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のんと私のハーバーライト

作者: 六福亭

 とびきり風が冷たい冬のある日、私は灯台へ遊びに行った。


 灯台は、私が住む港町の目印だ。どの建物よりも背が高く、どの場所よりも古い。朝は海の方から昇る太陽の光を真珠色の壁ではね返し、これから漁に出る船たちを送り出す。昼は港で行われる競りの様子を鷹揚に見守っている。夜は、かもめたちのホテルでありつつ、真っ黒な海を走る船の道しるべとなる。


 灯台をたった一人で守っているのは、私と同じ十三歳の女の子、のん。灯台の全てを知り尽くしていて、港町にやってくる船を毎晩きちんと導いている。


 のんの両親は、三年前に海で亡くなった。以来、私はのんの灯台に三日にいっぺんは遊びにいく。灯台には私専用のふとんや、着替えも置いてあるのだ。


 学校終わりに灯台に来ると、私たちはまず、仮眠をとった。灯台が特に必要になるのは、夜だ。だから、まだ日が高いうちに休んでおく。


 日が沈み、のんが灯りをつけている間、私はご飯の支度を始めた。今日は寒いから、肉団子と貝をたっぷり煮込んだシチュー。私たちの大好物でもある。戻ってきたのんも手伝って、夕食の準備ができた。


 シチューと、差し入れにもらったエビフライの夕食を終えると、私たちは窓の向こうを気にしながらものんびりと過ごす。ボードゲームに、漫画や小説、トランプ。のんは別の友達が置いていった雑誌を読み始めた。私は、編みかけのセーターの続きをしようと、窓際に腰かけた。のんも時々こっそり編んでいるらしく、前よりもちょっとだけ進んでいた。


 ふと窓から海の方を見て、私はあっと息をのんだ。はるか彼方に見える漁り火のようなあかりが、きらきら、ちかちかと一定のリズムで明滅している。

「ねえ、のん。海で何か光ってるよ」

「えー、何?」

 シチューを三杯も食べて満腹ののんは、面倒くさそうに答えた。けれど、ソファから立ち上がり、窓をのぞきに来た。

「……本当だ。信号だよ」

「何て言ってるの?」

 信号も熟知しているのんは、すぐに答えた。

「ハロー、ハロー、ハロー……この繰り返し」

「港に来たいのかな?」

「たぶんね。ちょっと返事してみよっか」

 のんは最上階に向かった。私も追いかける。

 

