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妻はなにか隠している

作者: 蒲公えい
掲載日:2025/10/13

開てくださりありがとうございます!


すれ違う話を書きたくて書きました

ハピエンです

「コルフィ、なにか俺に申し立てたいことはないか?」


 アルスハイン・ロベール伯爵がそう問うと、決まって彼女は頬に手を当て、首を僅かに傾げては少し困ったように微笑む。


 そして


「申し立てたいことなんてありませんわ、旦那様」


 と、綺麗な声で淡々と述べる。


 対面に座る麗しのラナンキュラス───コルフィ・(旧姓)ロベルトンはなにか問おうにも毎回この反応だ。

 容姿も合間り、まるで丁寧に作られた人形のような彼女は1年前よりアルスハインの妻となった。婚約期間は僅か半年ほど。社交界ではとてもじゃないが衝撃的なニュースだった。


 それは2人の評判が天と地程に開いているせいだろう。


 麗しのラナンキュラス───コルフィ・ロベルトンは社交界で知らない者が居ないほどに、可憐で非の打ち所のない完璧な令嬢だと皆が口端に語っていた。


 薄桃色の綺麗な髪は丁寧に毛先で巻かれ、長いまつ毛に覆われた黒曜石の瞳は光次第で幾重にも色を変える。

 目を細め口角をひとつ上げれば人ひとりの意識を惑わせ、ダンス一曲舞えばその会場中の視線を掴んで離さない。溢れ出る気品は勿論、頭の中に入っている膨大な知識量はそこら辺の老人を上回るくらいだ。


