表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生売ります!会社を追放された俺は、営業無双で異世界をも救う  作者: 猫屋敷 むぎ
《現実世界編》 異世界転生売ります ―Re:Birth Business on Sale― ~希望を紡ぐ、魂の残響~
6/46

第2話 プロローグ ― Eternal Life Insurance Company ― エピソード②「人生を変える“一歩”」

面接室のドアが静かに閉じる。

その瞬間、外の世界と切り離されたような密閉感を感じた。


音も空気も、ここだけ別の法則で動いている気がする。

白とグレーを基調とした壁そのものが淡く光り、部屋を隅々まで照らしている。

(まるで、全てを見透かすために作られたような空間だ…。)


透明なガラステーブルの向こうには、二人の女性が座っていた。


一人は、真っ白なパンツとブラウスに身を包み、柔らかい雰囲気をまといながらも、その上に黒のジャケットを羽織り、全身から放たれる“圧”を感じる。

目の奥に、“戦場”さえ感じさせる鋭さを持った人物だった。

まるで、こちらの呼吸や体温の変化すら測っているかのような視線。

彼女が面接の“判断者”だろう。


もう一人は、漆黒のタイトスカートとジャケットに身を包んだ、クールで静かな佇まい。

長い髪を後ろでまとめ、静かにこちらを見つめている。

彫刻のような顔立ちに、白く透き通るような肌、そして大きなヘーゼルの瞳。

その美しさに一瞬目を奪われる……。

しかし、その美しさは、感情を表すことを拒否しているようにすら感じる。

氷のような冷静さと知性――理論とデータで判断するタイプだろう。


どちらも只者ではない。

表面上は“面接”のはずなのに、まるで“魂の素質”を問われているような感覚に陥る。


視線を移すが、名札は…ない。

だが、二人の胸元には、この空間には似つかわしくない、古風なペンダントが輝いていた。

何か意匠がある。

“判断者”は…。“鷲”?いや違う。“グリフォン”だ。

もう一人は…。“狼”のように見えるが…。


「おかけください」

“判断者”の声で、思考は中断された。


「営業本部の桐島です」

「同じく、営業本部の氷室です」

二人が淡々と名乗る。

(営業本部……、ね)

皇律(すめらぎ )です。」

軽い会釈。促され、椅子に腰を下ろす。

「失礼します」


目の前の二人を、自然に観察する。

――癖だ。営業として身につけた本能のようなもの。


「まず最初に」

履歴書(レジュメ)の説明は不要です。事前に頂いておりますので。お互いに時間は有限ですから」

桐島と名乗った“判断者”の女性が宣言し、俺はうなずいた。

(効率を重視するタイプ、なのか…?)


桐島は続けて質問した。

「前職は、生命保険会社ですね?」

「はい。実績はありましたが……時代には合いませんでした」

「時代に合わなかった?」

氷室と名乗った、氷のような女性がわずかに眉を動かす。


「訪問営業中心でした。顧客の人生に寄り添い、時間をかけて信頼を築くスタイルです」

「AI主導の営業方針に従わなかったため、“構造改革”で真っ先に“追放”されました」

「あなたは、“追放された”と思っている?」

「ええ。“必要とされなかった”とも言えるかもしれませんが」


桐島がわずかに口元を緩めた。だが笑ってはいない。

「……“信頼を築く”営業。効率性を犠牲にしてでも?」

(やはり、効率重視…なのか?いや、それでも俺は、俺のやり方を貫きたい)


「犠牲とは思いません。“信頼”がなければ、“数字”も続かないので」

一瞬だけ、氷室の瞳が細くなる。

桐島の眼差しにも、わずかな光が宿ったように見えた。


「では……あなたは“転生保険”という仕組みに、何を見ていますか?」

(――! 核心が来た)

問いかけの温度は穏やかだが、その奥に明白な試練の刃を感じる。

(“何を見ているのか?”…、そう来るか)


俺は桐島を見つめ、言った。

「“後悔したまま終わる人生”を、少しでも減らす手段です」


桐島は視線を動かさず、質問を重ねる。

「それは、救済の視点ですか?ビジネスの視点ですか?」

「両方です。どちらかに傾けば、誰も救えないし、続かない」


桐島の目が少し揺れたように見えた。

その意図が肯定か否定かは、わからない。

しかし、なぜだか、次の質問が本当の“核心”であることだけはわかった。


「では、尋ねます。」

「あなたの“救済の視点”が向いているのは、“次”ですか?それとも“今”ですか?」


「“今”です。後悔なく生きた“今”だけが、“次”を照らす”希望“になるからです」

即答だった。迷いはなかった。

「……なるほど」


氷室はわずかに目を伏せ、手元の端末で何かのデータを確認しながら、桐島と視線を交わす。

二人の間に、言葉のない了解のようなものが流れた気がした。

(……これは、評価されてるのか? 試されてるのか?)


「……以上です。面接はこれで終了となります」

そう告げたのは、これまで全く話さなかった氷室だった。

もっと、そう冷たい声を想像していたが、淡々としながらも、

思いの他、あたたかく、どこか懐かしいような、そんな声だった。


(終わった……のか?)

