第14話 お城へ
1週間はあっという間に過ぎ去った。それは二人だけの時間、誰にも邪魔されない、偽りのない幸福な日々。
「そろそろ行こうか。」
「……おう。」
馬車の中、握られた手のひらに伝わる温もりだけが、この非現実的な状況が唯一の真実だと告げている。やがて、壮麗な城門が見えてきた。ここから先は、「皇太子妃と使用人」としての生活が始まる。
「……緊張、してんのか?」
ヒューリは静かに問いかけた。メルージェの手が、いつもより少し強張っていることに気づいていた。
「国王陛下に会うのは子供の時以来だからね…
ヒューリは緊張しないの?」
「しないなー。偉いやつら皆一緒だ」
「そっか…」
王城へ続く石畳の道は途切れることなく続き、ようやく見えてきた金の城門。馬車を降りると、近衛兵たちが左右に整列し、二人を出迎える。メイド長に先導され、二人が通されたのは国王の謁見室ではなく、華やかで居住性に優れた東棟の一角だった。
「こちらがメルージェ様のお住まいとなります。必要なものは一通り揃えてございますが、何かご入用でしたら何なりとお申し付けくださいませ。
あと、そちらの使用人の方はメルージェ様の向かいに部屋をお使いください。」
「感謝します。」
膝を曲げただけの礼をする。
メイド長にニコリと微笑んだあと、ヒューリに鋭く汚いものを見るような目を向けた。
「では、わたくしはこれで失礼いたします。……そちらの方も、あまり主人のお手を煩わせぬよう、分をわきまえてお過ごしくださいませ。」
毒を含んだ言葉を残し、メイド長は静かに去っていった。広々とした部屋には再び二人きりの沈黙が落ちる。窓から差し込む陽の光が、室内の埃をキラキラと照らし出していた。
「……ふん。最初から好かれるなんて思っちゃいねぇよ。」
吐き捨てるように言うと、窓辺に歩み寄り外を眺めた。
メルージェはヒューリの背中にもたれる。
「もっと嫌なこと言われるかと思ったけど、流石お城のメイド長、視線は怖いけど何も言わなかったね」
「はっ、腹の中じゃあ俺のこと「汚らわしい獣」とか思ってんだろうぜ。まぁ、否定はしねぇけど。」
背中にもたれかかってきたメルージェの重みを心地よく感じながらも、ヒューリの声はどこか棘を含んでいた。
特にやることもなく、ただ時間が過ぎていく。夕暮れの光がオレンジ色に室内を染め上げ、やがて夜の闇が訪れると、城は昼間とは違う静けさに包まれた。食事は部屋に運ばれ、豪華ではあったが味気ない。
「ヒューリ、今夜は一緒に寝てくれる?」
「んあ!?良いのかよ…」
「べ、別に変な意味じゃないよ!
…心細いから……」
「分かってるよ。」
クスクスと笑いながらヒューリは、食べ終わった食器をワゴンの上へ片付けた。
控えめなノックの後、扉が開き、一人のメイドが入ってくる。
「お食事中失礼します。明日の朝、陛下がお会いになるそうです。朝一番、東屋にてお待ちいただきたいとのこと。以上です。」
それだけを告げると、返事も待たずにさっさと退出してしまった。あまりに機械的で、感情のこもらない態度に、ヒューリは眉をひそめる。
「歓迎されてないのは、俺か主人か…」
メルージェには聞こえないくらいの声で呟いた。
「今日は早く寝ようか!」
寝る準備をすると、メルージェはベッドに横になり、ポンポンと横を叩くとヒューリは黙って横になる。
それはいつもの事。でも使用人である自分はあと何回これを続けられるのか、ヒューリの心は言い表せない感情で押し潰されそうだった。
「……なぁメルージェ、もし、俺がお前の隣にいることで……お前が不幸になるようなことがあったら、俺は……」
そこまで言って、言葉が途切れる。弱音を吐くのは彼の主義に反する。代わりに彼は、無意識のうちにメルージェを抱く腕に力を込めていた。
旅の疲れもあってすぐ眠ってしまったメルージェにはヒューリの言葉は届いていなかった。
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朝になってドレスに着替えると、メイドに案内されて指定された東屋に向かった。
メルージェは両膝曲げ、ヒューリは片膝を地面につけて、頭を下げる
「国王陛下にご挨拶申し上げます。」
メルージェとアルフレッドが幼なじみと言うこともあり、国王陛下の事は小さい頃からおじ様と言って慕っていたが、会うのは5年ぶりだった。
「面を上げよ。」
許可が出て、二人はゆっくりと顔を上げる。国王は満足げに頷き、傍らに置かれた椅子を示した。
「そこに座るがいい。堅苦しい話は抜きだ。久しぶりに会うおじ様との茶会とでも思えばよい。」
そう言われてメルージェの緊張は解かれた。
つづく。




