第8話 聖女の祈りと旅の仲間【後編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ― エピソード⑦「“焚き火”の誓い」
――夕食の後
村外れの小高い丘に登り、レナは木の根元に腰を下ろした。
セリアとユリシアには外の空気を吸ってくると言ってある。
たまに一人と一匹で考え事をするのもいいものだ。
ヒノカゲが焚き火の火種を吐き出し、小さな炎が灯る。
「ふう、ようやく一息つけたね」
「まったくだぜ。あのガキ、意外とやるじゃねぇか」
レナが笑いながら手をかざしていると、草むらの奥から足音が聞こえた。
ヒノカゲが唸り、尾の炎がゆらりと揺れる。
レナは尋ねた。
「誰?」
「……あ、ごめんなさい。驚かせるつもりじゃなかったんです」
気まずそうに顔を出したのは、ライエルだった。
(“一人“じゃなくなっちゃったわね。それも……今夜はいいかも)
「ライエル君……。どうしたの?」
少し沈黙が流れ、ライエルが草をつまむように手元をいじりながら口を開いた。
「……さっきの戦い、僕、やっぱり弱かったなって思って……」
うつむいたライエルに、レナは少し黙ってから声をかけた。
「弱い? あれだけ無詠唱で魔法を使えるのに?」
「……魔法を使えるだけじゃ、仲間は守れない」
その言葉に、レナの瞳がわずかに細められる。
「……ちゃんと、仲間のこと、考えてたんだね」
「だって……村の人たちが、いつも僕を守ってくれる。
でも、いざというとき、何もできない自分が――情けなくて」
(セリアちゃんが村長から聞いた話。
ライエル君、本当は村から出たがってるって…)
レナはしばらく考え込み、焚き火を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「……ライエル君。君、本当はどうしたいの?」
ライエルがふと顔を上げ、夜空を見つめる。
「……僕、強くなりたい。もっとみんなを守れるように、力が欲しい」
レナは頷いた。
「じゃあ、聖都に行きなよ。私たちと一緒にね」
「え?」
「この村だけじゃなくて、もっと広い世界を見て。
強さは、力だけじゃない。覚悟とか、願いとか、そういうものを積んでいくことだよ」
「でも、村のみんなが……」
ライエルがためらうと、レナはくすりと笑い、肩をポンと叩いた。
「ライエル君。君がここに居続けても、村はいつか限界が来る。
でも君が成長して帰ってくれば、そのとき、本当の意味で村を守れるようになるかもしれないよ」
「……そう、かな」
「うん。無理にとは言わないよ。明日まで考えてみてね」
――少し沈黙が流れた後、ライエルが不意に口を開いた。
「……レナさん、どうしてそんなに強いんですか?」
「え?」
(……誰かにこんなふうに聞かれるの、久しぶりだ。
いつもは通り過ぎるだけ。強いねって言われて、うんって笑って、それで終わり。
でもライエル君は違う。まっすぐに私を見てくれている気がする)
「だって、あんなに強いのに、自分のことを誇らしげに話さないし……。
なんか、かっこいいっていうか……」
レナは少しだけ照れくさそうに笑いながら言った。
「強いって言っても、わたしはそもそも“便利屋”だから」
「……え? 冒険者だとばかり…」
「うん。確かに冒険者でもある。でも…本業は便利屋。
困っている人がいたら、放っておけないんだ、わたし」
ライエルのレナを見つめる瞳に焚き火が反射した。
するとレナは、少し目を伏せ、ゆっくりと言った。
「でもね、わたしだって、昔は全然そんなふうじゃなかったんだよ」
「え……?」
「正直ね、もう全部終わらせてしまいたいって、そう思ったこともあるよ。
……その先に、何もなかったら……死んじゃったら、希望はそこで終わっちゃう」
「……でも、生きてれば、また誰かと出会える。
出会いって、小さな灯みたいなもので……。
それが少しずつつながって、あったかい場所になるんだと思う」
(……あのとき、あの人――皇さんは言ってくれた。“希望”があるなら、“今”を大切に生きろって)
だから私は、不治の病に侵されても、“生きる”って決めた。
それでも、苦しくて、泣いて、何度もくじけそうになった。
でも――彼。直哉さんと、この異世界でまた会えるかもしれないって思った。
その“希望”が、わたしを繋ぎとめてくれたんだ。
あの日から私は、“希望”を胸に、“生きる”ことを選び続けてる。何度だって。
(でもね――私は、人の“弱さ”も、ちゃんと知ってる。
だからこそ、今日も、迷いながらでも……生きるんだ)
遠くを見ながら話すレナの瞳に、焚き火の炎がきらきらと映る。
それは、かつて誰かに“生”を救われた少女の、静かな決意の光だった。
ライエルは、レナの瞳に吸い込まれたように、じっと見つめていた。
(そんなに“英雄”を見るみたいに見つめないでよ…。かっこつけてる訳じゃないんだから)
「なんか変なやつだけど。やるじゃん」
レナはそう言って、ライエルの髪をくしゃっと撫でた。
少年が驚いたように顔を上げる。
顔を近付けると、その瞳に、一瞬だけ何かきらめくものが映った気がして、レナは少し目を細める。
「……あれ、どうしたの? 顔が真っ赤だよ」
レナが首をかしげると、ライエルは慌てて視線を逸らす。
(ライエル君……熱でもあるのかな?)