 そんな彼女へ入る縁談は片手では足りず、どんな秀でた容姿や家柄の令息にも傾かない彼女が誰を選ぶのか賭けのひとつとなっていた。


 そして、そんな彼女が選んだのは数々の武功を上げ、伯爵位を授爵されたアルスハイン・ロベール。

 白龍と恐れられる冷酷無慈悲な男だった。


 難攻不落の戦を幾つも崩してきた男はある難題に頭を抱えていた───


「好きな食べ物はあるか?」

「何かひとつに絞るのは難しいですわ」

「嫌いな食べ物は?」

「特に好き嫌いなく何でも食せます」


 妻となったコルフィ・ロベールの本質が不明確過ぎるのである。


 ◇◇


「俺はコルフィに嫌われているのだろうか。あるいはなにか隠し事でも……」


 折り入って相談したいことがある……早朝、アルスハインに真剣な顔で執務室に呼び出された副隊長───オリスは目を丸くし


「逆に好かれていると思っていた事に驚きですよ」


 そう言っては言葉の刃を彼の胸へ突き刺した。


 何故言い切れるんだと言わんばかりの不満そうな顔に、オリスは続ける。


「だってそもそも隊長の評判って底辺じゃないですか。冷酷無慈悲な無情人形に血塗れ伯爵、あとは白龍でしたっけ。あれもまぁまぁな嫌味ですよ」

「……それは」

「それに引替え同じ人形でもコルフィ様は、花の生き写しのようだとラナンキュラスに例えられているお人形。なぜ麗しのラナンキュラスが隊長を選んだのか謎です」

「……」

「それに武力は有り余ってますが、愛嬌は点で無いですし愛情表現は幼児レベル。及第点とするならばその顔ですが……まぁ笑わない美形は恐怖でしかないですから」


 思い当たる節しかないアルスハインは思わず頭を抱えた。

 確かに評判は天と地ほどに開き、愛嬌が無いのは身に染みて理解している。

 貴族令嬢の中で流行っていると聞いたイヤリングを贈った事もあったが、つけている所を一度も見たことがない。

 すこし考えれば、普通の令嬢ならば既に流行りものなど持っており、同じものをふたつ貰って嬉しい変人はいないと分かるはずだが、コルフィを前にしてはその判断がどう鈍る。


 会話だってそうだ。なにか話そうにも上手くいかず、まるで面接のような一問一答の会話が数回続いて良い方。朝食と夜食を共にしているが、上手い会話をした覚えがない。


 元々、ダメ元で申し込んだ縁談だった。

 断られると思っていたが申し込んだ数日後に了承の手紙が届き、お互い合意の元で結婚へと至った。


 しかしそこに恋愛感情は一方的なものしかない。その時は好奇心から乗り気だったが、今は飽きられてしまったという事だろうか。


「……俺は、どうすればいい」


 覇気のない声を微かに鳴らすアルスハインを前に、オリスはあの隊長が……と、事の深刻さを漸く理解した。


「よし!なら隊長!俺に任せてください!」

「なにか対策があるのか……?」

「10年来の婚約者とラブラブな僕に秘策があります!」

「秘策というのは?」

「それはですね……!」


 ◇◇


「……秘策を聞いていてすっかり遅くなってしまった」


 訓練場を兼ねた隊の基地は自宅から徒歩圏内にあるが、日はすっかり沈み、これでは秘策以前の問題でコルフィと顔を合わせる事すら出来ない。


 明日の早朝から実行しようと、ため息を吐きながらアルスハインが玄関の扉を開けると


「お帰りなさいませ、旦那様」


 虚ろ眼で椅子に座るコルフィが居たのだ。

 昼間は暖かいと言えど夜はとてもじゃないが冷える。それもわざわざ椅子を用意して冷えやすい玄関におり、薄着で上着のひとつも掛けていない。


(一体何時から……)


 アルスハインは思わず駆け寄り、脱いだ上着をコルフィの肩へと掛けた。


「冷えるだろう!?風邪をひいたらどうする!?」

「……申し訳ありません」


 申し訳なさそうな声にアルスハインはハッとした。心配が先に出た言葉だったが、これでは迷惑だと捉えられてもおかしくはない。


『隊長は言葉足らずに加えて感情が分かりにくいんです。いいですか?秘策その1、思っている事はちゃんと言葉で伝える!』


 オリスに言われていた秘策その1を咄嗟に思い出したアルスハインは手に込めていた力をフッと抜き、すっかり冷たくなってしまったコルフィの頬に触れた。


「すまない、迷惑という訳ではないんだ。待っていてくれて嬉しかった。しかし次は暖かい場所で待っていてくれ。君が風邪をひいたらと思うと気が休まらん」


(紳士ならばここでもっと上手い事を言えるのだろうが……しかしこれが俺の思っている事、だ)


 繊細な物に触れるかのように恐る恐る伸ばされた指先、慈しむように潤みながら細くなった碧眼。

 アルスハインの心配は他所に、言葉足らずながらも、彼の全てはコルフィへ真っ直ぐに届いていた。


「分かりました。旦那様もお体を壊さないようにお願いします。私とて、同じ気持ちです」


 作られた淑女の、背伸びをした笑顔でない。柔らかな年相応の緩んだ笑みをコルフィは無意識に浮かべていた。


(これは初めて見る顔だ)


 ドクンと、アルスハインの中で心臓が揺れる。いつもコルフィと話す度に波ぶっていた心音が、それ以上に大きく揺れ途端にどうすればいいのか分からなくなった。


「旦那様……?」


 急に固まってしまったアルスハインを心配するコルフィの声と下がった眉。

 今どんな顔をしているのか自分でも想像がつかないが、伸ばされたコルフィの手は先程僅かに触れた時よりもうんと冷たく感じる。


「ふふ……旦那様は暖かいですね」


 理解してしまうと、途端に幸福感よりも羞恥心の方が勝ってしまう。


「……温かい飲み物でも淹れよう。俺の部屋に一式が揃っている」


 ぶっきらぼうながら感情が滲み出すぎているアルスハインの後を、コルフィは嬉しそうに追った。


 ◇◇


 コルフィはアルスハインの帰宅を暖かくした部屋で待っていた。


(最近、旦那様の様子がおかしい……)


 パチパチと音を鳴らす暖炉を呆然と眺めながら、コルフィは肩を落とす。あの夜、玄関で待っていた翌日に贈られた青色のストールを落ちないよう掛け直した。


 初めよりもアルスハインは気持ちを言葉にして伝えてくれるようになった。贈り物も事ある毎に贈ってくれるようになり、会話も以前と比べれば続くようにもなった。


 当初は幸福感しか覚えなかったが、些細なチグハグが不安を煽る。


 予約なく執務室に入れば不自然に閉じられる本、以前は見苦しくなければ関係無いと見た目に気を遣わなかった彼が今では鏡とにらめっこをする時間が増えた。

 それだけではない。以前は基地へ向かうと親しく話しかけてくれていたオリスが変によそよそしく、戦を控えている訳では無いのに一定だった帰宅時間が遅くなるようになった。


(私……飽きられちゃったのかな)


