第8話 聖女の祈りと旅の仲間【後編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ― エピソード⑧「風車よ、“異世界転生”に灯れ【前編】」
――ライエルとレナが“二人だけの約束”を交わした後。
ライエルは、レナの背中を見送り、焚き火の前で立ち尽くしていた。
しばらくして――
焚き火の前に一人座る。
熱いのは顔が焚き火に照らされているからなのか。
頬をなでる風が、どこかひどく遠く思えた。
(……レナさん。やっぱり、ただの冒険者じゃないんだ)
ゆらゆらと燃える焚き火の向こうに、夜空の星が滲んで見える。
そのきらめきの奥に、さっきまで一緒にいた“彼女の背中”が重なっていた。
(それに……あのゴブリンたち。最初に狙ったのは、僕の発電機だった)
(まるで、あれが“いちばん邪魔”だって言うみたいに。
風力発電機なんて、誰にも迷惑かけない小さな灯りのはずなのに――)
「……いや、違う」
(もしかして、あれはただの“灯り”じゃなくて“希望”なのかも。
だから、消そうとした…とか?)
その思考に、胸の奥がざわつく。
(初めてあの風車を村に設置したとき、小さな子が「夜でも絵が描けるね」って笑ってくれた。
あの瞬間……“科学って、ちゃんと人の役に立てるんだ”って、心から思えたんだ)
目を細め、そっと焚き火を見つめた。
すると、焚き火がまた、パチン、と音を立てる。
──そして、記憶の奥に埋もれていた過去が、静かに浮かび上がってくる。
(そうだ。僕の名前は――)
前世の名前は――「村井 瑛流」。
焚き火の小さな揺らぎを見つめながら、ライエルは遠い記憶に沈んでいった。
──科学が、好きだった。
答えのないものを、少しずつ解き明かしていくのが、ただただ楽しかった。
理科準備室のホコリっぽい匂い。ジャンク屋で手に入れた部品の手触り。
初めて作った風車が、くるりと回った日の喜び。
その瞬間に流れた風すら、忘れられない。
でも、クラスでは浮いていた。
「理屈ばっかり」「何に役立つの?」――そんな言葉を、何度も浴びた。
実験発表のとき、教師にさえ鼻で笑われたこともあった。
そんな中で、たったひとつ、自分の背中を押してくれた言葉がある。
『魂とは、人の記憶と意志から構成される“情報エネルギー体”――霊子の連なりだ。
情報の連続性を“生”、断絶を“死”と定義するなら――
人はいつか、“生”か“死”かを、自ら選べる時代を迎える』
まだ小学生だった頃、偶然見た特集番組で語っていたのは、かつて“異端の天才”と呼ばれた――
霊子情報工学の提唱者、水無瀬 新博士だった。
当時、その理論は冷笑され、異端扱いされていた。
だが博士は引かなかった。
理解されずとも、信じた道を進み続け、やがて世界を変えた。
――“転生”という仕組みを現実のものとした。
(あのとき、確かに思ったんだ。いつか僕も、“誰かを救える科学”を創りたいって)
でも、それから間もなくして……事故に遭った。
現世のすべてが、白線の先に置き去りになった。
そして目を覚ましたこの世界で、また僕は「力が欲しい」と願っている。
――でも、今度は違う。
“誰かにすがる”んじゃない。
“自分の手で、解き明かす”んだ。
魔法だって、きっと解析できる。
この世界でも、科学は、この世界でも“通用する”。そう信じたい。
(だから、僕はこの手で……もう一度、“科学”を灯す)
ユリシアさんの剣が人を守るように。
レナさんの炎が命を救うように。
セリアさんの祈りが心を癒すように。
僕は、“知恵と技術”で、誰かを支えられる人になりたい。
焚き火がまた、パチンと音を立てた。
ふと夜空を見上げると、三つの月が少しずつ寄り添うように浮かんでいた。
(だいぶ近づいてきたな……)
村長の言葉を思い出す。
――千年に一度、三つの月が重なる“交差の夜”。
それは、ライエルがこの世界に転生した、あの夜の記憶ともどこか重なっていた。
――あれも、満月の夜だった。
いまこの空に浮かぶ三つの月のように、記憶の中の光が重なっていく。
──放課後の廊下をひとり歩く音。
