第1話 プロローグ ― Reincarnation Business ― エピソード③「“未来への手紙”」
ここまでが、俺が初めて獲得した“異世界転生保険”契約の話だ。
“本契約“の部分は飛ばして話をしたが…、
実は、本契約の内容には営業は介在しない。
なぜなら、個人情報保護の観点から、契約者本人以外は、契約の詳細を知ることは出来ない”決まり”になっているからだ。
だから俺たち営業は、保険契約の概要だけで売り込むしかない。
これが、“異世界転生保険”営業の難しいところでもある。
では、まず、“本契約”はどのように行われるのか?
について説明しておこう。
それは、俺たちELICの営業が全員持っている専用デバイス、
――ソウルリンクシェル(通称”シェル”)
の機能でもある、フルダイブ技術を使って契約を進めることになる。
”シェル”は、異世界転生システムの中枢、ELIC本社地下にある量子コンピュータ、
――ソウルリンクカーネル(通称”カーネル”)
と通信することが出来る。
エターナルライフ保険株式会社が持つ”転生技術”の粋を集めて作られた、”異世界転生システム”のエッジを担う、最新鋭のモバイルデバイスだ。
モバイルデバイスだから、営業に行ったその場で本契約に進むことも可能だ。
今回の契約はこのケース。
このデバイスには、個人個人にカスタムしたものも存在し、単なるエッジデバイスとしての使用方法以外にも、多くの使い道があるのだが…。
それはおいおい話すことにしよう。
次に、実際の本契約の流れについても、簡単に説明しておく。
クライアントは、こうして実現されたフルダイブ環境で、”カーネル”に搭載されたAIと対話し、AIから提案を受ける。
そして、提案されたオプションを、限りなく実体験に近い体験をしながら選べる仕組みになっている。
俺も実際に見たことは無いのだが、転生プランの提案は、クライアントの”魂の特性”に応じて行われる。
例えば、いわゆる”スキル”の選択も可能だ。
だが、”勇者”、”剣聖”、”賢者”といった”チート級”スキルが選択肢に現れる人は、そうそういないらしい。
いずれにしても、転生後のスキル、性別、年齢、外見、ステータスなどを、ここで選択・調整するわけだが、本人の”魂の特性”から大きく外れると、転生に”記憶の消失”などのリスクを伴うようだ。
そして、提案の中から転生プランの選択・調整が完了し、本契約の意思確認を行うと、”シェル”を通して契約の刻印がクライアントに刻まれ、契約成立、となる。
なお、転生保険の”効力”、すなわち”転生”が起動するタイミングは、通常の生命保険とほぼ同じだ。
すなわち、お客様が亡くなった時、である。
ちなみに、当社”エターナルライフ保険株式会社”は、生命保険商品も扱っているし、実際のところ主力はこちらだ。
一方、俺たちセールスタスクフォース部は”転生保険”専門の”精鋭部隊”
――ということになっているので、生命保険を扱うことは基本的にはない。
概要は以上だ。
さらに詳しい話はまたの機会にして、玲奈さんの後日譚を、少し話しておこう。
――数か月後。
皇は、セールスタスクフォース(STF)部、
オペレーションルーム(執務室)のデスクに向かっていた。
だいぶ仕事にも慣れ、多くのクライアントと出会い、そして別れも経験してきた。
そんなある日のことだった。
『皇さーん、お手紙が届いてますよ♪』
フリーアドレスのデスクに囲まれた場所に、アスティのホログラムが現れる。
その澄んだ青い瞳がキラキラしながら、俺を見つめ、古風な封筒を両手で差し出す。
『皇さん、はーい、プレゼント♪なんちゃって』
(……)
『古風な封筒に、とてもきれいな筆跡。すっごくステキなお手紙ですね。』
閉口する俺に、何のその。アスティは畳みかける。
『もちろん、皇さんも。今日のスーツもステキです。ネクタイ緩んでますけど♪』
ペロリと舌まで出す始末。
思わず口が塞がりつつ、手がネクタイに伸びる。緩んでない…。
(AIにまでからかわれるとは…ね。やれやれだ。)
からかい担当はSTF部同期の“神楽ひなた”だけで十分だ。
それにしてもアスティのやつ、氷室の前ではいい子なくせに、なんで俺にばかり。
「そう…、だな。ありがとう。」
