第8話 聖女の祈りと旅の仲間【後編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ― エピソード⑤「“戦巫女”と祈りの“雷鳴”」
その時だった。
風の向こうから、誰かの足音が聞こえる。
霞んだ視界に、ふらり、と、炎と煙の間から誰かが飛び出してくる――
「……大丈夫ですか、レナさん……!」
肩に誰かの手が置かれるのを感じた。
大きな手じゃない、でも不思議とあったかくて、安心するような――!?
「……!」
レナはまばたきをすると、目を上げた。
息を切らし、手にはひしゃげた導線…針金のようなものを持って――
ライエルが、そこに立っていた。
(なんで……ここに、そんなものを持って!)
「……ライエルくん!?
なにやってんの? みんなを、村の人を連れて…逃げて――!」
「いいえ。……ぼくも、戦います」
少年は、真っ直ぐにレナを見すえる。
その目は、地面でくすぶる炎のゆらぎを映して揺れながらも――
確かに、何かを決意した光を宿していた。
「……レナさん、下がっていてください」
「ライエルくん、やめて!あんたじゃ――!」
「大丈夫です。任せてください」
その声には、不思議な“確信”があった。
次の瞬間、ライエルは半身になり、右手のひしゃげた針金を
――まるで古の魔導士が古代の杖を構えるように、おごそかに――
まっすぐ突進するオーガーに掲げた。
詠唱は、なかった。
「無詠唱……ライトニング・ボルト!」
(ライエルくん……無詠唱で魔法を!)
レナが息をのむ。
針金の先端が一瞬まばゆく光り、エネルギーが集約されていく。
そして放たれたのは、空を切り裂くような鋭い雷光。
音すら遅れてくるほどの速度で、まるで雷が地面に落ちるようにオーガーに突き刺さる。
――バリバリバリッ!
凄まじい閃光と爆音が広場を包んだ。
一瞬、世界のすべてが白光に染まる。
オーガーの巨体が、ぐらりとよろめく。
「効いてる……!」
レナが、ヒノカゲが目を見開いた。
間違いない。今の雷は、炎では貫けなかった“耐性”を打ち破った。
だが――
「まだ……倒れない……!」
煙の中から、オーガーが姿を現した。
その巨体は焦げ、黒く煤けている。
しかし――まだ、動く。
その時、ライエルはもうろうとしながら、
心臓の音ってこんな大きかったっけ、などと考えていた。
――一瞬、気が遠くなる…。
(ダメだ、ダメだ!)
僕がしっかりしなくちゃ。頭を振る。
(よし。やっぱり、思った通りあのオーガーは金属を全身に纏ってる。
避雷針の原理は上手く行った……しかも、雷撃は効いてる……もう一発!)
ライエルは、再び導線を持つ手を掲げようとするが、体がふらついて目標が定まらない。
息が苦しいし、両足が小刻みに震える。
オーガーが、雷の主を視認した。
ライエルはその目が、ゆっくりと自分に向けられるのを見た。
(怖い…やっぱり怖いよ。ごめん、レナさん…)
巨大な腕が、死をまといながらその鉄塊のような拳を振りかざす。
――その時、スローモーションのようにレナが目の前に飛び込んでくるのが見えた。
(だめだ…ぼくなんかのために!)
最後の力を振り絞り、導線を持ち上げる。
まさにそのとき。
「ホーリーシールド!」
突如、純白に輝く光の盾がライエルとレナの前に出現し、鈍い音を立ててオーガーの拳をはじく。
振りぬこうとしていたオーガーは、虚を突かれ態勢を崩した。
「レナさん、援護します!」
その機を逃さず、凛とした声と共に、ユリシアが一気に駆け込む。
下段から斜めに切り上げたその剣が、オーガーの脇腹を斬り裂いた――。
「ゴイイーーン」
鐘を突いたような音がする。
「硬い!」
ユリシアが思わず叫ぶ。
それは祈りで強化された上に、確かな一撃だった。
しかし、金属で覆われたオーガーに深手は負わせられない。
「遅れてすみません!」
「ユリシアさん! セリアさん……!」
レナの声に、ふたりがうなずく。
その両手には、再び神聖なる光が宿りはじめている。
「ライエルくん……あなたの魔法、もう一度だけ貸してください!」
「え……?」
「一緒にやろう。わたしの光と、あなたの雷で――!」
セリアの手が、ライエルの手に重なる。
その瞬間、少年の瞳に迷いが消えた。
光が混ざる。雷が呼応する。
「“神の加護”――あなたに託します!」
彼女の背から、眩い光の翼がふわりと揺らめいた。
その瞬間、ライエルの全身を包んでいた疲労が、ふっと軽くなる。
(これは……神聖魔法?いや違う…魔力の、いや僕の魂がふるえて…共鳴している!?)
「いける……!」
ライエルは、今度は両手の導線を掲げ、すっとオーガーに向けた。
今度は、迷いも、震えもない。
「――詠唱省略! ライトニング・ボルト!!」
――バリッバリバリバリッ!
凄まじい音量で雷鳴が轟き、二筋の閃光が夜を裂く。
その瞬間、オーガーの全身が光を放ち、世界を真昼のように照らした――
ゆっくりと光がおさまると、黒煙を上げながら立ち尽くすオーガーの胸部に、2つの焼け焦げた穴が現れた。
そして、一気に駆け込んだユリシアの切っ先が、白い炎を残像に一閃。
「これで――終わりです!」
ゴトンッ。
胴体から切り離され、オーガーの首が地面に転がる。
ブスブスと立ち上る煙と共に、首を失った巨体が膝をつき、ゆっくりと――
轟音を立て崩れ落ちた。
――最後の瞬間、地面に転がった首の口元が、かすかに動いた。
「……ジュツリ……滅ボスベシ……」
そう呟き、首は動かなくなった。
静寂が、広場を包んだ。
燃え尽きたすすと、まだ微かに残る魔物の臭いと、焦げた空気。
屋根の上には、壊されてひしゃげた“風力発電機”。
その上に、一羽の黒いカラスが止まっていた。
静かに、動かず、ただ戦場の痕を見つめていた。
どこか、悲しげにも、静かに誇らしげにも見えるその姿に、気づく者はいない。
……ただ一匹を除いて。
レナの肩に戻っていたヒノカゲが、ふとその影に目を向ける。
「……また、来たか」
「今はただ見てるだけか。でも、あいつが現れたってことは――」
「この時代も、転換期に入ったってこと、だな」
誰に聞かせるでもなく、ただ風に消えるように、ヒノカゲは小さくつぶやいた。
カラスは一度だけ空を見上げると、
小さな金属製の首輪が、月光にきらりと光る。
そして翼を広げ、夜の空へ音もなく溶けて消えて行った。
その尾を追うように、月明かりが再び広場を照らす。
かすかに、戦いの“意味”だけを残して――
【第8話 聖女の祈りと旅の仲間【後編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ―】
【エピソード⑥「“術理”と小さな灯火」】
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