額に手を当てて確かめようとした瞬間――
彼の肩がピクリと跳ねた。
「だ、大丈夫です!
これは、その、えっと……交感神経が反応してて……つまり、単なる生理反応であって……!」
「ふふっ、ほんとに平気?」
レナがのぞき込むと、ライエルは焦って顔を背けた。
「全然問題ないです! 健康体です!」
肩で丸まったヒノカゲがぶるっと体を震わせた。
(……おいおい、青春かよ)
(ん? ヒノカゲ? 何か気に障ったことでも……?)
――しばらくの沈黙の後、レナは覚悟を決めた。
(そろそろ、頃合いね)
レナは焚き火の光に照らされながら、少し間を置いて、
静かに問いかけるように口を開いた。
「ふふ、ライエル君、人に何かを聞くなら、自分のことも話さないとだよね……」
「……ねぇ、ライエル君。誰かに“本当のこと”を話したことってある?」
「……え?」
「私はね……ずっと隠してきたの。
セリアちゃんにも、ユリシアさんにも。これまで関わってきた人、みんなに。
でも、君なら――信じてもいいかもしれないって、今夜は、そう思えた」
小さく息を吸って、そっと目を合わせる。
「……私、実は――転生者なんだ」
その瞬間、焚火の薪がパチンと大きく爆ぜ、一瞬大きくなった炎がレナの表情を赤く照らした。
そして、ヒノカゲがくすぶるように小さく息を吐く。
まるで、それを肯定するかのように。
「……!」
レナは、ライエルの目をまっすぐに見つめた。
小さく微笑んで――
「君も、でしょ?」
ライエルの目が一瞬大きくなり……ゆっくりと、うなずいた。
焚き火にゆらゆらと照らされたレナは、ふぅっと息を吐き――
しばらく二人の間に沈黙が流れる。
「秘密だよ。ふたりだけの。絶対にふたりだけだよ」
突然、言葉と共に、レナが小指を差し出す。
ライエルは戸惑いながらも指を絡めた。
「……約束、します」
「よし、これで決まり。絶対守るんだよ」
(転生者ってだけで、態度が変わる人もいる。特に――“神”を信じる者は。
セリアやユリシアは大丈夫だって思いたい。でも……)
(これは、君のためでもあるんだぞ、“少年”)
満足げに立ち上がるレナ。
「もう寝ようか。明日も早いしね」
「……うん」
レナの肩で丸まったヒノカゲは片目だけ開き、尻尾をふるふると振った。
――まるで、「がんばれ、少年」とでも言いたげに。
その温もりが、夜の静けさに、そっと溶けていった。
【第8話 聖女の祈りと旅の仲間【後編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ―】
【エピソード⑧「風車よ、“異世界転生”に灯れ【前編】」】
※いつも『異世界転生売ります!』をお読みいただきありがとうございます!
エピソード更新は、週一回、土曜を予定しています。
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本作は、現実世界と異世界が交錯しながら展開する物語です――
本作の異世界「アルフェリア」を舞台にした、
悪役令嬢 × 異世界転生 × 勘違いラブコメディ作品も連載しております。
『異世界転生売ります!』本編では第四章にあたる時間軸で、セレスティア神聖国の“裏側”を、本編の登場人物も交えて、本編よりもちょっとゆるいコメディタッチで描いています。
▼スピンオフ作品はこちら!
『悪役令嬢の中で目覚めた転生社畜、二度目の人生くらいは笑って穏やかに生きたいので、破滅フラグはひとつずつ順次対応させて頂きます』
https://ncode.syosetu.com/n0403kk/
本編とは違った視点で、笑えて癒される異世界ライフを楽しんでいただけると嬉しいです!
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