華麗、ではないかもしれないが、何とかやり過ごした俺は、アスティの手からホログラムの封筒を受け取った。
するとデスクの上に、その封筒のホログラムが現れる。
封を開け、小さく息を吐いてから便箋を開く。
「娘は余命1か月と宣告されてから、さらに3か月も生き抜きました。
契約後、娘は“来世でも幸せになれる”と信じて、最後の時間を大切に過ごしました。
こちらに、娘が生前したためた手紙を同封します。
読んで頂けたら幸いです。」
(玲奈さん、本当に亡くなったんだな…)
契約後も何度か伺ったが、その度に見せてくれた、彼女の”希望”に満ちた笑顔を思い出す。
”転生”したら何をしたいか、少しだけ教えてくれたっけ。
「異世界で”冒険者”になって、彼のいる世界を旅するんです」
笑顔で話す彼女の姿が浮かぶ。
既に社内通達で、彼女の”転生の成功”を知っていたとはいえ、改めて実感すると、胸の奥が少し重くなるのを感じた。
俺は、静かに便箋をめくる。
「皇さん、氷室さん。
伝えきれなかった大切なこと。お伝えさせてください。
本当は、転生のこと、信じてなかったんです。
彼が異世界で生きてるかもしれない、そして、また会えるかもしれないなんて。
そんな都合がいいこと、夢みたいなこと、あるはずがないし、あってはいけないと。
でも、お二人が真剣に向き合ってくださる姿を見て、やっぱり、信じていいんだって思えたんです。
そうしたら、すっと心が軽くなって。
私は、たとえ彼に会えなかったとしても、同じ世界で生きることができるだけで、幸せです。
なぜなら、彼と同じ風を感じて、彼と同じ空を見上げることができるから。
それだけで、十分。
お二人に会えてよかった。
人生の最後に、家族と過ごすおだやかな時間。
そして、未来への”希望”。
私にくれたのは、お二人です。
本当に、本当にありがとうございました。
私たちが選んだこの道が、どうか光に満ちていますように。
玲奈」
しばし目を閉じる――。
異世界の地に立ち、風に吹かれる彼女の姿が目に浮かぶ。
(俺自身、まだこの目で直接、”異世界”を見たたことは無いんだがな…)
少し苦笑いが浮かぶ。
(おや…?)
封筒に入っていたのは便箋だけではなかった。
(これは…、写真、だな。)
そっと触れると、写真のホログラムが拡大される。
木漏れ日の中で肩を寄せ合い、はにかんだように笑う恋人たちが、俺を見つめている。
幸せだった頃の玲奈と直哉…。
(そうだな…、こんな未来が、また二人に訪れますように…。)
封筒の裏側には、玲奈の母親と父親の名前が丁寧に綴られていた。
俺はしばらく封筒と便箋を見つめたままの姿勢で、静かに呼吸を続けた。
(――俺は、魂の行先を決める、つまり魂を売る仕事をしているのか?)
(それとも…、”希望”や”幸せ”を届ける仕事をしているのか?)
契約を取ること…、それが、本来の自分の仕事であることは理解している。
しかし、この手紙を読んでいると、ただの“営業”では片付けられない気がした。
この仕事が何なのか、まだ答えは出ない。
ただ、俺たちが玲奈さんの最後の時間を、その重みを変えたことは確かだ…。
――『皇さん?』
アスティは読み終えるのを待っていてくれたようだ。
「待たせてすまない」
『どういたしまして』
アスティはにっこりと微笑む。
『…氷室さんにもお見せしますか?』
さすがのアスティも少しだけ反省したのか、言葉遣いが丁寧だ。
「ああ、頼む。」
ホログラムの少女は、大きな目をウィンクして封筒を受け取り、ふっと消えた。
(反省している…?取り消そう)
(私たちが選んだ道…、か。)
俺もかつて、“選択”を迫られたことがあったな。
ふと、過去の記憶が蘇る。
かつての自分、前の会社での日々、そして……変人ばかりの、このセールスタスクフォース部のみんなとの出会い。
皇は、椅子にもたれながら目を閉じた。
そして、回想が始まる——。
「私たちが選んだ道が、どうか光に満ちていますように。」
その言葉は、どこか、俺自身に向けられているように感じた。
かつての俺の“選択”の結果、どんな未来が待っているのだろうか――。
次回。
【第2話 プロローグ―Eternal Life Insurance Company―】
【エピソード①「“追放”」】




