第8話 聖女の祈りと旅の仲間【後編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ― エピソード①「村に灯る“灯火”」
朝日が差し込み、宿の部屋が薄い金色に染まっていた。
セリアがゆっくりと目を開けると、隣で眠っているユリシアの静かな寝息が耳に届く。
レナはすでに目を覚ましていて、窓辺から外の景色を眺めていた。
「おはようございます、レナさん」
セリアが小声で声をかけると、レナが振り返って微笑む。
「おはよう。もう少し寝ててもよかったのに」
「いえ、なんだか目が覚めてしまって……」
セリアが少し恥ずかしそうに笑うと、ユリシアもゆっくりと身を起こした。
「セリア様、おはようございます」
三人は身支度を整え、簡単な朝食を済ませると、宿を後にした。
街道沿いの道を歩きながら、セリアがぽつりとつぶやく。
「今日も、いい天気ですね」
「うん、絶好の旅日和だね」
レナが元気に答えると、ユリシアがレナが調達した地図を広げて確認する。
「次の街までは半日ほどかかりますが、途中に一つ、村があるようです。
そこで休憩を取るのが良いでしょう」
「村……どんなところなんでしょうね」
セリアが目を輝かせて言うと、レナが肩をすくめた。
「田舎の村だから、あんまり期待しない方がいいわよ」
昼過ぎ、道を進んでいくと、緩やかな坂の先に――
木造の家々が立ち並ぶ、小さな村が姿を現した。
遠くからでも、それぞれの屋根に掲げられた風車が、ゆっくりと回っているのが見える。
小麦を挽いているのだろうか。
「ここが……村ですね」
セリアが感心したように声を上げ、ユリシアも周囲を警戒しつつ歩を進める。
衛兵のいない簡素な門をくぐると、畑で作業する村人たちの姿が目に入った。
素朴で、どこか温かな空気が漂っている。
「いらっしゃい、旅のお嬢さんたち」
畑仕事をしていた初老の男性が、優しげな笑みで声をかけてきた。
「お邪魔します。少し休ませてもらえますか?」
ユリシアが礼儀正しく頭を下げると、男性は快く頷いた。
「もちろんさ。今日は祭りの準備をしていてね。村も少し賑やかだけど――宿なら空いてるよ」
三人は案内され、村の中央にある小さな集会所へと向かう。
夕刻が近づき、村全体が活気づいていく中――
セリアがふと、家々の窓に灯る光に目を留めた。
「……あれは?」
窓から漏れる光は、まるで現代の電灯のように、安定した白い輝きを放っていた。
「ランタンじゃない……魔法の光……?」
ユリシアも目を細め、不思議そうに眺める。
そのとき、レナがわずかに眉をひそめた。
「これ……電球じゃない?」
「電球?」
セリアとユリシアが同時に首をかしげる。
レナは苦笑して、軽く肩をすくめた。
「いや、気にしないで。ちょっとした冗談よ」
その瞬間――
ヒノカゲが鼻をひくひくさせながら、低く唸った。
「なあ、なんか変な匂いがするぜ。魔力と……機械の臭い?」
「……やっぱりね」
レナが小さくつぶやいた。
集会所の中では、数人の村人が出入りしながら忙しそうに準備を進めていた。
その隅に、ぽつんと座っている少年の姿がある。
痩せた体つきながら、瞳には静かな強さが宿っている。
手元では、何か細かな作業に集中していた。
少年の手には、小型の風車と歯車が組み合わされた金属製の装置。
巻き上げ式のバネで動き、風の力で発電するような仕組みに見える。
彼は部品を調整しながら、ぶつぶつと何かをつぶやいていた。
「何をしているのかしら……」
セリアが興味を引かれて近づこうとすると、ユリシアが軽く制止しようとした――そのとき。
少年がふと顔を上げ、こちらに気づいて微笑んだ。
「あ……こんにちは」
その素朴な笑顔に、セリアも自然と笑顔を返す。
「わたしはセリア。見習いの聖職者なの」
「君は?」
「僕はライエル。見習い魔術師です」
「わたしたち、一緒ね」
セリアの笑顔に、少年の顔もぱっと明るくなった。
レナがライエルの手元の装置に目をやり、興味深そうに訊ねる。
「それ、何を作ってるの?」
「これですか? 風車に取り付ける発電機です」
「発電機?」
ユリシアが眉をひそめる。
ライエルが“発電機”と耳慣れぬ言葉を口にした瞬間、
レナの目がわずかに細まった。
セリアが首をかしげる傍らで、レナは誰にも聞こえないほどの声で、ぽつりとつぶやいた。
「やっぱり……来たのね。この世界じゃないとこから…」
