なんて小さい事だと痛感した。
階段を降り大広間へと足を踏み入れた二人に向けて、集まっていた貴族たちから一斉に拍手と歓声が沸き起こる。
メルージェとアルフレッドはニコニコと手を振り、しばらくするとアルフレッドが集まる人々に挨拶をした。
「皆さん今日はありがとう。
隣の女性が婚約者のメルージェです。
公爵令嬢でもあるから、皆さん知っている人も多いでしょう。
式は3ヶ月後にします。」
アルフレッドがメルージェを紹介し、彼女が気品あるお辞儀をした瞬間、ホールの空気はさらに熱を帯びた。あちこちで感嘆のため息やひそやかな会話が交わされる中、何人かの令嬢たちが面白くなさそうな顔で二人を見ている者もいた。
二人が階段を降りると、優雅なワルツの調べがホールに響き渡ると同時に、国王と王妃をはじめとした招待客の注目が一身に集まった。アルフレッドとメルージェが中央のダンスフロアへと歩み出ると、優雅で洗礼されたダンスに皆が釘付けになった。
「はっ…俺は何してんだろうなぁ…」
壁に寄りかかりながらその様子を眺めるヒューリの唇が、皮肉な笑みの形に歪んだ。
ワルツが終わり、熱の冷めやらぬホールで再び挨拶の嵐が繰り返される。メルージェとアルフレッドは笑顔を絶やさぬまま、次から次へとやって来る人々を捌いていく。
つづく。
挿絵はAIが作成しています。




