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異世界転生売ります!会社を追放された俺は、営業無双で異世界をも救う  作者: 猫屋敷 むぎ
《現実世界編》 異世界転生売ります ―Re:Birth Business on Sale― ~希望を紡ぐ、魂の残響~
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第2話 プロローグ ― Eternal Life Insurance Company ― エピソード①「“追放”」

※いつも『異世界転生売ります!』をお読みいただきありがとうございます!

ブクマ&フォローしてお待ち頂けますと励みになります。

窓の外には、東京湾岸エリアのビル群と青い海が広がる。

午前10時、まばらな乗客を乗せたリニアは、時折小さく揺れながら滑るように進む。


俺、皇律(すめらぎ りつ)は、リニアに揺られながら、ホログラムタブレット端末―通称、ホロタブーを開き、何度も読み返したあの本の表紙を見つめる。

その帯に刻まれた、ある言葉。


『人にとって、“死”だけが唯一平等に訪れる。――霊子情報工学博士 水無瀬 新(みなせ あらた)


(……平等、か。響くな。こういう時にこそ)

当たり前のようで、決して軽くはない。

それが、“異世界転生システム”の生みの親、水無瀬博士の言葉となれば、なおさらだ。


ふと、顔を上げると、窓の向こうに湾岸のビル群が日の光にきらめいていた。

その手前に浮かぶ、ホログラム広告の映像が自然と視界に入る。


《その一歩が、人生を変える。

――もう一度、人生を選べるとしたら、あなたはどう生きますか?》

美しく幻想的な景色を背景に、ふわりと浮かぶキャッチコピー。


エターナルライフ保険株式会社。通称、ELICエリック

世界で唯一、“転生保険”を取り扱う生命保険会社にして、今最も注目を集める企業の一つ。

あのセンセーショナルな“転生保険”のデビューから、まだ1年も経っていない。


(俺だって、最初は“異世界転生”なんて、本気で信じてなかった…)

けれど、魂の領域に踏み込んだ人類の科学は、これまで信じるに足る証拠を提示して来た。

それでも、“信じられるようになった”きっかけは、“理屈”じゃなかった気がする。

どこかの戦地で死んだ兵士が、異世界で生きているというニュース。

家族のもとに届いた、転生者からの手紙。

SNSでは、“異世界から送られたメッセージ”として画像や動画も出回った。


嘘か本当かなんて、正直誰にもわからないのかもしれない。

でも、“信じる理由”は、きっとそれぞれの中にある。

“もう一度、人生を選べたら”と願う誰かにとって、それが現実になるなら。

信じたい理由がある限り、この”保険“は必要とされるのだ。


(“保険”という言葉の意味すら、もはや変わっちまったかもしれないな。)

“希望”を売る保険。一般販売が始まってわずか1年、されど1年。

“死”を前提とした保険が、これほどまでに人の“生”を支える時代になったのだ。


本のホログラムを消し、目を閉じる。

リニアがカーブに差しかかり、車体がわずかに傾く。

その遠心力に身を任せると、背中がシートに沈み込んだ。


(……“もう一度、人生を選べる”としたら)

今の俺は、まさに、その選択の真っ只中にいる。

もちろん“人生を選ぶ”と言っても、死んで生まれ変わることじゃない。

でも……この転機が、確かに俺を救いかけている気がした。




――ほんの一ヶ月前まで。

俺は、とある老舗の生命保険会社に勤めていた。

実績もあったし、表彰も受けてきた。

だが――追放された。


「皇さんみたいな営業、もう古いんですよ」

「今の時代は、AIが提案して、顧客が自己判断するのが基本ですから」

「訪問?顧客管理?全部クラウドで完結します。

非効率なんですよ、そういうの」


冷ややかな目線と、投げつけられる言葉。


“数字”じゃなく“人の人生”と向き合う営業。

顧客が「どうしたらいいかわからない」と悩んでいるときは、「まず話してみてください」と声をかけ、

何時間でも耳を傾けた。

時には、家族の話を一緒に涙を流しながら聞いたこともある。


そんな、泥臭くて手間のかかるやり方を、俺は信じていた。


だが、“構造改革”の名のもとに、俺のような営業は、完全に排除されていった。

まるで、時代に切り捨てられるかのように……。


「皇君。君のようなタイプの営業は、もう必要とされていない」

最後の面談で、上司から言われた言葉だ。


(…“誰”が、必要としないのか?)

