桜花
春めく季節。木の芽風が頬を撫でる通学路。あなたのことを好きになって、もうどれほどの時が経つのだろう。いつまでも続くと思っていた学園生活も、この春を最後に幕を下ろす。
喜怒哀楽の絶えない日々が日常だった。この心はいつも、あなたに振り回された。
席替えで隣の席になったこと。
学園祭で手を取り合ったこと。
夜道の帰りを心配して着いてきてくれたこと。
あなたは、私のことをどう思っているのだろう。ただ、それだけを考えて過ごす夜は数えきれないほどあった。
好きの二文字を言葉にできない。何年も、何年も募らせた想いが霧と消えることを恐れた。同時に、零れ桜の如く、刹那にかける恋にいっそのこと溺れられたなら、と考えることもあった。でも、純粋にあなたを想うこの気持ちを無下に扱うことはできなかった。
花の便りが待ち遠しい季節。きっと今年も、通学路の桜並木はある一夜で蕾が芽吹き、ひと月とせずに散りゆくのだろう。
今朝、早起きをして梳かした髪が風光る校門の前でふわりと揺れる。学生服を着た彼が正面から歩いて来る。
桜の木の下。後で泣かないように、秘めた二文字を言の葉にのせて春を迎える。
告げる想いが明瞭となったこの瞳にあなたの姿をとらえて、初めて、心が凪ぐ。永遠も一瞬も超えて、好きという言葉で満ちてゆく。