 コルフィは膝を抱え、深いため息を吐いた。


 ───コルフィ・ロベルトン公爵令嬢は完璧な令嬢だ。


 柔らかい笑みに品のある仕草、スプーン以上重たい物は持て無さそうな細く白い腕に華奢な体。自分の事や身分を誇張せず、さり気なく殿方を立てる奥ゆかしい性格。


 それがコルフィ・ロベルトンだ。


 容姿が使えると理解した時、それを大いに役立たせる方法を知った。幸いに周囲もそれを求めていたし、麗しのラナンキュラスでいることは利害の一致であった。


 利害の一致だとしても、麗しのラナンキュラスで居続ける事は容易ではない。ただでさえ貴族社会は少しの隙で足元を簡単にすくわれる世界だ。


 しかしその努力が苦ではないと思えたのは全て、アルスハインのお陰だった。他人の評価を気にする自分とは違い、己の道を突き進む独立独歩を模した方。

 その生き様がどれ程に輝いて見えたか……きっとそれは知られてはいないだろう。

 ずっと隠してきたのだ。


(それに旦那様は自分の容姿の良さに気付いていなさすぎる。評判から声をかけてくるご令嬢はいないものの、一定数のファンが居るというのに)


 コルフィはストールを握り締め、グッと唇を噛んだ。


 本当は仕方ないと出席するパーティーにも出ては欲しくない。アルスハインは気が付いていないものの、彼を見つめる視線の中には恋慕を含んでいるものも少なくはないのだ。

 着飾るのだって不安だ。元の容姿が良いだけあって、着飾ったらより一層かっこよくなってしまうではないか。

 会話なんて以ての外。言葉遣いは傭兵団上がりでぶっきらぼうで怖がられるものの、彼は根が優しすぎる。少し話せばその魅力に気が付き、恋心を抱く者が溢れ出してしまう。


 しかし、こんな醜い感情を麗しのラナンキュラスは現さない。嫉妬なんて惨めな感情を抱かない。

 虚像の自分に婚約を申し込んでくれた彼に本性がバレてしまうのがとても怖い。


 本を読むなら外で走り回りたいし、刺繍なんてしているなら釣りをしながら気ままに空を眺めている方が好きだ。


 バレないように細心の注意を払っているが、それももう手遅れなのだろうか。


(旦那様……早く帰っ来て)


 コルフィがそう心の中で願っていると、チリンと鈴の音が聞こえてきた。玄関の扉に付けておいた帰りを知らす鈴の音だ。


 コルフィは思わず部屋から駆け出し、玄関へ向かった。


「旦那様!」


(おかえりなさいの権利は、私だけのものだ)


 アルスハインは息を荒らすコルフィを前にギョッとした顔で駆け寄った。

 心配だが、コルフィの行動を止めたくない感情が矛盾した複雑そうな顔だ。


 複雑な顔にフフっと笑みを零したコルフィは


「扉を開ける音がして今し方来たのです。お帰りなさい、旦那様」


 そう言って冷えきったアルスハインの手を包み込んだ。すると直ぐにアルスハインの手は暖まり、コルフィは安心したように手を離す。


「今日も執務だったのですか?」

「そうだ。与えられた土地の事や隊関連のものを含めたら手が幾つあっても足らん」

「お忙しいのですね。私も妻として、この領地を運営する者。私ごとですが、何か手伝える事があれば何時でもお話ください」

「わ、分かった」


 何気ない会話はその後も暫く続いた。

 暖めておいた部屋にアルスハインの夜食を並べ、茶を交わす。こんな日々が長く続けばいいのに……と、心の底から願いながら。


「すまないが明日の休日、急な仕事が出来た」


(お身体に触らないといいけど……)


「……かしこまりました」


 ◇◇


「暇だ……」


 アルスハインに預けられた業務は実家で行っていた業務よりうんと少ない。彼の性格上、心配してのことなのだろうが手持ち無沙汰が目立つ。


 暇でいると人というのは余計な事を考えてしまうものだ。


 休日出勤するという割には緩い格好。そして早朝から何やら落ち着かない様子で、早朝訓練にも身が入っていないようだった。


「……休日出勤なんて本当なのかしら」


 テーブルにのの字を書きながらポツリと呟いた。不貞行為なんて思いたくもないが、どうも怪しすぎる。幸せで心満たされた生活のはずなのに、どこかぽっかり穴が空いているようだ。