誰かと話すわけでもなく、寄り道する場所もない。
でも、寂しいとも思わなかった。
好きなものに夢中でいられる時間が、何より楽しかったから。
ジャンクパーツをかき集めて組んだ風車。
放課後は、静かな部屋にこもって実験ノートを開くのが、日課だった。
教室じゃ「変なやつ」って言われても、構わなかった。
(……それでも、誰かに認めてもらいたいって、どこかで思ってたのかもしれない。
理屈だけでは心が埋まらない
――それも、化学式にない感情のひとつだってことぐらい、もちろん知ってた)
「……確か、信号を渡る時だったな」
信号は青だった。
白線の上に、いつものように足を乗せて、
ポケットからスマホを取り出して──。
その瞬間、風景が歪んだ。
金属が軋む音。猛スピードで突っ込んでくるトラック。
(え……?)という疑問のまま、思考がフリーズした。
驚愕と恐怖が同時に襲ってきて、身体がすくんで動けなかった。
クラクションの音が耳をつんざき、そのまま目の前が暗転した。
次の瞬間、すべての音が消えた。
車のライトだけがやけに明るくて、世界がスローモーションになったようだった。
「……死んだ、のか?」
薄れゆく意識の中で、なぜか妙に冷静だった自分がいた。
その瞬間、ふと頭の中に浮かんだのが「異世界転生保険」という言葉。
(そういえば……保険に入っていたっけ)
家族と一緒に軽い気持ちで契約した、“もしもの時のため”の保険。
今になって、その「もしも」が訪れるなんて、皮肉なものだ。
――目を開けると、森の匂いが鼻をついた。
湿った土と、木の葉がすれ合う音。
風が、髪をかすめて通り過ぎる。
(……ここは、どこ?)
起き上がろうとしたが、体が重い。手足が動かない。
夢じゃないと、すぐにわかった。痛みも、怖さも、全部現実だった。
無我夢中で立ち上がり、辺りを見回した。
「夢……じゃない?」
思わず声が出た。
(……声? なんだろう、響きがちょっと違う。いや、口の中の感覚?
いや……わからない。でも――自分の体なのに、どこか“借り物”みたいな)
(喉が……なんだか少しだけ高い?声の響き方が、前よりも柔らかい気がする)
(あ、そうだ。SFでも、別の惑星で最初にしていること。
まず、センサー……自分の五感を総動員して、生存に適した環境かどうか調べないと)
深呼吸をしてみる。
すー、はー。
大丈夫、ちゃんと酸素は地球と同じく21%ぐらいはあるみたいだ。酸素濃度はOK。
次に、湿度や温度は…、わからないけど、特別熱くも寒くも無い。OK。
湿度も……うん、まあ……森ならこんなもの。OK。
次に周辺環境だな…。耳をすまして、香りを嗅いでみる。森の香りだな。OK。
耳に届く虫の音も、ちょっと違う。聞いたことはないけど、似てる。OK。
香りは…、うん、森のさわやかだけど湿った草木の臭い。OK。
取り敢えず……センサーとその反応に異常なし、と。
そんな風に自分に言い聞かせないと、頭がついてこなかった。
次は……持ち物、かな。
まず、見下ろした服は、さっきまで着ていた学生服じゃかった。
どこか“異世界の子ども”っぽい麻布で出来た上下……。
縫い目は粗く、肌ざわりもちくちくする。
(うわ……これ、まさか……)
転生保険契約のとき、“服装オプション”を全部スキップしたことを思い出す。
“おすすめ自動装備”って書いてあったけど、これのことかよ……。
だんだん現実味が増してきた。
本で読んだ、水無瀬博士の初期の異世界転生実験を思い出す。
その成功例になった気分になり、だんだん興奮してきた。
その時、かさかさと草むらをかき分ける音が聞こえた。
興奮が一気に冷め、背中が一気に冷たくなる……。
「誰か……いるのか?」
【第8話 聖女の祈りと旅の仲間【後編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ―】
【エピソード⑨「風車よ、“異世界転生”に灯れ【後編】」】
※最後までお読みいただきありがとうございました。
エピソード更新は、週一回、土曜を予定していますので、よろしくお願いします!




