第3話 プロローグ ― Trash Panda ― エピソード③「魂と“こんぺいとう”」
水無瀬は、左手を差し出し開いた。
色とりどりのこんぺいとうが、透明な袋の中に詰まっている。
「ほら、小さくて、まるくて、トゲトゲしてて、いろんな色してるでしょ?
全部ちがうし、どれが正しいかなんて決められないの」
俺は水無瀬の手の中の”こんぺいとう”を眺めてから、水無瀬の前に浮かんで見える、大きな”こんぺいとう”に目を移す。
「これが…魂の…、カタチですか?」
「そう、シェルが魂の波動を解析して可視化したものだよ」
「でもさ…、甘いんだよ。ちゃんと、“やさしさ”が中に詰まってる」
「魂はね、その核から出る“とげとげ”で感情を表現するの。
怒ってるときは赤。悲しいときや落ちついている時は青。嬉しいときや楽しい時は黄色やピンク
――魂って、その日の気持ちで色や形も変わるんだ」
なるほど…、確かに
――二人の魂の“カタチ”は、すごく彼女たち“らしい”と感じた。
「でも……、そんな可愛いもんなのか?」
水無瀬はこんぺいとうを持った両手を抱きしめるような仕草をした。
「うん。可愛いよ。……だけど、落とすと、なくなっちゃうんだ。
だからね、誰かの魂を見るときは、そっと、両手で包むように、だよ」
水無瀬は言い終えると、「ほいっ」と言いながら、右手のこんぺいとうを口に放り込んだ。
(結局、食べるのかっ)
「アスティ、ソウル・スキャンモード解除」
水無瀬の声だ。
『了解しました』
『シェル・フェニックス、ソウル・スキャンモード解除』
『ノーマルモードに移行します』
視界に重なっていた脈動する“こんぺいとう”がすっと消える。
再び目を落とすと、生き物のようだったシェル・フェニックスは、一瞬のうちに元の金属の輪に戻っていた。
俺は、心拍が高まるのを感じた。
(すごい…。)
ELICの技術が進んでいるとは感じていたが、これは…、いくらなんでも…オーバーテクノロジーではないのか……。
悪戯っぽい笑う水無瀬に焦点を合わせる。
「すごいでしょー」
「シェルはね、異世界の金属“ミスリル”で出来てるんだ~」
「こっちの世界には無い金属で、モース硬度もプラチナ以上。それでいて形状記憶の性質があるから自在に変形可能。しかも、魂との同調率が高いことが特徴」
(異世界の金属…!?魂と同調…!?)
さらっと言っているが、すごい大発見じゃないのか?
でも、ELICの技術が、魔法が存在すると言われる、“異世界の技術”と融合しているとすれば…。
このオーバーテクノロジーの存在もうなずける。
(それよりも、異世界の物質を持ち込めるということは、異世界との間で“魂”だけでなく、“物質”の転移も可能なのか?
異世界側に協力者も存在している?
意図的に伏せられているのか――あるいは、制約があるのか…)
俺の思考を、水無瀬の声がふわりと中断する。
「あと~、そのシェルに刻まれた意匠はフェニックス。またの名は不死鳥とか鳳凰とか。ソウル・リンク・カーネルが導き出した、皇さんの魂波形に最も適した意匠でーす」
「わたしはかわいい”ユニコーン”。氷室さんは”フェンリル”、つまり氷狼ね」
「あと、部長の意匠は…、おっかない”グリフォン”だよ♪」
高鳴ったままの心拍を感じながら、俺は考えていた。
俺の意匠はフェニックス、またの名は不死鳥と鳳凰…。
死と再生の象徴、だったか。まさに、今の“俺”にぴったりかもしれない。
水無瀬はユニコーン。理知的だが、不思議なオーラがある彼女にふさわしい。
氷室はフェンリル。氷のような美貌と、論理的で理知的な思考。
桐島部長はグリフォンか…。
魂波形に最も適した意匠…。これも確かにうなづける。
そのとき、氷室が補足するように言った。
「もう理解したと思うけど、ソウル・スキャンモードで見える“こんぺいとう”は、魂の波形を視覚化したものよ」
俺はうなずき、あの不思議な球体を思い出す。
「あれは、魂を視覚化した、いわば“外観”。球体の“内部”を解析すると、数値化できるの」
「…魂の数値化!?」
(人の魂を数値化する技術まであるのか…)
「…ええ、“とげ”は感情を示している。一方で、球体には4つの“核(Core)”があるわ。それを解析することで、その人の魂の性質がわかるの。」
