第10話 会いに来た理由
中央に立つメルージェを見つけ、柔らかく口元を綻ばせ、その前に立つ。
「やあ、久しぶりだねメルージェ。茶会の誘いにも応じてくれなかったから、君の身に何かあったのではないかと心配していたんだ。」
メルージェは凛と品良くお辞儀をしながら、挨拶をした。
「お気遣いありがとうございます。
王太子殿下もお元気そうで何よりでございます。
立ち話もなんですから、こちらへ。」
メルージェは応接室へアルフレッドを案内する。
アルフレッドは廊下の端で頭を垂れるメイドや使用人たちを見て、ニコリとする。人当たりのいい、優しそうな微笑みだったが、応接室に入る寸前、曲がり角からこちらを見ていた狐の獣人に違和感を覚えた。が、今はメルージェの後を着いて行くのが先決だった。
応接室では、上等なティーセットが用意されていた。アルフレッドが席に着くと、タイミングを見計らったように、先ほどの執事長がポットから紅茶を注ぎ始める。部屋の隅には護衛騎士が二名、微動だにせず控えていた。
「さて……単刀直入に聞こうか、メルージェ」
カップを手に取る前に、アルフレッドは探るような視線をメルージェに向けていた。
「君、本当にただ体調を崩していただけなのかな? 公爵夫人からはそう伺っていたが……どうも、君の身の回りが慌ただしいように見受けられる。私の耳に入らないように、何かを必死で隠している……そんな匂いがする。」
王太子に隠し事は出来ないと覚悟を決めて、自分の身に起こった事をぽつりぽつりと話し始めた。
「実は…殿下の婚約者候補として、嫉妬されてしまい命を狙われました…
私の従兄弟と使用人が怪我をおって…
ここに来たのは療養のためです」
「……何だって?私はそんな話し聞いていない!」
メルージェから放たれた衝撃の事実に、アルフレッドの優雅な仮面が初めて剥がれ落ち、その整った眉が険しく寄せられ、普段は穏やかな空色の眼に鋭い光が宿った。
「なぜそんな大事なことを今まで黙っていた! 私に知らせれば、いくらでも対策のしようがあったはずだ!
従兄弟殿と使用人は大丈夫なのか!?」
「犯人は捕まえて、お父様が対処しました。従兄弟も使用人も今は元気よ。
それに殿下に言ったら大事になってしまうでしょ…」
「まぁ、私が知ったら君を閉じ込めて、国中に衛兵を派遣して探すかもな…」
ふっと、冗談とも本気とも取れるような笑みを零す。だがその目の奥にはまだ怒りが燻っていた。
「だが君は昔からそうだ。物事を一人で抱え込もうとする。もう少し私を頼って欲しい。私の力が信用できないとでも言うのか? 」
「信用できないなんて思ってないわ!
あなたに心配かけなくなかった…友達としてそう思ってるのよ?
それと、婚約破棄をお父様から聞いてるわよね?」
「心配をかけたくなかった、ね。」
婚約破棄という言葉。彼は一瞬だけ目を伏せ、そして再びメルージェを見据えた。そこには、諦めとも失望ともつかない複雑な色が浮かんでいる。
「ああ、聞いているよ。父上…国王陛下から、君の父上から婚約破棄したいと話があったとね。」
彼はカップに口をつけ、一口紅茶を含む。喉を潤すその仕草の間に、わずかな沈黙が流れた。
「君はまだ、私たちのことをそういう風思っているんだね。私は初めて会った時から君をただの友達だなんて思っていないけど…」
「私は…政略結婚なんてしたくないわ…」
「知ってるよ…だから、自然に好きになってもらおうと努力してきたんだ…
でも、もうそんな事言ってられない状況なんだ…」
メルージェはなんで?と言った風に首を傾げて、アルフレッドの言葉を待った。
「君の曾お祖父様は元々は王室の方。そんな君と、次期国王候補の私が結婚するのが当たり前だと、国王派は言っている。
ここで、他の貴族が王室に入ったら均衡が崩れると…これは10年前から決まってた事だったんだよ。」
メルージェの曽祖父はその時の国王の側室の子で、王位継承権第8位だった彼は、当時の一人娘の公爵令嬢、メルージェの曾祖母に一目惚れをして王室から出て婿入りをした。
メルージェはそんな恋愛に憧れがあった。
「そんな…でも、私は…」
口を紡ぐメルージェを見たアルフレッドは何かを察し、右手を上げ部屋に居た者達を下げさせた。
「メル、ここには俺と君だけだ。
…なんでも正直に言っていいよ?」
「……私、好きな人が居るの…」
か細く答えた。アルフレッドが自分を好きなのはわかっている。が、ヒューリへの気持ちを否定したくなかった。
「はぁ…」
絞り出すような声は、王太子とは程遠く、ただ一人の男としての苦悩があった。
メルージェはアルフレッドの言葉を待たずに話し始めた。
「彼は狐の獣人なの。闇市で買ったわ…
公爵令嬢の私に媚びないし、心を許せるの。
それにもう…彼のものにもなってる…
私は彼と一緒に居たいの!」
「…はっ!?」
アルフレッドから乾いた笑いが漏れた。それは自嘲のようでもあり、呆れているようでもあった。
「相手は獣人だと!?もう体も許してると!?……」
アルフレッドの顔から、さっと血の気が引いた。獣人は、奴隷階級。人としてすら扱われない者も多い。それが、高貴たる公爵令嬢が恋い慕う相手だと? 冗談にしても悪質すぎる。彼はすっくと立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。ガラス窓の向こうには手入れの行き届いた庭園が広がっているが、今の彼の目には何も映っていないだろう。
「アル!ごめんなさい!だから結婚は無理なの!」
2人に長い沈黙が流れた。
しばらくすると、コンコンとノックと共に執事は入ってくると、夕食の支度が出来たと告げられた。
つづく。




