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彼女からのラブレター

作者: ココロ

寝る前にサクッと読める小品。設定はゆるいです。

 その日、待ちに待った恋人からの手紙が届いた。


「良かったですね。待望の手紙ですよ」

 俺に手紙を届けた事務官がくすくす笑う。ここのところ、毎日のように手紙が届いていないかと尋ねていたせいだろう。

 自室の椅子に座った俺は、はやる気持ちを抑えて開いた便箋に目を落とした。


* * * * *


 エリク、お元気ですか?

 貴方が研究施設へと行ってから、早いもので一月ほど経ちました。とはいえ貴方は環境の変化が苦手だから、一月経ったとは言ってもまだまだ落ち着けていないんじゃないかしら。

 そうだとしても、食事と睡眠だけはしっかり取るようにして下さい。貴方は集中すると、平気で寝食を忘れるので心配です。


 ──アリッサより──


 追伸

 出発前にも言ったけど、私、手紙って苦手なのよ。

 短くてもいいって貴方は言ったけど、こうして文面を考えるのが苦手だし、字もあんまり綺麗じゃないし、長々書くと手も疲れるしで、とにかく大変。

 貴方にはそこのところ、よく考えてみてほしいと思います。


 それじゃ、また。


* * * * *



(これだけか!?)

 愕然とした俺は、思わず封筒の中を確認してみた。

 しかし無常にも封筒は空である。取り残しがあるのでは!?という俺の期待は哀れにも打ち砕かれた。便箋はこれ1枚で間違いがないらしい。


(いや、何かこう、もうちょっと書くことがあるんじゃないか!?)

 俺はガクリと肩を落とした。

 俺の仕事の都合で離れ離れになって、初めての手紙がこれである。母からだと言われても信じてしまいそうなこれである。

 もしかして、俺はアリッサに愛されていないんだろうか。

 

(いや、見送りの時の彼女は確かに寂しそうだった……それに)

 手紙が苦手。そう書いてある文面をもう一度確認して、俺は一人で納得した。

 そういえば、手紙を書いてほしいと頼んだ時にもアリッサは苦手だと言って渋っていた。

 理由がわかれば改善するのみである。

 解決策を思いついた俺は、座っていた椅子から勢いよく立ち上がった。



* * * * *


〔ピーーー 音声記録システム起動。これより録音を開始します〕

『えー……

 エリク、お元気ですか?

 貴方に『手紙を書くのが大変だ』と訴えたせいかしら。私は今、何だか四角い箱に向かって話しかけています。

 箱よ、箱。銀色の四角い箱。

 

 ……ねえ、これって本当に私の声が記録されてるの?

 いえ、別に貴方の魔道具作りの才能を疑うわけじゃないのよ。前の手紙で私がいろいろ文句を言ったから、音声記録の魔道具を作ってくれたのよね。ありがとう。


 でもねぇ……

 もし今の姿を誰かに見られたら、私は『箱に向かって話しかける危ない女』だと思われてしまうんじゃないかしら。恋人に置いていかれた寂しさのあまり、おかしくなったんじゃないかって噂されそうな気がするわ。

 貴方にはそこのところ、よく考えてみてほしいと思います。

 

 それじゃ、また』

〔ピーーー〕


* * * * *



 音声記録システムを送ってから、10日ほどでこれが送り返されてきた。ということは届いてすぐに音声を記録して、すぐに送り返してくれたということである。1ヵ月放置の末の手紙に比べると大躍進だ。


(やはり、手紙という手段が良くなかったんだな!)

 元気を取り戻した俺は、鼻歌混じりに音声記録システムを撫でた。久しぶりにアリッサの声を聞けたのも嬉しくて、何だか浮かれてしまいそうになる。


(ああ、いや。浮かれている場合じゃないな)

 俺はすぐに思い直した。

 返信が早く来たのは喜ばしいが、その内容といえばほぼボヤきだ。


(この雰囲気じゃ、君もこっちへ来ないかとは誘いづらいぞ。『寂しい』とか『会いたい』とか言ってくれれば、少しは誘いやすいんだが……)

 研究施設のあるこの町は、彼女の住む都会と違ってかなりの田舎なのである。今の快適な暮らしを捨てて移り住んでくれと言うには、何かしらきっかけが必要だった。


(仕方がない。今はまず、問題点を改善しよう。改善すれば、恋人らしい甘い言葉を貰えるかもしれないし)

 俺はそんな希望で自分を奮い立たせると、次の一手を打つことにした。



* * * * *


〔ピーーー 音声記録システム起動。これより録音を開始します〕

『……ねえ、猫のぬいぐるみが送られて来たわ。

 ええ、そうね。私が前回、なんだかんだとケチをつけてしまったせいよね。

 貴方が私の不満を受けて見た目を改良してくれたんだっていうのは、ひしひしと伝わってきました。ありがとう。


 でもねぇ……!

