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異世界転生売ります!会社を追放された俺は、営業無双で異世界をも救う  作者: 猫屋敷 むぎ
《異世界編》 星灯巡礼 ―The Pilgrimage of Starlight― ~星の導きと、聖女の祈り~
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第7話 聖女の祈りと旅の仲間【前編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ― エピソード④「“爆炎の戦巫女”」

セレスティア神聖国/辺境伯領城下町

酒場 銀瞳の詩亭


――吟遊詩人が霞のように消えた後。


酒場の壁際のテーブルには、使い込まれた革鎧に剣を下げた四人の冒険者が陣取っていた。

戦士とスカウトらしき男たちは、酒を酌み交わしつつ、くだらない噂に花を咲かせている。


「なあ、聞いたか? 北の山道で山賊が動いてるって話……」


戦士の一人が話題を振ると、骨付き肉にかぶりついたスカウトが口をもぐもぐさせながら答えた。


「チッ、またかよ。あいつらが群れ始めると、ろくなことが起きねぇ」

「城下町の商人連中も警戒して、しばらく出荷を控えるらしいぜ」


もう一人の戦士がジョッキを机にドンと叩きつける。


「じゃあ護衛依頼もお流れってことか……メシの食い上げだな」


給仕娘のひとりが近づき、少し腰を引きながら料理とジョッキを置いた。


「おいおい、おせーぞ。お詫びにお酌ぐらいしろっての」


スカウトの軽口に、他の三人がゲラゲラと笑う。


給仕娘は手を止めずに空のジョッキを回収しながら、小さく呟いた。


「……どうせ、お客だからって偉そうにしてるんでしょ」


声は小さかったが、耳ざといスカウトがむっと眉をひそめる。


「なんだと?」

「なーんにも。おかわり、すぐ持ってきますね」


小さなため息をついて、彼女はそそくさと去っていった。


「つれねーなー」


どうやら、このパーティ、お行儀が良い方ではないらしい。


冒険者たちはさっきの話の続きで盛り上がる。


「……それだけじゃねぇ。今度は組織的に動いてるって噂だ。まるで誰かに命令されてるみてぇに……」

「はっ、山賊にそんな頭あるか? ……どうせ誰かが糸を引いてるんだろ?」

「辺境伯に恨みを持つやつか……まさか帝国ってことはないよな?……どっちにしても、これは、ちときなくせぇな……」


椅子にもたれたスカウトが天井を仰ぎながら息をついた。


「マジかよ……冗談じゃねぇ――よし、俺たちもいっそ残り物にあずかるってのはどうだ?」

「そりゃーいいな。朝から張ってみるか?」


ざわめく空気に紛れて、一つの足音が静かに響いた。


コツン――。


隣の椅子が音もなく回り、誰かがすっと腰を下ろす。


「……誰だ?」


顔を向けた瞬間、男たちの表情が引き締まる。


そこにいたのは、赤いマントを羽織った、赤髪の女だった。

椅子の背もたれを前にして、両手を軽く置き、涼しげな笑みを浮かべている。


――若い。


だが、その眼差しには妙な落ち着きと、静かな威圧感が宿っていた。

マントの下の装備は見えず、素性も不明。


けれど、直感が囁く。この女は――只者じゃない。


彼女は手にしていたエールをテーブルに置き、穏やかに口を開いた。


「……その話。もう少し詳しく聞かせてもらえるかしら?」


どこか芯のある、静かに通る声だった。


「……はあ? なんだ、てめぇ、いきなり――」


突っ伏していた剣士が身を乗り出し、苛立ちを露わにする。


「まあまあ、ねーちゃん。そんなに知りたきゃ、お酌のひとつも――」


スカウトが茶化すように言いかけたその時、不意に言葉を失った。


視線の先――彼女の肩。