 ちかちかと灯台のあかりを点滅させて、メッセージを送るのん。

「ハロー、ハロー、ハロー」


 すると、向こうはまた別の信号を送ってきた。

「『ここはどこ?』だって」

 のんはまた返事をした。

「ウミノソバ港町だよ」

『大きな船が停まることはできる?』

「できますよー」

 私は楽しそうにつまみをいじるのんに尋ねた。

「こういう信号が来ること、結構あるの?」

「たまにね」


 そうしているうちに、光はだんだん大きくなってくるように見えた。

「『そっちに行ってもいいか』だって」

 のんはちょっと困った顔をした。

「海が荒れてるからねえ、事故になりそうで心配だなー」

 今日は、漁船も休んでいる。

「『あなたの名前は?』……えっと、のん、と」

 私はのんの腕をそっとつかんだ。

「ねえ、何か変だよ」

「そう?」

 のんは首をかしげた。


 その時、電話が鳴った。出てみると、町長さんだ。

『こらあ、のん! 何あかりで遊んどるんだ!』

 大声で叱られて、のんは言い返した。

「遊んでないよっ。船が信号を送ってきたから、応答してあげてるんだよ」

『船だと?』

「そう! 町長さんの家からも見えるでしょう?」

 町長さんの家は、港のそばにあるのだ。

「何言っとるんだ。船のあかりなんて、どこにも__」

 町長さんの声が、不意に途切れた。

「もしもし、町長さん? どうしたの?」

 私は、町の方の窓をのぞいて、叫んだ。

「のん! 町が真っ暗になってる!」

 それまではどの家もあかりがついて、星空のようだったのに。どうしてだかそれが全て消えて、町は完全な闇に包まれていた。

「……電話、切れちゃった」

 のんがつぶやく。

「先生とかにもかけてみよう!」

 けれど、誰に電話をかけても、ちっともつながらない。

「どうしよう? どうしよう? 絶対変だよ!」

「落ち着いて、きっと停電だよ。天気が悪いもの」

 のんの言葉に、私はちょっと落ち着いた。けれどすぐに、灯台の電気はちゃんとついていることに気がついた。


 私たちは震えながらぴったりとくっついて、窓をまたのぞいた。海の向こうからまた、光の信号が届く。


「『今からそこに行く』……」

 のんと私は、ぞっとして顔を見合わせた。私はのんの手をつかみ、叫んだ。

「逃げよう!」

 けれどものんは首を振る。

「私は逃げられない。灯台を守らなきゃいけないんだもの」

 それからのんは、夜でもよく見える望遠鏡を持ってきて、目に当てた。

「……見える?」

「うん。大きな船。サーチライトで信号を送ってる。ライトのそばにいるのは……」

 のんは言葉を切り、じっと望遠鏡をのぞきこんでいた。

「そばにいるのは?」

 私がたまらず問いかけると、のんは振り絞るように答えた。

「……お父さんと、お母さん!」

 潮の匂いが、つんと鼻を刺した。


 のんの両親は、海に出て亡くなったはずだ。……そう、ちょうど今日のような、荒れた空模様の夜に。

「のん……」

 私の声に疑いを感じ取ったのか、のんが激しく首を振る。

「うそじゃない。本当に、母さんたちがいるの。こっちに手を振ってる!」

 のんの目はきらきらと輝いている。

「二人とも、死んでなかったんだよ! ただ嵐で遠くに流されて、やっと今帰ってきたんだ!」

「のん、落ち着いて」

 もう、のんは私の言葉なんか聞いていなかった。一心不乱に望遠鏡をのぞきながら、あかりを調節するつまみを調節している。

「『もうすぐ港に着く』……すぐに来て。待ってる。のんが待ってる」

「のん!」

 私はのんの腕にしがみついた。

「こんなの変だよ。町の様子もおかしいし。何か悪いことが起きてる気がする!」

 私は近づいてくる船の光に目をこらした。

「悪いことなんて起きてないよ。お母さんたちが帰ってくるだけだよ!」

「のん、お願い。灯台のお仕事を思い出して。町長さん、行ってたでしょう。時々海からおかしなものが上がってくるって。そういう奴らは、灯台のあかりを怖がるんだって」

 その時、また信号が届いた。

「『灯台のあかりを消して』……だって」

「おかしいよ」

 私は必死に言葉を重ねた。

「あかりを消しちゃったら、船は迷うはずだよ。いつ船を停めればいいのか、分からなくなっちゃうよ。あかりを消してなんていうのは、よくないものだけだよ!」

 のんは望遠鏡を握りしめ、ゆっくりと海から目をそらした。私の今にも泣き出しそうな顔を見て、「……そうだね」と答えた。


 あかりを消さないでいると、催促するように信号が送られる。

「『早くあかりを消して』。だめ。あかりは消さない。帰って、ここに来ないで。……『どうして? のん、あなたに会いたい』」

 のんは信号を読み上げながら静かに泣いていた。私はのんを抱きしめる。これしか、できることがなかったから。

「『のんに会いたい。のんに会いたい』……私も会いたいよ」

 のんはゆっくりとあかりを操る。

「でも、あなたたちを港に呼ぶわけにはいかない」

 のん、のん、のん、のん……ちかちかと、同じ信号が繰り返される。


 私はもうたまらなかった。のんの耳に、ささやいた。

「一緒に、船に行く?」


 のんが私を振り返る。彼女の瞳はろうそくのように揺れていた。


 けれどのんは、首を横に振った。


 その時、海上のあかりがふっと静かになった。私たちは息をのむ。それからしばらくして送られてきた信号を、のんが声に出して読み上げた。

「『あなたたち、元気で』」

 それっきり、船のあかりはだんだん遠ざかっていった。振り向くと、町のあかりがまたついていた。


 のんと私はなんだかぐったり疲れて、床に座り込んだ。そのまま眠って、目を覚ました時にはもう翌朝になっていた。

「朝だね」

「うん」

 のんは私の手をにぎり、つぶやいた。

「今夜も来てくれる?」

「うん、もちろん」

 今日も明日も明後日も、私は灯台に遊びに行くつもりだった。


 


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― 新着の感想 ―
海からの信号がだんだん不気味さを増していくのにドキドキしました。 私が側にいて良かったです。 今日も明日も明後日も。 良い友人がいて、のんは幸せですね。 読ませていただき、ありがとうございました。
今夜も明日も明後日も、灯台のあかりが、消えることなく海を照らすであろうと思われることが、のんと私と港と町の未来を感じさせ、面白いですね。灯台のあかりは、きっとこの港町の象徴であり続けるだろうなって思い…
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