第2話 プロローグ ― Eternal Life Insurance Company ― エピソード②「人生を変える“一歩”」
面接室のドアが静かに閉じる。
その瞬間、外の世界と切り離されたような密閉感を感じた。
音も空気も、ここだけ別の法則で動いている気がする。
白とグレーを基調とした壁そのものが淡く光り、部屋を隅々まで照らしている。
(まるで、全てを見透かすために作られたような空間だ…。)
透明なガラステーブルの向こうには、二人の女性が座っていた。
一人は、真っ白なパンツとブラウスに身を包み、柔らかい雰囲気をまといながらも、その上に黒のジャケットを羽織り、全身から放たれる“圧”を感じる。
目の奥に、“戦場”さえ感じさせる鋭さを持った人物だった。
まるで、こちらの呼吸や体温の変化すら測っているかのような視線。
彼女が面接の“判断者”だろう。
もう一人は、漆黒のタイトスカートとジャケットに身を包んだ、クールで静かな佇まい。
長い髪を後ろでまとめ、静かにこちらを見つめている。
彫刻のような顔立ちに、白く透き通るような肌、そして大きなヘーゼルの瞳。
その美しさに一瞬目を奪われる……。
しかし、その美しさは、感情を表すことを拒否しているようにすら感じる。
氷のような冷静さと知性――理論とデータで判断するタイプだろう。
どちらも只者ではない。
表面上は“面接”のはずなのに、まるで“魂の素質”を問われているような感覚に陥る。
視線を移すが、名札は…ない。
だが、二人の胸元には、この空間には似つかわしくない、古風なペンダントが輝いていた。
何か意匠がある。
“判断者”は…。“鷲”?いや違う。“グリフォン”だ。
もう一人は…。“狼”のように見えるが…。
「おかけください」
“判断者”の声で、思考は中断された。
「営業本部の桐島です」
「同じく、営業本部の氷室です」
二人が淡々と名乗る。
(営業本部……、ね)
「皇律です。」
軽い会釈。促され、椅子に腰を下ろす。
「失礼します」
目の前の二人を、自然に観察する。
――癖だ。営業として身につけた本能のようなもの。
「まず最初に」
「履歴書の説明は不要です。事前に頂いておりますので。お互いに時間は有限ですから」
桐島と名乗った“判断者”の女性が宣言し、俺はうなずいた。
(効率を重視するタイプ、なのか…?)
桐島は続けて質問した。
「前職は、生命保険会社ですね?」
「はい。実績はありましたが……時代には合いませんでした」
「時代に合わなかった?」
氷室と名乗った、氷のような女性がわずかに眉を動かす。
「訪問営業中心でした。顧客の人生に寄り添い、時間をかけて信頼を築くスタイルです」
「AI主導の営業方針に従わなかったため、“構造改革”で真っ先に“追放”されました」
「あなたは、“追放された”と思っている?」
「ええ。“必要とされなかった”とも言えるかもしれませんが」
桐島がわずかに口元を緩めた。だが笑ってはいない。
「……“信頼を築く”営業。効率性を犠牲にしてでも?」
(やはり、効率重視…なのか?いや、それでも俺は、俺のやり方を貫きたい)
「犠牲とは思いません。“信頼”がなければ、“数字”も続かないので」
一瞬だけ、氷室の瞳が細くなる。
桐島の眼差しにも、わずかな光が宿ったように見えた。
「では……あなたは“転生保険”という仕組みに、何を見ていますか?」
(――! 核心が来た)
問いかけの温度は穏やかだが、その奥に明白な試練の刃を感じる。
(“何を見ているのか?”…、そう来るか)
俺は桐島を見つめ、言った。
「“後悔したまま終わる人生”を、少しでも減らす手段です」
桐島は視線を動かさず、質問を重ねる。
「それは、救済の視点ですか?ビジネスの視点ですか?」
「両方です。どちらかに傾けば、誰も救えないし、続かない」
桐島の目が少し揺れたように見えた。
その意図が肯定か否定かは、わからない。
しかし、なぜだか、次の質問が本当の“核心”であることだけはわかった。
「では、尋ねます。」
「あなたの“救済の視点”が向いているのは、“次”ですか?それとも“今”ですか?」
「“今”です。後悔なく生きた“今”だけが、“次”を照らす”希望“になるからです」
即答だった。迷いはなかった。
「……なるほど」
氷室はわずかに目を伏せ、手元の端末で何かのデータを確認しながら、桐島と視線を交わす。
二人の間に、言葉のない了解のようなものが流れた気がした。
(……これは、評価されてるのか? 試されてるのか?)
「……以上です。面接はこれで終了となります」
そう告げたのは、これまで全く話さなかった氷室だった。
もっと、そう冷たい声を想像していたが、淡々としながらも、
思いの他、あたたかく、どこか懐かしいような、そんな声だった。
(終わった……のか?)