そこには、ちろちろと小さな炎を灯した、赤い毛並みの不思議な生き物が座っていた。


「お、おい……やめとけ……!」


スカウトは跳ねるようにして椅子から腰を浮かせる。


「お前……知らねぇのか!? あいつ、“爆炎の戦巫女”だぞ!」

「えっ……あの、“爆炎の戦巫女”、”レナ”!?」

「一ヶ月前に現れて、ソロでAランクまで駆け上がったって……まさか本人……!」


赤髪の女―レナはエールをひと口啜り、涼しげに微笑んだ。


「そうね……本当は“便利屋”なんだけど。ちょっとだけ、名前が先に走っちゃってて困ってるのよ」

「あ、それから私、ソロじゃなくて”ふたり”だから」


次の瞬間、低い声が冒険者たちの耳を突き刺す。


「実際は、焚き火にしたい連中が山ほどいるだけって話だけどな!」


肩の上の生き物――ヒノカゲが、ふんぞり返るようにして声を上げた。


「な、なんだこの動物……しゃ、しゃべった……!」


冒険者たちが凍りつく中、ヒノカゲは尻尾を逆立て、小さな炎を吹き出した。


「動物呼ばわりすんじゃねぇよ! 俺様は、炎の化身にして――

“狐の式神”ヒノカゲ様だ! 人間ごときがなめてんじゃねぇ!」


「まったく……黒焦げになっても知らないからね。

ヒノカゲは“狐の式神”。由緒正しき精霊様なんだから」


そう言うと、レナは急に真剣な顔になり、凄まじい威圧を込めて尋ねた。


「で、“残り物にあずかる”って…どういうこと?」


その言葉と同時に――ヒノカゲの姿に、燃え盛る巨大な狐の幻影が重なる。


紅蓮に揺れる尾が空気を切り裂き、その瞳は威厳に満ちていた。


気高く、凛とした声が酒場の空気を震わせる。


「――我は、炎の裁定を司る精霊なり」


その瞬間、酒場の空気は、まるで火に飲み込まれる寸前の蝋燭のように、ぴたりと静まり返った。


冗談混じりだった冒険者たちの口が閉ざされ、

他のテーブルの客も、息を呑んで固まっている。

カウンターの奥では、給仕娘がトレイを胸に抱えたまま、身動きできずにいた。


「じょ、冗談です……」


やっとの思いでスカウトはかすれた声を絞り出した。


レナがくすっと笑いながら言う。


「やれやれ、ヒノカゲ。そんなに怒ると、また尾ひれがついちゃうわよ」


そう言って肩をすくめと、まるで何もなかったかのように、じわりと巨大な狐の幻影が消え――

ヒノカゲはぷいとそっぽを向き、そのままレナの肩の上で、ちょこんと丸くなった。


レナはそっとその毛並みを撫でながら、静かに視線を戻す。


「……で? その山賊、どこを狙ってるの?」


一人がごくりと唾を飲み込んだ。


「あ、ああ……。

ちょうど明日、辺境伯家のお嬢様が、聖都に向かうらしくて……たぶんそれじゃねぇかと」


その瞬間、レナの瞳がかすかに揺れた。

驚きでも、焦りでもない。けれど、確かに何かが引っかかったような眼差し。


「……聖都、ね」


ぽつりと呟いたその声に、テーブルの上の空気がぴんと張り詰める。

ヒノカゲが肩の上で片目を開け、尻尾をゆらりと揺らす。


レナはエールの最後のひと口を飲み干し、ジョッキを静かにテーブルに置いた。


「“偶然”にしては、いいタイミングすぎる気がして」

「……まあ、俺様たちを“見てるやつ”がいるってことかもな」


ヒノカゲが、ニヤリと笑う。

「だったら――“焚き火”の準備を、始めるか?」


「ええ。……明日の朝は、少し早起きしないとね」

レナがくすりと笑ったその横顔に、火が灯るような気配が宿る。


「お、おい……本気か!? 一人で行くつもりかよ……!」

戦士が青ざめた声を上げる。


レナは、無言のまま静かに立ち上がった。


くるりと踵を返すと、翻った赤マントが、まるで燃えさかる焔のように揺れた。

その内側、炎の刺繍が施された巫女装束の裾が、静かに余韻を残す。


彼女のルビーの瞳が、ゆっくりと冒険者たちを見下ろした。


その視線は、内に燃える炎を宿しながらも、氷のように静かに鋭く、突き刺さる。


