第1話 出会い
ここは人間と獣人が住まう世界。でもそこに平等はなく、獣人は人間の奴隷だった。
マントのフードを深く被る少女メルージェは闇市に来ていた。そこは暗くて貴族も居れば金に飢えた奴も存在する。そんな中、様々な獣人の奴隷を売っている場所に目線が向く。目線の先に、縛られ傷だらけでボロボロで橙色の髪の毛に耳とシッポの付いた、狐の獣人を見つけた。随分殴られ蹴られたのか傷が酷かったが、顔立ちはとても良く獣人にしてはもったいないほどの美男だった。
その時ふとメルージェと目が合う、その瞬間口角を上げてニヤッと笑いながら見つめる
「なぁ、そこの人間さんよ。良かったら俺を買っていかない?」
その笑顔は胡散臭いがどこか必死だった。そしてその声は余裕そうな感じを醸し出してはいるが、どこか切実に響く。
一際目立つ大きな狐耳をピクっと動かしながら、その大きなしっぽを揺らす。
「貴方は狐さん?」
メルージェの問いに、彼は少し眉を上げた。まるで「そんなことも知らないのか?」と言いたげな表情だ。
「あぁ狐さんさ。そんで、今は見ての通りの『売れ残り』ってわけ。」
彼は自嘲気味に笑い、わざとらしく鎖がじゃらりと音を立てるように腕を動かしてみせた。
「ふふ。お名前は?」
メルージェが楽しそうに笑うのを見て、狐の獣人は少しだけ警戒を解いた。面白いものを見るような、あるいは値踏みするような視線が彼を射抜く。
「名前、ね。そんなもん知ってどうすんだ? 買う気になったんなら、店主に聞けば教えてもらえるぜ。」
そう言いながらも、青色の瞳は期待を隠しきれずに揺れている。メルージェという人間が、他の金持ち連中とは何か違うのではないか、と淡い期待を抱き始めていた。
「ま、気になるなら特別に教えてやってもいいけどな。取引の第一歩ってやつ? 俺はヒューリ。しがない狐の奴隷さ。…で、アンタは?」
「私はメルージェ。16歳。公爵令嬢よ!」
聞いてもいないのに元気よく自己紹介したメルージェに、思わずといった感じで口元が少し緩んでいるのを誤魔化すように、軽く咳払いをした。
「ははっ、そりゃご丁寧にどうも。歳まで教えてくれるとは、随分と親切なんだなメルージェさんは。」
彼は鉄格子越しに身を乗り出すようにして、メルージェ。じっと見つめた。その目は相変わらず胡散臭い光を宿しているが、先程よりも明らかに興味の色が濃くなっている。
「で? メルージェさんは俺にそれだけ興味があるってことでいいのかい? それとも、ただの暇つぶしか? 良かったらさ…もう少し、こっちに来て話さないか?」
「それなら私のお部屋で話しましょ!」
にこりとすると、店主の方へ行ってしまった。
「へぇ、お部屋で? 嬉しいお誘いだねぇ。ま、どうせろくな話じゃねぇんだろ? 薄汚い奴隷を部屋に連れ込んで、何がしたいんだか。」
口ではそう言いながらも、彼の尻尾は期待に満ちてパタン、と一度だけ大きく床を打った。飼い主が見つかるかもしれないという希望が、傷だらけの心に灯る。
店主は下卑た笑いを浮かべ、分厚い手袋をはめた手で錆びついた鍵を使い、ヒューリを縛っていた重い鉄の鎖をガチャリと外した。解放された彼は、すぐには立ち上がろうとせず、訝しげに店主と芽美を交互に見ている。
「ほぉ、マジで買ったのかい。あんた物好きだねぇ。」
軽口を叩きながらも、その体は常に緊張を保っている。
ゆっくりと立ち上がると、ボロ切れ同然のシャツの裾が揺れ、無数の古い傷跡が露わになる。
「で? 行こうか。俺の新しい『主様』。どこにご希望の『お部屋』ってのはあるんだ?」
「ちょっと歩くの。その前にそのボロボロの洋服替えよう!」
「服? いや、これでも十分動けるけど。」
戸惑いの声を上げるヒューリを気にすることなく、メルージェは彼の手を引いて店の中へと入っていく。店内はどれも質素だが、ヒューリには十分だった。
誰かに手を引かれるという経験は久しぶりだった。殴られるでも蹴られるでもない、ただ純粋な導き。その温かさに一瞬だけ心が和らぎそうになるが、すぐに強張らせて自分を戒める。
「おい主。何のつもりだ? 俺はアンタの奴隷になったんだ。こんな親切にされる覚えはねぇよ、それに俺が逃げるとでも思ったか?」
彼の言葉は棘を含んでいる。それは、これまでの扱いによって培われた人間不信の現れだった。
「もう、うるさいなー。そんなボロボロの格好で一緒に歩きたくないの!」
さっきまでニコニコしていたのに、ちょっと怒り口調で繋いだ手に力を込めた。
「っ…!
わ、わかった、わかったから! 引っ張るなよ!」
明らかに動揺するヒューリ。慌てて店の奥へ進むが、繋がれた手から伝わる熱が妙に落ち着かなかった。店主らしき老婆が二人を訝しむように見ているが、当のメルージェは全く気にしていない。
「…で? どれがいいんだよ。さっさと選べ。あんたの趣味でいい。どうせ俺は着せ替え人形だ。」
「着せ替え人形かー…でもお風呂入ってないから試着出来ないよね!
……。じゃあこれと、これとこれとこれ、ください!」
「まじかよ…」
こんな沢山の服を自分のために買ってくれる事なんて初めてだった。
「はい。初仕事!荷物持ってください」
ニコリと微笑む顔は少女のあどけなさが残っている。
「はい……」
拍子抜けだった。奴隷として生きていたのだから…言われる前にやらないと殴られる。こんな笑顔で頼まれる事なんて初めてだった。
ヒューリは心がじわっと熱くなるのを感じた。
つづく。