「純度(Clarity)、容量(Capacity)、色(Color)、そして安定度(Constancy)。」
「この4つを魂の4SC(4 Soul Core)と言って、数値化してS~Eでランク分けされるの。」
「A~Dが正常値。Sはとてもレアで、100万人に1人ぐらいの割合よ。一方、Eは危険な状態を示しているの。ちなみに、分類上はSの上にSSがあるけど、実際確認された例は殆ど無くて、都市伝説みたいなものね」
「“転生”の成功に一番重要な核は、魂の安定度(Constancy)よ」
「特に“記憶の保持”には。転生後にどこまで記憶が残るかに影響するわ」
(なるほど…)
“転生保険”の顧客対応で、気をつけなきゃいけないと思っていたことを尋ねた。
「……じゃあ、自殺した人や、誰かに殺された人は?」
氷室は軽くうなずき、答えた。
「死亡時の魂の損傷が大きいと、魂の安定度(Soul Consistency)が大きく損なわれるわ」
「…その場合、異世界側で完全な再構成ができず、“記憶”の欠損や、最悪の場合、“すべての記憶を失う”だけでなく、転生そのものが失敗するケースもある」
水無瀬が、珍しく真面目な声で言った。
「だからこそ、早期に魂を把握することが重要で、ソウル・スキャンと魂の数値化は、そのための鍵みないなもの」
「……なるほど。つまり、強い意志を持ち、最後まで生き抜いた人ほど、希望通りの“転生”ができると?」
「うん、正解」
「……死によって始まる“転生”、を“今を生きる力”に変えるのが“転生保険”なんだよ」
(“転生”を“今を生きる力“に変える……!)
これこそ、”転生保険”で実現できるのでは、と感じていたことだった。
普通は今を捨て、新たな人生に踏み出すのが”転生”だと考えるはずだ。
しかし、”転生”を、残される者にとってだけでなく、顧客自身が”今を生きる力”に変える。
ずっと生命保険の営業をしながらひっかかっていたことを、実現できるかもしれない。
胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
氷室が引き継ぐ。
「それに、転生なんて、昔はおとぎ話だったわ。でも、“魂が情報体である”ことが証明されてから、世界は変わったの。霊子理論が公表され、凛のお父さん、水無瀬博士は、“魂転送”の成功例を実際に見せた。それでも信じない人は多い。
……でもね、信じる人が増えてるのは、“転生”が“希望”になるからよ」
(“転生”が“希望”になるから、信じられる……)
“時代遅れ”と言われながらも絶対に曲げなかった、俺のスタイル。
“寄り添う営業”が、ここなら間違いなく生きる。
そう強く感じた瞬間だった。
うんうん、と言いながら終始にっこりうなずいていた水無瀬。
急にその表情が「はっ」と言わんばかりに変わり、白衣の裾をぱたぱたさせた。
「あ。ただね~、大事なこと言い忘れたのでっ」
「…この“シェル”は、誰でもいつでも外でバンバン使えるってわけじゃないんだよね~」
水無瀬はくるりと手を回して、軽く笑った。
「社外での使用には、ELICの許可が必要なの。魂に関する情報って、要するに、超個人情報でしょ?」
「特に“ソウル・スキャン”は、相手の深層心理に触れかねないから……、慎重に扱うってことになってるんだ~」
「ま、うちの部長が許可してくれれば、使えることもあるけどね…」
「今回の案件は……、たぶん、使用申請通ってないと思うよ?」
(…確かに、“魂”とは、人を人たらしめる“根源”とも言えるってことか…)
言うなれば、“最終兵器”、だな。
最後に水無瀬が付け加える。
「フェニックスはね、何度も燃えて、生まれ変わる鳥。
――皇くんの魂は、それに似てるんだよ」
俺は、黙ってうなづき、そっと左手首を見つめた。
このシェル・“フェニックス”が、これからの人生で何を結ぶのか。
(……きっと、これは始まりだ)
「死によって始まる“転生”を、“今を生きる力”に変えるのが、私たちの仕事だよ」
俺はまだ知らない。
この言葉が、俺自身の“生き方”そのものも変えていくことを。
次回。
【第3話 プロローグ―Trash Panda―】
【エピソード④「鳳凰、“ゴミ拾い部隊”に入隊す!」】