顧客か、会社か。それとも…時代か。


(……結局、俺は“追放”されたんだ。)


だけど、不思議と悔いはなかった。

むしろ、そうやって終わった一つの“人生”の先に、“もう一度選べる人生”が待っていたのだから。



ELICに応募しようと決めたのは――あの夜だった。


会社を”追放”された夜。


その日の夜の街は、どこか寂しげで、俺の心を映し出しているようだった。

雨で濡れたアスファルトが街灯に反射し、滲んだ光がぼやけている。

人々のざわめきも、行き交う車の音も、やけに遠い。


俺は、スーツの隙間から忍び込む冷たい風に震えながら、足を引きずるように歩いていた。


(……俺は、もう必要ないのか?)


まだ秋口の夜だというのに、やけに寒い風が吹くたびに、

「君はもう必要ない」

あの冷たい宣告が、何度も何度も頭の中で響く。


何年も積み上げてきたものが、一瞬で崩れ去った。

自分が情けなくて仕方なかった。


(誰かに必要とされたい――)

そんな、子供じみた欲求が心の奥から溢れてきて、涙がこぼれそうになる。


そう、俺は”生命保険”を売っていた。

「家族を守るため」「万が一に備えて」

――ただ売るのではなく、心から寄り添ってきたつもりだったし、その先に待っているのは”安心”だと、信じて疑わなかった。


でも……本当にそれでよかったのか?


目の前の顧客に、俺はどれだけ寄り添えていたんだろうか?

「大切な人が亡くなった後も、家族が困らないように」

その理屈は、たしかに正しい。

合理的だし、間違ってはいない。


だけど……。

何度か見た、顧客の少しだけひきつった顔。どこか遠くを見るような目。

言葉が足りなかったのか?

「生命保険は、家族の未来を守るものです」って、何度も繰り返した。

でも、あの時、顧客は笑ってなかった。

どこか虚ろな目で、ただ頷いていただけだった。


思えば、その後もずっと引っかかっていた。

”希望”を語っているはずなのに、どうして伝わらないんだ?


俺が生命保険を売っているとき、いつも考えていたのは、”家族のために”っていう、誰かのための希望だった。

だけど、本当にその人自身が望む”希望”って、何なんだろう。


顧客は、きっと不安だったんだ。

自分がいなくなった後のことよりも、


「今、この瞬間、自分はどう生きるべきか」


を悩んでいたのかもしれない。


いつか平等に来る”死”を見据えて、その先の未来の話をされても、現実味がなかったんだろう。

“家族を守る安心”よりも、“自分自身の人生を全うしたい”という切実さ。


「家族を守ることが生きる意味だ」

そう思っていたのは、俺の価値観だったのかもしれない。

本当に顧客が望んでいたのは、“自分の生き様”を示す何かだったのかも。



――ふと足を止めた。

雨音が遠ざかり、時間が止まったように感じた。

見上げた先にあったのは、街角のホログラム広告。


《その一歩が、人生を変える。

 ――もう一度、人生を選べるとしたら、あなたはどう生きますか?