そして、ひとこと。

低く、静かに――それでいて、神託を告げる巫女のように響いた。


「……私を、誰だと思ってるの?」


その瞬間、酒場は祈りを捧げる前の神殿のように静まり返った。


――静寂。


沈黙を裂くように、誰かがぽつりと呟く。


「……はい。“爆炎の戦巫女”様です……」


空のジョッキをコツンと置き、レナは涼やかに微笑む。


「よろしい。……わかってるなら、おいたはほどほどにね」

「あんたたちみたいのがいるから冒険者の格が下がるんだから。反省しなさいよね――

そうそう、あと、代金もよろしくー」


あっけに取られた冒険者たちを残し、赤髪の“便利屋”はゆっくりと酒場を後にした。


その背に残されたのは――

それはまるで、燃えさしが歩みを刻んだかのような、静かな炎の軌跡。


誰の目にも見えぬまま、彼女の通った道をなぞるように――

静かに、けれど確かに、熱を残して消えていった。




――宿屋に戻る道すがら。


レナは肩の上の相棒に、いたずらっぽく少しトーンを真似て尋ねる。

「ところでさー、あの“我は炎の裁定を司る精霊”って何?」


ヒノカゲは片目を開け、耳をぴくりと動かしながら欠伸をひとつ。

「あれか? 俺様かっこよかっただろ」


レナは顎に手を当て、肩のヒノカゲをのぞきこむようにして首をかしげた。


「ふーん。実は意味深なやつ?」

「いーや」


そっけなく言い捨てると、ヒノカゲはぷいっと顔を背け、そのまま小さく丸まった。


「うんうん。ヒノカゲはいっつもかっこいいよ」


レナは軽く笑うと、足元の石畳を踏みしめて歩き出す。

歩幅はいつもより少し広く、靴音もどこか弾んでいた。


背中に垂れたヒノカゲの尻尾は、左右に――

何だか楽し気にゆらゆらと揺れていた。




――レナが去ったあとの酒場。


しん……と張り詰めた静寂の余韻が、まだそこかしこに残っていた。

空気はほんのりと温かく、まるで誰かが火を灯していったかのようだった。


しばらく固まっていた給仕娘が、胸の前のトレイをぎゅっと抱えながら呟く。


「……かっこいい……」


もう一人は、頬をぽうっと染めたまま、トレイを抱いた手で頬を仰ぐように扇ぎながら、客席でもないどこか遠くを見つめていた。


「なんか……燃えそう……」


カウンター奥の主人が、ふうと長い息を吐いて首を振る。


「ったくよ……。でも、“戦巫女”様よ、ありがとよ……」


その夜、酒場では早くも“爆炎の戦巫女”の新たな逸話が語られ始めていた。

翌日には、町中の噂話となり、さらに尾ひれがついて広がっていくことになる――。




――一方、さきほどの四人組のテーブル。


「……ほんとに行っちまったな」


「ああ……Aランクって、あんな感じだったっけ?」


「俺たちだってCランクだろ?」


「いや、さすがに……あれはもう、“Sランク”とか、“英雄”レベルじゃねぇか……」


「喧嘩売ろうとしてた俺たちって……」


「……」


「……俺、明日からは給仕のお嬢さんに優しくする……」


誰も、隣を見ようとはしなかった。


「俺は……しばらく焚き火がトラウマだな……」


「……とりあえず、パーティ名変えようぜ」


「うん……なんか、焚き火っぽいやつにしよう……」


「今夜の酒……苦ぇな……」


ちなみにこの四人組、後日、パーティ名を変更したという。


その名も――“爆炎の残り火団“。


またいつか、あの“戦巫女”と巡り合った時――

せめて“残り火”くらいは、消されずに済むことを祈ろう。


【第7話 聖女の祈りと旅の仲間【前編】 ― The Fellowship of the Praying Holy Maiden ―】

【エピソード⑤「“旅立ちの朝”」】


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