第7話 聖女の祈りと旅の仲間【前編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ― エピソード⑥「かすかな“灯火”と届かぬ“祈り”」
「伏せて!」
ユリシアが鋭く叫び、馬を巡らせ、馬車の中に身を沈めたセリアをかばう。
ガウェインが剣を抜き、叫んだ。
「山賊だ! 各自、密集して馬車を囲め!」
木々の間から次々と姿を現す男たち――
粗末な革鎧をまとい、手には斧や山刀を持っている。
その数、ざっと数十人。護衛騎士たちの実に五倍はいた。
「クッ……伏兵か!なぜ、これだけの規模の山賊が白昼堂々と……」
ガウェインが顔をしかめ、剣を構えた。
先頭の山賊が笑い声を上げながら叫ぶ。
「おいおい、高そうな馬車だな!これは大当たりだぜ!」
ガウェインが鋭い声で応じた。
「愚か者どもが……この馬車には、高貴なお方が乗っておられるのだ!」
「へぇ、それはそれで高値で売れるかもしれねぇな!」
山賊たちは笑い、四方からじりじりと距離を詰めてくる。
木立の奥から、一際濁った声が風を裂いた。
「チッ……マジで来やがったか。あの気味悪ィガキどもの言う通りじゃねぇか……」
姿を現したのは、毛皮のマントを羽織った大柄な男。
片目に古傷、戦斧を片手に、踏みしめるように前へと出てくる。
「“お宝が乗ってる馬車が通るから、囲んで脅せ”だとよ……」
吐き捨てるように言って、唾を地に吐く。
「“お金になるからお宝は殺しちゃだめだよ”だとさ……あのガキども、どこの誰だよ。
気味悪ぃったらねぇ」
「あの笑い方……今でも耳にこびりついてやがる……」
一瞬、山賊たちの間にえもいわれぬ空気が走る。
親玉は斧の柄で地面をドンと突き、続けた。
「それにしても、女がもう一人いるって話だったが……いねぇな。ま、いっか」
にたりと口角を吊り上げ、血走った目で馬車を見据える。
山賊の一人が山刀を一舐めして言った。
「お頭~、野郎は皆殺し、女は生け捕りってことで」
「おうよ!」
「そりゃー楽しみじゃねーか」
山賊どもは下卑た笑い声を上げ、お頭と言われた男が号令をかける。
「まとめていただくとしようじゃねぇか!」
「やむを得ん……全員、戦闘準備!」
ガウェインが叫ぶと、騎士たちが一斉に剣を抜き、数で劣るながらも防御陣形を整える。
激しい剣戟が響き渡り、山賊たちが次々と襲いかかってきた。
ユリシアが馬車を守るため、数人の山賊を相手に剣を振るう。
その華麗で正確な剣さばきが、次々と山賊を倒していく。
しかし、次第に雲霞のごとく押し寄せる敵の数に圧倒されてしまう。
じりじりと後退し、馬の尻が馬車にぶつかる音がした。
その瞬間、ガウェインが、一瞬の隙をついてユリシアに叫んだ。
「ユリシア様! セリア様を連れてお逃げください!」
「何を言っておられるのか!この数では、共に戦わねば――」
「俺たちがここで食い止める! お二人は早く聖都へ!」
ガウェインは、目の前の山賊を斬り伏せながら、鋭く命じた。
「ユリシア様、お任せします! 生きて、セリア様を守り抜いてください!」
その言葉に、ユリシアの瞳が揺れた。
「……わかりました。必ず……必ず、セリア様を守り抜きます。」
ガウェインが力強く頷き、残りの騎士たちに号令をかける。
そして怒号と共に山賊の群れへ突撃し、土埃でその姿は見えなくなり、
男たちの叫び声と剣劇の音だけが聞こえてくる。
ユリシアは馬を降り、セリアを引き上げて馬車から降ろす。
「セリア様、ここは危険です。ついてきてください!」
「でも……ガウェインたちが…」
「彼らを信じましょう。今は、彼らのためにも、私たちが逃げることが最優先です」
「街道は包囲されています。そこに山道がある。徒歩で森を抜けましょう」
(姉様がいれば、きっと大丈夫――でも、私が“何もできない”ことが、こんなに怖いなんて)
