すべてが終わったその後で
︎ 今にも太陽を飲み込みそうな勢いで、黒く大きな影が空で渦を巻いている。
禍々しい雰囲気に気圧されそうになり、僕はショルダーバックのベルトを強く握りしめた。じっとりとした嫌な汗が手のひらに広がる。
「さすが妖精の国を滅ぼした魔王ね。やっぱり簡単には終わらせてくれないか……」
擦りむいた膝についた砂を手で払いながら、彼女は空に浮かぶ黒い玉を睨みつける。
ブルーとイエローが力を賭してくれたおかげでなんとか魔王の肉体を破壊することはできた。
だけど魂までは消滅させることができず、容れ物を無くした魔王は全世界から瘴気を集め身体を再構築しようとしている。
先の戦いで力を使い果たした仲間たちはもう動けない。
戦えるのは、くすんだピンクの衣装を纏った魔法少女ただ一人だけ。
「全力でいかなきゃ多分勝てない。君は物陰に隠れておいて」
彼女は魔法のステッキを握り直し、そして苦悶の表情を浮かべた。何度も何度も振り上げた右手は、もう限界が近いようだった。
僕はボロボロの鞄から同じようにボロボロのタオルを取り出し、僅かな切れ目から縦に割いた。お気に入りのバンドの大切なライブグッズだったけど、どうってことない。
傷だらけの彼女の痛みに比べたら。
「腕、貸して」
僕は割いたタオルを彼女の手とステッキを固定するように巻いていく。テーピングの代わりというには歪で気休めでしかないけれど、何も無いよりマシだろう。
「いいの?」
彼女が申し訳なさそうに言った。
「いいよ。世界が続く限りまた増えるから」
彼女はそれを聞いて「どれだけ集めるつもりよ」と吹き出して笑った。
だから僕も「もちろん、グッズとして出る限り」と胸を張って答える。
巻き終わると彼女は軽くステッキを振り回し動きを確認すると、満足そうに頷く。
そして微笑を浮かべながら僕に言った。
「ありがとう。じゃあ……行ってくるね」
細められた目がきらりと揺らいで、微笑みの奥に隠された彼女の本音が僅かに見えた。
魔法少女は人々に希望を与える存在。
彼らを前に弱さを見せてはいけない。不安がらせてはいけない。
そう彼女は以前言っていた。
だからどんなに怖くても辛くても、涙を見せることはない。
最強の敵を前にした今も。
僕という一般人がいる限り。
僕は彼女のために何ができるだろう。
天空に浮かぶ黒い繭を見上げる。
ドクン、ドクンと怪しく脈打つそれの羽化が近いことは、魔法少女じゃなくてもわかった。
二人がかりで倒した敵を、今度は一人で相手にしなくてはいけない。
それを考えるとこの世界の存続は絶望的だ。普通に考えて勝てるわけが無い。
でも僕にとって世界がどうなるかなんて二の次で。
ただ、「彼女には死んで欲しくない」と、思った。
「終わったら、聞いてほしい話があるんだ」
すでに歩き始めていた彼女の背に向かって告げる。
そう、終わってからでいい。
僕のことは後回しで構わない。
今の彼女は皆の魔法少女だ。
個人的な話は、今は控えるべきだ。
そう思ったのに。
彼女が眉間に皺を作りながら僕に振り返った。
「それ、あとからじゃないとダメ?」
「え?」
「気になって世界を救うのに集中できない」
えぇ……と、つい口から漏れる。
僕との約束を守るため、彼女は何度でも立ち上がる――世界を救済する、魔法少女ものの物語ではお約束の展開を想像していたのだけれど。
まさか僕の言葉が足止めになってしまうとは。
そういえば彼女は白黒はっきりさせたがりというか、曖昧が嫌いな人だった。
「いやでも、そろそろ魔王も復活しそうだし聞いたら後悔するかもしれないし……」
「なら後で聞いても後悔するでしょ?」
「長くなるし……」
「じゃあ簡潔にすませて」
ハラハラと上空と彼女の様子を交互に伺いながら追求をかわそうとしたけど無駄だった。
諦めよう。ここで僕が意地を通して言わずにいたら、世界に平穏が戻っても僕と彼女の間には荒れた土地がそのまま残りそうだ。
時間もないので僕は一つだけ深く息をして、覚悟を決める。
「好きです。付き合ってください」
彼女は目を見開いて、そして顔を綻ばせた。
瞳に力強い光を宿し、不敵に笑う。
「今聞けてよかった。なら世界も私も救わなきゃね」
ツインテールを翻し地面軽く蹴った彼女は呻く魔王へ飛んで行く。
僕はその背を見送った。
この戦いが終われば、彼女は使命から解放される。
もう強がらなくていいし、いつ泣いても誰も何も思わない。
放課後にカラオケへ行ったり映画を見たり。
すべてが終わったその後で、僕らは二人の世界を始める。




