ベルウェンの憂鬱
本作は『居眠り卿とナルファスト継承戦争』『居眠り卿と木漏れ日の姫』『居眠り卿と純白の花嫁』(以上、完結済み)の登場人物による番外編です。
世界観や人名のルールなどは『名もなき帝国の物語』シリーズをご参照ください。
傭兵隊長のベルウェン・ストルムは、後悔していた。ひどく後悔していた。やはりこのヘンテコな野郎の仕事はラゲルスに押し付けるべきだった。「虫歯が痛てぇ」とほざくラゲルスの尻を蹴り上げて、押し付けるべきだった。
ベルウェンは今、10人の傭兵を率いてファッテン伯領を北上しているところだった。ベルウェンだけが馬に乗っており、10人の傭兵は徒歩である。だから行軍速度は1日に25キメルといったところだ。急ぐ旅ではないから速度は抑え気味だ。
同行者はもう1人居る。同行者、というより雇い主、である。だから、正確には雇い主が主であり、本来はベルウェンを同行者と表現すべきなのだ。
雇い主も馬に乗っている。しかも大層豪華な馬具を付けた、見事な名馬である。ただし乗っている男はへっぴり腰で実に危なっかしい。そのうち勝手に転げ落ちて、頭をかち割って死ぬかもしれない。その場合、ベルウェンは責任を問われるのだろうか。知ったことではないと言いたいところだが、雇い主の「帝国監察使」という肩書はなかなかに厄介なもので、皇帝直属の官職なのである。帝都まで無事に送り届けなければ、帝国に睨まれることは間違いない。
一行のひとまずの目的地はファッテン伯の城館である。雇い主がこの諸侯の監査を行って帝都に戻るまで護衛するというのがベルウェンら傭兵に課せられた任務だ。危険はないに等しいし、帝国からの直請けなので取りっぱぐれがない。さほど高報酬ではないのだが、帝国とのつなぎはあるにこしたことがない。
本来なら傭兵の元締であるベルウェンが出張る仕事ではないのだが、監察使というそれなりに高い身分の護衛ということで十人隊長や百人隊長級には任せられず、右腕のラゲルス・ユーストは動けないとあって仕方なくベルウェンが出てきたのだ。もう一つ、この監察使というのがくせ者で、扱いが厄介だという面もある。ベルウェンは以前にも一度彼の護衛について大いに困惑させられた。コイツを扱えるのは自分かラゲルスぐらいだろう、と思っている。
ベルウェンの少し前を進んでいる監察使様が馬からずり落ちそうになり、豪胆なベルウェンもさすがに肝を冷やした。「頼むから勝手に死ぬんじゃねぇぞ」と心の中で念じながら、少し馬の速度を上げて監察使の横に並んだ。監察使は、居眠りしていた。
「おい、おいったら。大将さんよ。起きてくださいよ。……起きろよ。起きろ!」
声をかけたくらいでは起きない。ベルウェンは盛大に舌打ちすると、背中の矢坪から矢を引き抜いて羽が付いている側で監察使の頭をつついた。鏃側で突いてやろうかと思ったが、さすがに自重した。
「ん、んが。ああ、眠っちゃったか」
赤毛の監察使は目を覚ました。相変わらず、やる気が感じられない目だ。
「まだ着かないのかな」。そう言って、監察使ヘルル・セレイス・ウィンはわははと笑った。




