第8話 聖女の祈りと旅の仲間【後編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ― エピソード②「守りの祈りが“灯る”夜」
祭りの喧騒の中、村の集会所では簡素な夕食が振る舞われた。
「ようこそいらっしゃいました。旅人さん。祭りを楽しんで行ってください」
セリアたちは長旅の疲れを癒すように、温かいスープをすすっている。
レナがヒノカゲに小さな肉を分け与えると、「うめぇ!」と尻尾を振りながら頬張った。
ライエルはまだ満足していないのか、“発電機”の調整を続けており、村長が苦笑しながら声をかけた。
「ライエル、もういい加減休みなさい。今日は旅人さんも来てるんだから」
「はい。でも、あと少しで完璧なんです!」
少年らしい無邪気さに、セリアが優しく微笑む。
「頑張り屋さんですね」
ライエルが少し照れくさそうに顔を赤らめる。
ユリシアは食事を終えると、周囲の様子を警戒しながら話し出した。
「レナさん、あの“発電機”ですが……」
「うん、あの子、ただの見習い魔術師じゃないね」
レナが低い声で確信を伝えると、ユリシアも眉をひそめる。
「ですが、危害を加える様子もありません」
「そうね。何かあるかもしれないけど、今は静観しましょう」
レナが慎重な表情を見せた時、ヒノカゲが眠そうに顔を上げてくんくんと鼻を鳴らす。
「なんか来たぞ。魔物、ゴブリン臭いな…」
その瞬間、祭りの喧騒を破り、村の外から走り込む足音と、鋭い悲鳴が響き渡った。
「ぎゃあああっ! 助けてくれぇ!」
叫び声を聞いた村人たちが次々と建物へ駈け込んでいく。
ユリシアは即座に立ち上がり、レナとセリアに目配せしながら、腰の剣を抜きはらった。
「りょーかい!」
「セリア様、ここでお待ちを!」
「はい!」
ユリシアとレナが広場に飛び出すと、既に村の中央付近までゴブリンが入り込んでいた。
なぜか、村に灯された“電球”の明かりが次々と消えて行く。
村の屋根にも数匹上っており、なぜか“発電機”を鈍器で殴っているのが見えた。
また一つ、明かりが消える。
それを見てレナがつぶやく。
「どうやら、やつらライエル君の“発明”を狙ってるようね」
「人を襲わずに…どういうことだ?」
ユリシアがつぶやくと、レナが小さく叫ぶ。
「あっち!」
村人たちが次々と家の中へ逃げ込む中、一人の男が襲われていた。
「ゴブリンごとき……!」
ユリシアがすかさず駆け寄り、剣を横薙ぎに振ってゴブリンたちを薙ぎ払う。
緑色の血が飛び散り、数匹のゴブリンが吹き飛んだ。
助けられたことに気づいた男が尻もちをついたまま言う。
「ありがとう……助かった……!」
だが、その背後から別のゴブリンたちが襲いかかった。
「へい、お待ち!」
そう言うとレナは、両手の御鈴杖を頭上に掲げ震わせた。
その瞬間、鈴の澄んだ音色と共に、狐火のような形の赤い光がゴブリンたちを包み込んで燃え上がった。
残った一匹をユリシアが振り向きざまに薙ぎ払い、緑の血をまき散らしながら吹っ飛ぶ。
「人も襲うみたいね」
「うむ、そうだな…。レナ、あの集団を頼む。わたしはそちらを」
「了解!」
二人は地面を蹴り、飛ぶようにそれぞれのゴブリンの集団へ向かった。
その時、セリアは集会所のカーテンを少し開け、二人の様子を覗いていた。
(こんな時に、なんにも出来ないなんて…)
胸の奥が重くなり、山賊に襲われたときのことを思い出す。
(あの時も、ユリシア姉様とレナさんがいなかったら、わたし……)
何かに呼ばれたような気がして――
目が広場の中央に吸い込まれた。
壊された明かりは次々と消えてしまい、よく見えないが――
動く影がある!
耳をすますと、恐怖のあまり声にならない泣き声が聞こえた…。
「おかあ…さーん……たす…け……」
その声が聞こえた瞬間、セリアは扉をあけ放ち、駆け出した。
子どもに駆け寄り、ひざをついて抱きかかえる。
「……おねえさん!?」
泣きじゃくる少女の頬に、自分のマントをそっとあてがう。
(さっきの女の子だ…!)
「もう大丈夫、建物へ一緒に……」
子どもをかかえたまま立ち上がり、集会所に振り向いた瞬間――
こちらへ向けて走るゴブリンの一団が目に入った。
(逃げ切れない!!わたしはまた……)
そう思った瞬間、あの時、心を照らしてくれた――
ヒノカゲが灯してくれた小さな灯火を思い出す。
(そうだ、わたしはもう逃げない!)
