セールミーン
カルトメイメンから6キメルほど北上すると、港町セールミーンである。海賊というからには海にいるはずなので、海に来ないわけにはいかない。
ウィンは、「おー! これが海かー! 広いなー!」などと言って一人ではしゃいでいる。
百島海とはよくいったもので、大小さまざまな島が点在している。なかなかの奇観だ。
4月の海風はやや冷たいが、快晴なので日光は暖かい。カモメが飛び、ネコが昼寝している。海賊が出る、という感じは全くない。ウィンは「のどかだねぇ」などと言いながら、日なたぼっこしているネコの肉球を人さし指でつついている。
このままでは埒があかない。ベルウェンは、手分けして聞き込みしてこいと傭兵たちに命じた。
「ほれ大将さんは俺と一緒だ」。この監察使は目を離したら危ない。ウィンにはベルウェンが同行することにした。
ベルウェンと2人になった途端、ウィンはやる気が感じられない目と笑顔はそのままで、静かに語りかけた。
「ファッテン伯の家来と何を話していたんだい?」
あの状態で周りを観察していたのか。ベルウェンは左眉をピクリと上げてウィンの顔を見返した。
ウィンはそんなベルウェンを無視して、「聞き込みといえば酒場だね。酒場と相場が決まっている」と、訳の分からないことを言って酒場に向かった。港町には、船着き場の近くに酒場があるものだ。そしてあった。
酒場では案の定、漁師や船乗りが昼間から酒を飲んでいた。数人が囲める程度の大きさの丸い卓が10脚ほど配置されており、店の奥には酒場の主人が居て、その前には横一列に席が並んでいる。ベルウェンは主人の前の席に座り、ライ麦の蒸留酒を注文してから主人に話しかけた。
「最近、この辺りに海賊が出るって聞いたんだが」
主人は、「海賊? 何だそりゃ。知らねぇなぁ」と言いながらベルウェンの前に蒸留酒を満たした錫製の杯を置いた。
「何だよ、海賊が出るんなら用心棒の口があると思って来たんだがな」などと言いながら、ベルウェンは周りの気配を探った。特に反応はない。
「島の連中が海賊やってるって話も聞いたぜ」
店内の空気が変わった。緊張感。敵意。これは何かある。ベルウェンは背中全体で周りの客の気配を感じながら蒸留酒をあおった。
そのとき、一人の男が店に駆け込んできた。奥に座っている男に何か耳打ちしているらしい。連中がベルウェンらを気にしているのは間違いない。直接話をつけるか。
ベルウェンは立ち上がると、「なあ、ちょっと話聞かせてくれよ」などと言いながらその男たちの卓に近づいた。
店の主人は、明らかに浮いているウィンに話しかけていた。ベルウェンとウィンの二人組は実に不釣り合いで奇妙に見える。
「あんたも用心棒志願か? そうは見えねぇな」
「私は帝国監察使さ。海賊について調べろって言われて来た」
その発言を聞いた2人の男がウィンに近づいた。
「兄さんがウワサの帝国の役人か?」
「海賊がいるって誰から聞いた?」
「え?」
ベルウェンが話しかけた男たちは何か知っていることは間違いないのだが、はぐらかされて話を引き出せない。この奇妙な緊張感は何だ。一体何を警戒している?
収穫は望めないと見切りをつけて元の席に戻りかけて、ウィンがいないことに気が付いた。
ベルウェンは、ベコベコに歪んだ錫製の杯を棚に並べている主人に、「ここにいたガキはどこ行った」と聞いた。主人は、ベコベコに歪んだ杯を出口に向けた。
「出てったぜ」
「あの大将は椅子に座って待ってることもできねぇのか」
店の外に出ると、2人の男に両腕をつかまれたウィンが小船に乗せられているのが見えた。
「どうしてこう、あっさり捕まるんだあの大将は!」
ベルウェンは小船に向かって駆け出したが、小船は桟橋からするすると離れてしまった。そしてあっという間に沖に向かって漕ぎ出した。泳ぎではとても追いつけない。
「くそ、何が何だかさっぱり分からねぇ」
ベルウェンは足を桟橋に思いっきりたたきつけた。