 これじゃ『箱に向かって話しかける危ない女』から『ぬいぐるみに向かって話しかける危ない女』にクラスチェンジしただけじゃないの!

 私が言いたかったのは、そういうことじゃないのよ!

 貴方にはそこのところ、よく考えてみてほしいと思います。


 ……本当によく考えてよね?

 それじゃ、また』

〔ピーーー〕


* * * * *



(うーん。まずいぞ、これは)

 俺はすっかり青ざめていた。

 声音から言って彼女はちょっと苛つき始めているようである。そしてなにより問題なのは、

『……本当によく考えてよね?』

 という、溜めからの言い回しである。


(アリッサがいつも怒り出す時の前触れじゃないか!)

 俺は一人で震えあがった。

 魔法研究以外に取り得のない俺とは違い、美人でしっかり者のアリッサは引く手数多だ。下手をすると恋人らしい甘い言葉を貰うどころか、俺なんて愛想をつかされてしまうかもしれない。

 部屋の中を無駄にうろうろしながら、俺は何か起死回生の方法はないかと頭を悩ませた。



* * * * *


〔ピーーー 音声記録システム起動。これより録音を開始します〕

『ちょっと何なのよっ!

 いえ、そうね。一緒に入ってたメモに『おしゃべりインコちゃん』って書かれてたから、貴方の意図はすぐにわかったの。これならぬいぐるみに話しかける危ない女にはならなくて済むわね。ありがとう。

 

 でもねぇ……!

 本当にびっくりするほど精巧にできてたから、 鳥の死骸が送られてきたかと思って悲鳴を上げるところだったわよ! リアルなら良いとか、そういうことじゃないの! 努力の方向性がおかしいわよエリク! 私の言ってることがわかる!?

 貴方にはそこのところ、よく考えてみてほしいと思います。


 本っ当によく考えてよね!? 貴方って研究者としては優秀だけど、鈍いところがあるのを自覚してちょうだい!

 それじゃ、また!』

〔ピーーー 音声記録システム終了。録音を停止しま……ガガガ〕


* * * * *



「おや、あなたが外出許可を取るなんて珍しいですね」

 俺にいつも手紙を届けてくれる事務官が、少し驚いた顔でそう言った。


「ええ、まあ。恋人に会いに行こうと思って」

 気がはやる。

 早くアリッサに会いたい。会って、どうか俺の元へ来てくれと懇願したい。

 あの音声システムには、予想外の続きがあったのだ。



〔ピーーー 音声記録システム終了。録音を停止しま……ガガガ〕

 今まで聞いたことのない異音に驚いていたとき、不意に独り言らしき彼女の声が流れてきた。


『……ああ、もうっ!』


 どうやら停止がうまくいかなかったらしく、彼女が止めた(と思い込んだ)後の音声まで記録されていたらしい。


『これだけ手紙や音声が嫌だって言ってるんだから、いい加減「それなら、こっちに来るか?」って言ってくれてもいいじゃない! 「私も連れてって」とか「一緒にいたい」なんて、素直に言える性格じゃないのよ私は!』



「はい、どうぞ。こちら、10日間の外出許可証をお渡しします」

 事務官の声に、俺はハッと自分の思考から引き戻された。


「ああ、ありがとう」

「……お出掛けの間に、準備をしておきましょうか?」

「なんの準備だ?」

「はい。こちらに家族を呼び寄せるには、いくつか手続きが必要ですから」

「……」

 俺の顔がじわじわと熱くなる。

 何度かアリッサのことを話していたせいか、彼はどうやらこれから俺がしようとしていることがわかったらしい。

 察しの良い事務官に、俺は赤くなったまま頷いた。


「気遣い感謝する。……できれば、どうかその準備が無駄にならないことを祈っていてくれ」

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