第8話 聖女の祈りと旅の仲間【後編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ― エピソード⑨「風車よ、“異世界転生”に灯れ【後編】」
「誰か……いるのか?」
おそるおそる声を出すと、木陰から現れたのは――化け物。
いや、いわゆるゴブリンだった!
(こういう時って、かわいいアシストキャラとかじゃないの……)
汚れたナイフを手に、歯をむき出しにして迫ってくる。
「ひっ……!」
反射的に体が跳ねて、足元がもつれた。
気づけば、僕は尻もちをついていた――。
心臓が早鐘のように打ち、冷や汗が背中を伝う。
(どうしよう……どうすれば……)
ゴブリンはそのまま襲いかかってきた。
「や、やめろっ……!」
ナイフがギラリと光り、避けきれずに背中をかすめた。
鋭い痛みが走り、血のにおいが鼻をつく。
(くそっ……このままじゃ、死ぬ!)
その時、ふと頭に浮かんだのは、契約時に選んだスキルだった。
(そうだ……昔プレイしたRPGの主人公が持っていた……)
反射的に指を広げた。電気は一瞬で導体を探すはず。
僕の掌が、それになるように願って――
「無詠唱、ライトニングボルト!」
叫ぶと同時に、手のひらから青白い電撃が放たれた。
バチンッという音とともに、青白い閃光が夜を裂いた。
ゴブリンの絶叫が森に響き、しばらくして、煙を上げながら崩れ落ち――動かなくなった。
「や、やった……?」
震える手を見つめながら、ようやく実感が湧いた。
自分が本当に異世界に来てしまったこと、そして――生きていること。
初めて電球に灯がともった瞬間の、あの胸の高鳴り。あれと同じだ。
――その後、森を抜けてたどり着いたのは、小さな村だった。
僕のボロボロの姿を見て、村人たちは心配そうに駆け寄ってきた。
正直、転生時に設定していた“おすすめ自動装備”に感謝した。
(もし学生服のままだったら、怪しまれて追い払われていたかもしれない)
初期装備はナイフとパン、それから革の水筒だけだったけど……。
一方で、いきなりゴブリンの襲われる森に転生させるなんて――
“転生保険“をちょっぴり恨んだ。
「おい、坊主、大丈夫か?」
「怪我してるじゃないか」
「両親は? こんなところで何してたんだ?」
僕は、どう答えたらいいか分からず、ただ首を振った。
「そうかい……身寄りがなくなったんだね」
「坊や、名前は?」
言葉はわかる。
聞いたことのない響きの言葉なのに、ちゃんと日本語で理解できた。
「えと…村井瑛流…、いえ、“ライエル”です」
(頭の中では日本語で考えてるのに……どうして、こんな知らない言葉が勝手に出てくるんだ?)
「そうかい、ライエル君かい」
村長らしき老人が、そう呟きながら肩を叩いた。
「大したことはしてやれないが、しばらく水車小屋を使っていい。
ここで暮らすといいさ。困ったことがあればいつでも来なさい」
ただひたすらに温かい言葉に、僕はただ、頷くしかなかった。
(僕は……生き延びた。けれど、これからどうすればいいんだ?)
異世界にたった一人で放り出された不安と、わずかな希望が交差する。
その後、少しずつ村に馴染み、魔法を練習しながら生き延びてきた。
けれど――心の中にはいつも、強くなりたいという思いがくすぶっていた。
(……強くなりたい。もっと、守れる力を)
レナの言葉が胸に刺さる。
(聖都か……きっと、何かが変わるかもしれない)
焚き火の炎を見つめながら、ライエルは静かに決意を固めた。
(今度は僕が、誰かを守れるように)
指先に残るのは、一夜の約束のぬくもり。
けれど、あの焚き火と同じだ。
小さくても、風に消えそうでも、
確かにそこに――光があった。
それは、僕の中に灯った“初めての灯火”だった。
まだ小さな灯りだけど、それがいつか、誰かを照らす光になると信じて。
(……この小さな灯りが、あの人たちの剣と祈り、そして炎に、肩を並べられる日が来るように)
視線を上げれば、まだ村のどこかにいるレナさんの背中が浮かぶ気がした。
あの人と、もう一歩、肩を並べて歩くために。
誰かの祈りが救いになるなら、僕は――知恵で、光を差したい。
きっと、それが“旅”の始まりになる。
焚き火の明かりが揺れるたびに、ライエルの瞳にも、小さな決意の灯が映っていた――。
***
――その頃、村の宿屋
「姉さん、飲み過ぎだぜ」
窓際のテーブルで丸くなっていたヒノカゲが、少し伸びをしてぼやく。
レナは部屋に戻るなり、パタン、と二人が先に寝ているベッドに倒れるように寝てしまった。
あの“しゅうがくりょこう”の夜のように――
ユリシア、セリア、レナの順に川の字になり、寝息を立てている。
どう見ても窮屈なのに――
本人たちが思っているよりずっと無防備で、それでもどこか満足げな三人の寝顔。
――思わず微笑みが漏れ、ヒノカゲは少し首を振った。
ひとつあくびをすると、元通り丸くなる。
そしてそっとつぶやいた。
「……女ってやつは……、少年の思い通りにはならねぇんだぜ――
がんばれ、少年。君も…いい夢を」
ヒノカゲの小さな寝息が部屋に溶けていく。
……その夜空には、静かに寄り添うように三つの月が浮かんでいた。
少年の歩みを、やさしく照らすように――。
【第8話 聖女の祈りと旅の仲間【後編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ―】
【エピソード⑩「“聖女の祈りと旅の仲間”【前編】」】
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