「ダメね。久しぶりに買い物でも行きましょう」


 コルフィは邪念を消す様に頭を振り、侍女──ティアを呼び、身支度を整え隣街の商店街へ向かった。

 近くに大きな商店街はあるが、今は少し離れた場所に行きたい気分だ。


 着いて暫く店を見ていると


「彼女と上手くいってるようで秘策を教えた甲斐が有るというものです!」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。商店街の丁度中央には噴水のある広場がある。

 建物の影であちらからは見えないが、コルフィからは顔がしっかり確認する事が出来た。


「それについてはお前のお陰と言うしかない」


 周りより頭1つ抜けた身長に、銀髪と碧眼を持った中性的な綺麗な顔立ち。ぶっきらぼうながら、落ち着いた暖かみのある声。


(旦那様だ!)


 思わず駆け寄ろうとも思ったが、隣にいるのはオリスだ。休日出勤するとだけ聞いていたが、繁華街の警備でも頼まれたのだろうか。

 だとするならば仕事の邪魔などしたくはない。


 疑ってしまったことに恥じながらその場から立ち去ろうとすると


「でも隊長、いつ切り出すんですか?」

「……今週中には言おうと思っている」

「そうやって引きづって。早く話すなら話した方がいいですよ?相手の為にも早くケジメを付けなくちゃ」


(切り出す……?相手の為のケジメ……?)


 胸をざわつかせる会話に、コルフィは思わず足を止めた。


「分かっている。だがあの顔を前にするとどうも……言えなくなるというか」

「また逃げた。逃げても現実は迫ってくるだけですよ。いつか本当に彼女に逃げられてでもしたらどうするんですか?」


 何となく分かっていた。アルスハインの心がもうこちらに向いていない事。

 それは行動で何となく感じてはいたが、本人の声で言われてしまうのは心にくる。


 切り出したい話題というのは離縁の事だろう。優しい彼は離縁された後、女性の立場が悪くなると知っていて中々切り出せないのだ。

 オリスの話す相手の為……というのは結婚適齢期が過ぎる前に別れた方が女性の為に繋がるという事。


 話題に上がっている()()というのは、彼が本当に想っている女性の事を指すならば辻褄が合う。その方はきっと離縁を待ち望んでいるのだろうが、中々重い腰を上げないアルスハインに怒りが募っていると言う事だ。


「最近ではよく笑いかけてくれるようになったんだ。食事の好みも表情で分かるようになって、次の休日はどこか連れて行きたいと思ってもいる。彼女の嬉しそうな顔を思うだけで……いっその事、連休を取って旅行にでも連れて行ってもいいかもしれないな」


(あの顔……初めて見る顔だ)


 何かを慈しむ様な優しい瞳。

 あんなにも純粋な笑顔の中には()()がいて、そこにはきっと踏み入れる事は出来ない。あの笑顔の中ではきっと脇役に過ぎない。


 あの笑顔の主役はアルスハインと()()なのだろう。


 いっそ、脇役のままで構わない。アルスハインの後ろでも良いから、支えていたい。近くにいたい。

 彼の幸せを願うならこの場所は()()に譲り渡すのが正解だ。でも譲りたくない。


(いっその事、嫌いになれたらいいのに……)


 コルフィは視線を下げ、グッと唇を噛んだ。

 そうでもしないと泣き出して蹲ってしまいそうになる。


 そんな時だった。


「ロベール卿!」

「あぁ」


 凛とした声の通る女性がオリスと変わるように現れた。青みがかった黒髪に深い青色の瞳。目じりの上がった目元は彼女の凛とした美しさを際立たせ、それら全ては女性にしては背丈のある彼女とよく合っている。


 アルスハインと並び歩いても劣らない容姿に背丈。頭ひとつ分も背丈が合わない自分と比べてしまえば、お似合いなのはあちら側だ。


「今日はウェディングドレスを選ぶんでしたっけ?」

「そうだ」

「今はこんなスタイルの物が流行っていますよ」

「……よく違いが分からん」

「そうですよね……では何が似合いそうかで選んでください。私ではなく、あなたが選んでください」


 まだアルスハインは距離のある話し方をしているように聞こえるが、2人は結婚式の段取りを決めている様子だ。もうそこまで関係が進んでいる事には勿論、まだ式を上げてはいない自分達の関係に胸を締め付けられる。