頭の中に神聖語の綴りが浮かび、あたたかさで心が満たされる。
鈍器をかかげ、獲物を狙うゴブリンを真正面から見つめながら、
セリアの口から詠唱が自然と流れ、その体が僅かに光を帯びた。
空気の流れが一瞬止まり、詠唱だけが空間に流れ出す。
「Domine, scutum sanctum luce tua, protege servum tuum…
(主よ、あなたの聖なる盾で、あなたのしもべをお守りください…)」
「ホーリーシールド!」
静寂の中、セリアが両手で結んだ印から、まばゆい光が、音もなく爆ぜた。
「あなたの慈しみが、この子の涙を包みますように」
それはまるで、雲間から差す聖なる光柱のように――
少女の背を守るように、半透明の“聖盾”が姿を現した。
ゴブリンの鈍器は光の盾に弾かれ、ぎぃ、と鈍い音を響かせる。
得物を握るその手が、微かに震え、不思議そうに得物を見つめた。
「セリア様!」
かけつけたユリシアが、ゴブリンの一団とセリアの間に駆け込み、すぐに剣を振り抜いてさきほどのゴブリンを切り伏せる。
そして、剣を構えたまま振り向くと、セリアに問いただした。
「どうしてここに!」
(大丈夫、今のわたしは――守るために、立ち向かえる――)
「わたしも……戦います!」
肩で息をしながら宣言するセリアの決意に満ちた目を見て、ユリシアはうなずいた。
「わかりました。無理は絶対にしないでください」
「うん。もう姉様に心配かけないから!」
その頃、レナは別のゴブリンの一団と対峙していた。
少し目線を動かし、セリアの手から光が放たれ、ユリシアが敵を撃退するのを見やり、一言つぶやく。
「あっちはもう、大丈夫そうね」
後方へ少し跳躍し、ゴブリン達から距離を取ると、ヒノカゲに指示を出す。
「ヒノカゲ、右から援護して!」
「了解だぜ!」
ヒノカゲが炎の弾丸を連射し、ゴブリンの群れを牽制する。
ひるんだゴブリン達は密集隊形を解き、少しまばらになった。
「今ね。ヒノカゲ、頼んだわよ!」
「任せろ!」
レナは高く跳躍すると、同時に飛んだヒノカゲが、二つの炎になってレナの両手に吸い込まれる。
そのままレナは、ゴブリン達の真ん中へ鮮やかに降り立った。
そして、翻ったマントが下がり切る前に、両手に握った二つの御鈴杖を振りながら、流れるように一回転する。
風の音さえも、止まったかのような一瞬――
遠心力でレナの燃えるような赤い髪と、その炎の刺繍が施された衣装が美しく広がり、まるでスローモーションのようだった。
「焔舞――炎輪烈華!」
鈴の音が響き渡り、空中に炎の花弁が舞い散り、レナの周囲に円が描かれる。
そのまま舞い踊りながら華麗な回転蹴りが放たれ、同時に火焔が螺旋状に放たれた。
爆ぜるような熱風が周囲に広がり、夜の静寂を一瞬で塗りつぶす。
ゴブリン達は悲鳴も出せないまま円形に吹っ飛ばされ、プスプスと音を立てて動かなくなる。
燃え残った炎の欠片が、ひらりと夜空へと舞い上がる。
祭りの名残のように。
「ふぅーっ。……巫女の炎のお味はいかがかしら?」
肩にとまったヒノカゲが、尻尾を揺らしながら応える。
「ふん、焦げるくらいがちょうどいいがな」
レナが口元に笑みを浮かべ、視線を前へ戻す。
「そうね。香ばしくて――クセになりそう」
花弁のように黒く広がった焼け跡の真ん中に佇むレナは、汗もかいていない。
セリアたちの方を見やると、二人の周りにも、もう動く影はなかった。
「もう終わり……かな?」
レナがつぶやいた、その瞬間。
肩に止まったヒノカゲの毛が、ぞわりと逆立つ。
「――まだ、だね」
「やれやれ、まーだ焚き火になりたい連中がいるのかな?」
冗談めかしながらも、レナの口元が引き締まる。
次の瞬間、ヒノカゲの尾が鋭く立ち、耳がぴんと張った。
「……いや、待て。姉さん……この気配……」
その声には、先ほどまでの軽さはない。
「獣じゃない。これは……意志を持った“狩人”のような――」
「…………っ!」
次回。
【第8話 聖女の祈りと旅の仲間【後編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ―】
【エピソード③「“誓い“の剣、“祈り“の盾」】
※いつも『異世界転生売ります!』をお読みいただきありがとうございます!
ブクマ&フォローしてお待ち頂けますと励みになります。