セリアはレナの言葉を聞き取ることはできなかったが、
その表情に、ただならぬ重さを感じ取った。
それはまるで――どこか寂し気で、遠くの記憶に手を伸ばすような、静かな確信だった。
しかし、初めて見る“発電機”に好奇心を隠すことは出来ない。
セリアは目を輝かせて、ライエルの手元を覗き込む。
「すごいですね! 私、初めて見ました」
ライエルは少し照れたように微笑む。
「風の力を使って、光を生み出せるんです」
「風の力……魔法ではないんですか?」
「ええ、違います。ちょっと工夫してみたんです」
レナがにやりと笑い、軽く肩をすくめながら自己紹介する。
「面白い子ね。私はレナ。こちらは騎士のユリシアよ」
その言葉を聞いたライエルは、レナの肩に乗っているヒノカゲに目を留める。
ヒノカゲは片目だけ開けて少年を一瞥し、また丸くなって眠ってしまった。
「あ、この子はヒノカゲ。私の契約精霊よ」
「精霊!……初めて見ました」
ライエルは少し興奮気味に身を乗り出すが、ヒノカゲはつれない態度のままだ。
「……すごい。これが、精霊……」
ライエルは目を輝かせながらも、どこか呆然とした表情でヒノカゲを見つめていた。
現実感のなさと、言葉にならない感動が入り混じっているようだった。
「ねえ、ライエル君。あとで少し話さない?」
「え? ……いいんですか?」
ユリシアは慎重な目つきで様子を窺いながらも、
「……話を聞いておくべきかもしれませんね」
と、小さく頷いた。
日が傾き始めた頃、村の広場では小さな祭りの支度が進んでいた。
家々には“電灯”の光が灯され、簡素な布の飾りが風に揺れている。
道端には木の台が並べられ、地元の野菜や焼きたてのパン、素朴な郷土料理が次々と運ばれていく。
村人たちの表情はどこか晴れやかで、普段よりも口数が多い。
子どもたちは走り回り、大人たちは手を休めて酒を交わしながら、笑い声をあげていた。
「……なんだか、懐かしい雰囲気ですね」
セリアが微笑みながら呟くと、レナも楽しげに頷いた。
「田舎の祭りって、こんな感じだったのよね、昔は」
レナに目を向けると、その瞳は遠い場所を映しているように見えた。
「私も……小さい頃、辺境で少しだけ……」
セリアもぽつりと懐かしむように言ったそのとき、マントを引っ張る感触がした。
走り回っていた子供の一人が、セリアのマントをつまんで話しかけてくる。
「ねえねえ、お姉ちゃんたちは旅人さんなの?」
セリアはその女の子の好奇心でキラキラした大きな目に、引き込まれた。
「そうだよ。辺境伯領から来たんだよ」
「わー、遠くから来たんだね。村のお祭り、楽しい?」
「うん!すっごく」
セリアはにっこりとうなずいた。
女の子は満面の笑顔で「じゃあね、ばいばい」と言うと、母親らしき女性に手を引かれて広場の方へ、手を振り振り去って行った。
そのやり取りを見ていたユリシアとレナは少し顔を見合わせて、顔をほころばせた。
その時、広場の一角がざわめいた。
「ライエル、点けてくれ!」
「おう、いくよー!」
そう言って、少年――ライエルが、小さな風車型の装置に手をかける。
巻かれたバネを回すと、歯車が軽やかに回転し、“発電機”につながる線が光を帯び始めた。
やがて、広場の屋台を照らす支柱の上に取り付けられた“電球”が、ふわりと温かな白い光を放つ。
「うおお……!これが“風の灯り”か!」
「魔法じゃないってのがすごいよなぁ!」
「ありがてぇ、夜でもはっきり見えるぜ!肉がちゃんと焼ける!」
村人たちの歓声が広がる。
セリアは思わず目を見張った。
まるで昼間に木々から零れ落ちる木漏れ日のようなやわらかな光――
それが、小さな風の力と、ライエルの”発電機”だけで生まれているのだから。
「……本当に、すごいです」
思わずこぼれたセリアの声に、ライエルが鼻に指をあてて、少し照れたように振り返った。
「えへへ……うまくいってよかった」
レナは腕を組み、小さくつぶやく。
「わたしたちの“技術”って、案外こういう場所で一番役立つのかもね」
その言葉に、誰かが応えるように――
広場の“灯火”が、やさしく、ふわりと揺れた。
次回。
【第8話 聖女の祈りと旅の仲間【後編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ―】
【エピソード②「守りの祈りが“灯る”夜」】
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