 彼の仕事が丁度重なってしまったのを考慮して時期を遅らせて……という事に決まったが、その頃には既に()()が居た為に先延ばしをしただけなのだろうか。


「あ……」


 僅かな声と共に2人の距離は徐々に近くなっていく。彼女の手はアルスハインの頬へと伸ばされ、顔もうんと近い。

 これではまるでキスでもしそうな距離だ。


 ドクンと心臓が揺れ、コルフィは買い物を置き捨て走り出していた。


 ◇◇

「だ、旦那様!」

「コルフィ!?」


(コルフィがなぜここに!?)


 咄嗟に持っていた本を閉じたが、息を荒らし今にも泣き出しそうなコルフィはそれを見るなり、ポロポロと涙を流した。


 咄嗟にコルフィの元へ駆け寄り、ハンカチで涙を拭うも次々と溢れ出す涙はおさまる事を知らない。

 動揺するアルスハインを前にグッと唇を噛み締めたコルフィは恐る恐る口を開き始めた。


「私は、嫌われてしまったのですか……?」


 自分の感情とは正反対の問いに、つい言葉を失った。しかしその間はより一層、コルフィの涙を誘ってしまったようだ。

 彼女にはそれが肯定と捉えられてしまったのだろう。


 アルスハインはソッとコルフィの手を握り、場所を馬車の中へと移した。自分の評判は元々地に落ちているが、コルフィは違う。ずっと彼女が保ってきた麗しのラナンキュラスを自分のせいで崩すなどあってはいけないのだ。


 馬車へ着くと、アルスハインはおもむろに口を開いた。


「まず、紛らわしい行動をしてしまい申し訳ない。この件は全て俺の責任だ」

「いえ……これは全て私が至らなかっただけの事です。旦那様が彼女をお選びになるのも、彼女を見て頷けま……し、た」


 話している途中でコルフィはおさまっていた涙をポロポロと流し始めた。


「私は側室でも構いません」

「そくしつ……側室!?」

「旦那様が私に無関心になっても、傍にいたいです」

「俺がコルフィに無関心?何を言、ーーー」

「私はずっと旦那様の事……」


 アルスハインの声を遮った彼女の声は掠れ、今にも枯れてしまいそうだ。こんなにも感情に流されるコルフィを見たことがなかった。


 ずっと他人行儀の様な、はたまた背伸びをしているように見えたあの姿は、麗しのラナンキュラスの姿は本心をひた隠しにしていた姿なのだろう。

 しかしそれを理解するのが今では遅すぎたのだと、どんなに鈍い彼でも理解する事が出来た。


 その涙をアルスハインは親指で拭うと、コルフィの頬に手を当てる。


「俺はコルフィを愛している」

「そ、そんな嘘……」

「嘘では無い」


 アルスハインはコルフィの手を自分の心臓の上に重ねた。ドクンドクンと鼓動は速く波立ち、重なっている手は驚く程に熱い。


 コルフィは風邪でもひいたのかと顔を勢いよく上げると、そこには耳まで真っ赤に染めたアルスハインがいた。

 目を丸くするコルフィを前にアルスハインは恥ずかしそうに視線を逸らすと


「かっこ悪いかもしれないが、君と話す度、隣に並ぶだけでもこの有様だ。君に好きだと伝えようにも言葉が上手く出てこない……」


 そう言った彼の心音は先程よりももっと速くなり、コルフィは思わず固まってしまう。


「西の国との戦を覚えているだろうか」

「旦那様が活躍した10年前の?」

「その祝賀パーティーで共に踊ったのは覚えているだろうか」


 それはアルスハインが15歳。コルフィが13歳の話だ。祝賀パーティーで陛下より活躍の褒美として金一封が授与され、その後は媚びへつらう貴族達に散々圧をかけた後、逃げるように端の方で立ち尽くしていた時。