背筋が少し冷たくなる。

手応えは、正直わからなかった。


だが、次の瞬間――


「ようこそ、皇さん」


不意に、桐島の眼差しがやわらぎ、柔らかな笑みを浮かべた。

「あなたを歓迎します」


「……え?」

我ながら、間抜けな声を出してしまったかもしれない。


思わず、口が開く。

「今、決定したってことですか?」


「あら、誤解させちゃった?」

桐島は肩をすくめて、悪戯っぽく笑った。


「わたしたちは、あなたを見つけていた、とも言えるわね。

“合格”は、最初から決まっていたのよ。これは確認の場。言うなれば……最終チェック。」


「――どういう意味ですか?」


氷室の、氷のような表情が、ほんの少しだけゆるむ。

「ELICには、“履歴書”や“実績”では測れない指標があります。

特に、あなたがこれから配属される部署では。

私たちの仕事は、魂を扱う……つまり、“人生そのもの”を預かる仕事。

私たちが見たかったのは、あなたの言葉、目線、価値観、そして“生き方”です」


桐島が言葉を継ぐ。

「今日の面接で、それが“十分”に伝わった。だから合格。

――いいえ、最初から、それだけが目的だったのよ。」


「つまり……」

皇は、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「これは…、選ばれるための面接じゃなかった。最初から、選ばれていたということ?」


「正確には……」

桐島の声が少しだけ低くなる。


「あなたが、”選びに来たのかどうか”を確かめるための時間だったの」


氷室が静かに頷いた。

「ようこそ、ELICへ。皇君。あなたの“もう一度の人生”は、ここから始まります」


俺は、静かに息を吸った。


ほっとしたような、身が引き締まるような、そんな思いだった。

ただ一つ、確実に言えることは…。

(……ここからが、本当の勝負、だな)



面接室のドアが静かに閉じた。

再び静寂に包まれた廊下に戻ると、先ほどまでの空気が嘘のように軽く感じられる。

でも、心の奥で、確かに俺の何かが変わった、そんな手応えが残っていた。

(“もう一度の人生”……か。思っていたより、ずっと重い言葉なのかも知れない)


エントランスに戻る途中、再び壁のホログラフィックが目に入る。

そこには、水無瀬博士のホログラム映像が流れていた。

かつての講演記録だろうか。

「魂は、人が持つ情報“記憶”の最小単位、霊子の集合体であり、情報エネルギー体である」

「情報の連続性が保たれることを“生”、途切れることを“死”と定義するなら、“転生”によって、人が“生”か“死”か、“選択”できる時代が必ず来ると信じています」


流れる言葉の力強さに対して、その“ゆるい“雰囲気は意外に感じた。

(…言ってることは、昔なら変な宗教の教祖にしか見えんな……)

しかし、これが現実だ。

そう、時代は変わったのだ。

俺は、講演を続ける博士の顔を見ながら苦笑する。


少し視線をずらすと、その横に、あの言葉が再び浮かんでいた。

《その一歩が、人生を変える。

――もう一度、人生を選べるとしたら、あなたはどう生きますか?》

まるで、自分が問い直されているように感じ、肩をすくめた。


『皇律様、面接お疲れ様でした』

エントランスに戻ると、さきほどの受付アンドロイドが笑顔で一礼する。


『ご退出は右手のゲートをご利用ください。ご武運を』

(ご武運を!?…どういうこと……?)

ELICの未来的な空間に不思議と似合う、古風な言葉に、思わず微笑みが零れる。


ゲートを通り抜け、外の光が目に飛び込んできた瞬間。

胸ポケットのタブレット端末が振動した。

取り出して届いたメールを見る。


【採用通知:Eternal Life Insurance Company】

すめらぎ りつ殿】

【所属部門:営業本部 セールスタスクフォース(STF)部】


(…ん?セールスタスクフォース部?)

なんだその特殊部隊のような名前の部は…、と眉をひそめる暇もなく、さらに通知が続く。


【初出社予定日:明日午前9時】

【担当AIアシスタント:ASTYアスティ

【現時点での案件候補:1件(同行案件)。詳細は初出社時に開示予定】


一気に情報を詰め込まれ、皇は額に手をやり、ため息をついた。


(明日から…もう始まるのか。)

空を仰ぐと、ガラスの塔のてっぺんが陽光にきらめいている。

その遥か上空には、新東京区の上空を行き交うドローンタクシーの影。


(“もう一度の人生”……ちゃんと、俺の手で掴んでやるさ。)

そう心に誓い、ネクタイを緩めようと手を伸ばしながら、俺は歩き出した。

この新しい世界……ELICでの“転生ビジネス”最前線へと。



“もう一度の人生”を生きるために、この“一歩”を、誰かのために踏み出すことを選んだ。

追放されても後悔はない。それが、“次”を照らす“希望”になるのだから。


次回。

【第3話 プロローグ―Trash Panda―】

【エピソード①「“セールスタスクフォース部”」】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