背筋が少し冷たくなる。
手応えは、正直わからなかった。
だが、次の瞬間――
「ようこそ、皇さん」
不意に、桐島の眼差しがやわらぎ、柔らかな笑みを浮かべた。
「あなたを歓迎します」
「……え?」
我ながら、間抜けな声を出してしまったかもしれない。
思わず、口が開く。
「今、決定したってことですか?」
「あら、誤解させちゃった?」
桐島は肩をすくめて、悪戯っぽく笑った。
「わたしたちは、あなたを見つけていた、とも言えるわね。
“合格”は、最初から決まっていたのよ。これは確認の場。言うなれば……最終チェック。」
「――どういう意味ですか?」
氷室の、氷のような表情が、ほんの少しだけゆるむ。
「ELICには、“履歴書”や“実績”では測れない指標があります。
特に、あなたがこれから配属される部署では。
私たちの仕事は、魂を扱う……つまり、“人生そのもの”を預かる仕事。
私たちが見たかったのは、あなたの言葉、目線、価値観、そして“生き方”です」
桐島が言葉を継ぐ。
「今日の面接で、それが“十分”に伝わった。だから合格。
――いいえ、最初から、それだけが目的だったのよ。」
「つまり……」
皇は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「これは…、選ばれるための面接じゃなかった。最初から、選ばれていたということ?」
「正確には……」
桐島の声が少しだけ低くなる。
「あなたが、”選びに来たのかどうか”を確かめるための時間だったの」
氷室が静かに頷いた。
「ようこそ、ELICへ。皇君。あなたの“もう一度の人生”は、ここから始まります」
俺は、静かに息を吸った。
ほっとしたような、身が引き締まるような、そんな思いだった。
ただ一つ、確実に言えることは…。
(……ここからが、本当の勝負、だな)
面接室のドアが静かに閉じた。
再び静寂に包まれた廊下に戻ると、先ほどまでの空気が嘘のように軽く感じられる。
でも、心の奥で、確かに俺の何かが変わった、そんな手応えが残っていた。
(“もう一度の人生”……か。思っていたより、ずっと重い言葉なのかも知れない)
エントランスに戻る途中、再び壁のホログラフィックが目に入る。
そこには、水無瀬博士のホログラム映像が流れていた。
かつての講演記録だろうか。
「魂は、人が持つ情報“記憶”の最小単位、霊子の集合体であり、情報エネルギー体である」
「情報の連続性が保たれることを“生”、途切れることを“死”と定義するなら、“転生”によって、人が“生”か“死”か、“選択”できる時代が必ず来ると信じています」
流れる言葉の力強さに対して、その“ゆるい“雰囲気は意外に感じた。
(…言ってることは、昔なら変な宗教の教祖にしか見えんな……)
しかし、これが現実だ。
そう、時代は変わったのだ。
俺は、講演を続ける博士の顔を見ながら苦笑する。
少し視線をずらすと、その横に、あの言葉が再び浮かんでいた。
《その一歩が、人生を変える。
――もう一度、人生を選べるとしたら、あなたはどう生きますか?》
まるで、自分が問い直されているように感じ、肩をすくめた。
『皇律様、面接お疲れ様でした』
エントランスに戻ると、さきほどの受付アンドロイドが笑顔で一礼する。
『ご退出は右手のゲートをご利用ください。ご武運を』
(ご武運を!?…どういうこと……?)
ELICの未来的な空間に不思議と似合う、古風な言葉に、思わず微笑みが零れる。
ゲートを通り抜け、外の光が目に飛び込んできた瞬間。
胸ポケットのタブレット端末が振動した。
取り出して届いたメールを見る。
【採用通知:Eternal Life Insurance Company】
【皇 律殿】
【所属部門:営業本部 セールスタスクフォース(STF)部】
(…ん?セールスタスクフォース部?)
なんだその特殊部隊のような名前の部は…、と眉をひそめる暇もなく、さらに通知が続く。
【初出社予定日:明日午前9時】
【担当AIアシスタント:ASTY】
【現時点での案件候補:1件(同行案件)。詳細は初出社時に開示予定】
一気に情報を詰め込まれ、皇は額に手をやり、ため息をついた。
(明日から…もう始まるのか。)
空を仰ぐと、ガラスの塔のてっぺんが陽光にきらめいている。
その遥か上空には、新東京区の上空を行き交うドローンタクシーの影。
(“もう一度の人生”……ちゃんと、俺の手で掴んでやるさ。)
そう心に誓い、ネクタイを緩めようと手を伸ばしながら、俺は歩き出した。
この新しい世界……ELICでの“転生ビジネス”最前線へと。
“もう一度の人生”を生きるために、この“一歩”を、誰かのために踏み出すことを選んだ。
追放されても後悔はない。それが、“次”を照らす“希望”になるのだから。
次回。
【第3話 プロローグ―Trash Panda―】
【エピソード①「“セールスタスクフォース部”」】