『この祝賀会の主役と踊る権利をいただけないでしょうか』


 手を差し伸べてくれたのがコルフィだった。散々威嚇したものの、無理やり中央へ連れて行かれたが剣しか握ったことの無い無能に舞うなどという技術はない。


 緊張と不安で青ざめるアルスハインの手をコルフィは包み込むと


『大丈夫。私に合わせてください』


 安心させるようにそっと微笑み、言われるがまま合わせて踊ったダンスは予想を上回る出来であった。


 後に知ったが、陛下主催のパーティーで誰とも踊らないのは不敬にあたる。そして女性側から誘うのは誘惑と取られ、あまりいい目では見られないのだ。


 それなのにも関わらず、コルフィへ向けられる視線は悪意の方が少なかった。お互いに悪意が向かないように立ち回っていたと知った時にはもう手遅れであった。


 たった1曲……それは10分にも満たない時だったが、心を奪われるには十分過ぎる時間だ。


「授爵を褒美として心願したのは少しでも君に釣り合う人間になりたかったからだ」

「釣り合うなんて……旦那様はずっと私の前を進む素晴らしい方です。どうか卑下なさらないでください」


 泣き腫らし腫れぼったい黒曜石の瞳は、真っ直ぐ真剣にアルスハインの顔を映す。


「ありがとう。俺はその優しさに惹かれたんだ」


 そう言って柔らかい笑顔を浮かべたアルスハインは、コルフィを両腕で抱きしめた。触れたら直ぐに壊れてしまいそうな華奢な体をなるべく優しく抱き寄せる。


「この命が尽きるまで、君の傍に居てもいいだろうか」

「旦那様……」


 耳元で揺れるコルフィの声の原因は哀ではない。


「私にも、一番最初におはようを言う権利をくださいませんか?もうおかえりなさいだけじゃ足りそうにありません」

「あぁ、勿論だ。愛している、コルフィ」


 僅かに目を開いたコルフィの瞳に光が宿り、嬉しそうに微笑んだ彼女はアルスハインの肩に頬を置くと背に手を重ねた。


 そして噛み締めるように柔らかな声で


「私も愛しております」


 そう言って、2人は永久を誓い合ったのだった。


 ◇◇5年後


「え……その量、なんですか」


 勝ち戦を持ち帰ることになったアルスハイン一行。馬車一つ分にギリギリ収まるであろうプレゼント箱を前にオリスは苦笑いを零した。


「なに分かりきったことを。全てコルフィへの手土産だ。今回は国を越えたから珍しい宝石やドレスに菓子を見つけることが出来たんだ。全てコルフィには似合いそうだし、頬いっぱいに菓子を頬張る姿なんて……。これでも絞るのに苦労したんだぞ?この桃色のドレスなんて、ーーー」


 爽やかな笑顔で惚気を淡々と話し出すアルスハイン。その姿に慣れてしまったオリスは話を左から右に流し


(これが5年前まで血塗れ伯爵だと言われていたとは思えん)


 5年前の面影と重ねては呆れたようにため息を吐いた。

 不倫疑惑以降、1ヶ月後に開かれた結婚式は身内だけながらも盛大に執り行われた。今まで貯めていたアルスハインのかなりの額を注ぎ込んだという噂だが、あながち間違いではないだろう。


 お互いが愛されている自覚を得たのか、式を終えた2人のおしどり夫婦具合は加減を知らない。アルスハインは領地についての業務は自宅で行うようになり、週3は自宅に籠っている。それもコルフィと過ごすための言い訳であるが、剣の技術が劣らないのは愚か、高まっているのが恐ろしい。


 雰囲気が柔らかくなったのを良いことに、引きずり落とそうとする者が何名かいたが、その全てが叶わずじまいで終えた。


「それに帰ったら約束したんだ。おっと、これはふたりの秘密なんだ」


 羨ましいだろう?とでも言いたそうなニヤケ面に苛立ちが募る。


「はいはい。では奥様に会いたいなら早く帰りましょう」

「そうだった!俺が馬車を引く、お前は後ろに乗っていろ」

「は!?や、俺が引きますよ!」


 オリスの説得も虚しく、荷台に投げいられたオリスは音速に近い爆風をたなびかせながら家路を急いだ。


 ◇◇


「旦那様、おかえりなさい!」

「ただいま、コルフィ」

「私との約束は覚えてますか?」

「もちろんだ。帰ったら、ーーー」


 二人でゆっくり釣りをしながら、空を眺めよう。



最後までありがとうございます


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