ELIC ―Eternal Life Insurance Company―》


目に飛び込んできたその言葉が、胸を貫いた。


誰かが――いや、未来の自分が、今の俺に呼びかけているようだった。


「もう一度、人生を選べるとしたら?」


その問いかけが、絶望の淵にいた俺の“魂”を揺さぶった。

まるで、心の奥底で燻っていた“希望”が、小さな火を灯したような感覚。

心の奥底に、一筋の光が差し込んできた瞬間。


そうか、まだ終わってない。

まだ、やり直せるかもしれない――。


あの瞬間、確かに“救われた”と感じた。


「もう一度、自分の価値を証明したい」

今度は、“誰かのため”じゃない。

自分が信じた道を、もう一度確かめたい。

俺自身のために、“生きる希望”を掴むんだ。


そう決めた瞬間、雨音が少しだけ優しく聞こえた気がした。


もちろん、ELICが“転生保険“を取り扱う会社であることは知っていた。

本来、“もう一度の人生“は、”転生後の人生“を指していると思うのが普通だろう。


でも、あの時の俺には、絶望にうちひしがれていた俺に宛てた、 “未来の自分” からのメッセージに思えたのだ。


そして…、俺は今、その“転生保険”を扱うELICの面接に向かっている。




東京湾の中央に浮かぶ巨大なメガフロート、“新東京区”。ネオ・トーキョー。

首都移転計画の結果誕生した、日本の新たな中心地だ。

ここには、政府機能が移転されただけでなく、名だたる企業が軒を連ねている。


中でも、流線形にガラスと金属で構成された、ひときわ高い高層ビルが、朝の陽光を反射して空に溶け込んでいた。


その正面、分厚いガラス製自動ドアの前で立ち止まり、俺は深く息を吸った。

(ここが……ELIC。転生保険の聖地――いや、最前線か。)

目の前に広がるのは、エターナルライフ保険株式会社本社ビル。

地上70階、地下3階。

会社の通称はELIC。“転生保険“を開発した世界最大の生命保険会社である。

かつて夢物語と思われていた死後の“異世界転生”を、現実に変えた会社。

無意識に、うっすら汗をかいた手がネクタイに伸びる。


(おっと…、またやっちまった。)

癖で緩めてしまったネクタイの結び目を直しながら、自動ドアをくぐる。


厚みのあるガラス扉が音もなく開き、俺は中に足を踏み入れる。

瞬間、世界が切り替わったかのような錯覚に襲われた。

未来的な白とシルバーを基調とした内装。

天井には環状の浮遊ホログラムモニターがゆっくりと回転し、エントランス全体を包み込むように広告映像が流れていた。


受付には、柔らかな表情を浮かべたアンドロイドの受付嬢が立っていた。

今や、アンドロイドと人間の外見には、ほとんど差はない。

けれど、瞳に灯る淡い光が、その“違い”を静かに物語っていた。


『おはようございます。お名前とご用件をお伺いしてもよろしいですか?』

皇律(すめらぎ りつ)です。本日、営業本部の面接に参りました。」


アンドロイドが一瞬だけまばたきし、すぐに笑顔を返す。

『皇律様、承っております。少々お待ちください……。』


『――はい、面接室にご案内いたします。』

受付横のパネルが音もなく開き、奥の通路へと誘導される。


音もなく歩く受付嬢に従い、廊下を歩く。

廊下は静寂に包まれ、足音すら吸収する素材が敷かれていた。

壁面には、ELICの理念や創業からの歴史、世界各国での事例が、ホログラフィックに静かに流れている。


(…この無機質な空間に、“もう一度の人生”が詰まっているのか…。)

まるで魂が選別される前の待合室のような場所。

そんな感覚が胸をかすめた。


「こちらが面接室になります。どうぞ、お入りくださいませ。」

静かにドアが開く。

(さて…、ここからが、俺の“もう一度”の始まりだ。)

心を決めて、部屋の中へと足を踏み入れた。


“一歩”を踏み出す。

その扉の先に、今の俺が“選んだ人生”があると信じて。



「その一歩が、人生を変える。――もう一度、人生を選べるとしたら」

追放された俺は、もう一度選ぶ。

まだ見ぬ誰かに“寄り添い”、未来へ歩き出すために。


次回。

【第2話 プロローグ―Eternal Life Insurance Company―】

【エピソード②「人生を変える“一歩”」】


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