セリアは不安を隠すように、笑顔を作った。
セリアは迷いを振り払い、ドレスの裾を持ち上げ、ユリシアの背中を追った。
山道を駆け下り、木々の合間をすり抜けながら、二人は必死に逃げ続けた。
だが、次の瞬間――茂みから飛び出してきた山賊の別動隊が、無慈悲に行く手を塞いだ。
「逃がすかよ、お嬢ちゃんたち!」
「お頭の言った通りだったなあ」
山賊たちは、粗野な山刀や剣を手に、舌なめずりをしながら近づいてくる。
ユリシアが剣を抜き、即座に迎え撃った。
「セリア様、わたしの後ろへ!」
鋭い剣撃が山賊の刃を弾き、そのまま反撃に転じる。
だが、多勢に無勢。周囲をぐるりと囲まれ、次第に包囲が狭まっていく。
「……これでは……!」
ユリシアが必死に剣を振るい、山賊を一人また一人と倒す。
しかし、体力の限界が近づき、息が乱れてくる。
剣の動きにも微かな遅れが生じる。
この状況では、決して見逃せない変化だった。
セリアは震える膝を必死に抑え、ユリシアの背中を見つめた。
(私……何もできない……)
目の前で大切な人が、命を賭けて戦っている。
その現実に、胸が締めつけられるような痛みを覚えた。
セリアも背後に怯えながら、ユリシアを支えようと必死に声をかけた。
「姉様、無理しないで……!」
(何とかしなきゃ、神聖魔法で姉様を援護しないと…)
しかし、焦れば焦るほど、神聖語の綴りが頭の中でばらばらになって散っていくのを感じた。
(神聖語…思い出して!)
セリアは両手を組み、必死に祈りを込めようとするが、焦りと恐怖に手が震える。
(どうして……どうして言葉が出てこないの!?)
セリアは、まるで心が凍りついたかのような錯覚に陥っていた。
光の綴りは、確かに知っているはずなのに。
(私、“聖女”なのに……!)
自分に課された名が、今だけは、ひどく重たく、冷たかった。
――喉が、震えて、声にならない。その時――
山賊の一人がニヤニヤしながら山刀をふり上げた。
「させん!」
ユリシアは最後の力を振り絞り、セリアを狙った山賊の刀を受けるが、弾き返す余力はなかった。
「くっ!」
ユリシアの刃が自分の前で閃いたとき、セリアの中で何かが静かに叫んでいた。
(このままじゃだめだ。このままでは、姉様が――!)
(こんなに守られてばかりで、いいの……?)
その瞬間、胸の奥に、かすかな火がともった気がした。
――震えるほど小さな、でも確かに“自分の意志”で灯った光が。
(今なら…!)
セリアは震える両手を胸の前で結び、深く息を吸い込む。
それは、恐れを振り払うための、ただ一度きりの祈り。
ばらばらだった神聖語が一つの綴りとなって頭に浮かぶ。
「Domine, scutum sanctum luce tua, protege servum tuum…
(主よ、あなたの聖なる盾で、あなたのしもべをお守りください…)」
声が震えていた。
けれどその響きは、確かに“光”を帯びていた。
――温かな力が、胸の奥で芽吹く。
(お願い、届いて……!)
声は震えていた。けれど、確かに“光”が集まろうとしていた。
けれど、その手が印を結ぶよりも早く――刃が迫る。
山賊たちの叫びと、鋭い風切り音が、セリアの耳を切り裂いた。
「セリアっ!!」
叫びと同時に、視界いっぱいに広がったのは――
決死の……
それなのに、どこか懐かしいような微笑みを浮かべた、姉の顔だった。
間に合わない――その絶望が、喉元までこみ上げた。
次回。
【第7話 聖女の祈りと旅の仲間【前編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ―】
【エピソード⑦「“聖女”に灯る灯火」】
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