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異世界転生売ります!会社を追放された俺は、営業無双で異世界をも救う  作者: 猫屋敷 むぎ
《現実世界編》 異世界転生売ります ―Re:Birth Business on Sale― ~希望を紡ぐ、魂の残響~
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第1話 プロローグ ― Reincarnation Business ― エピソード②「彼がいる”世界”へ」

『いらっしゃいませ』


その機械的な音声は、俺たちセールスタスクフォース部のAIアシスタント、“アスティ”の声とは対照的だった。


アンドロイドのメイドに案内され、皇と氷室は玲奈の部屋へと向かった。

広々とした屋敷の豪華な装飾が施された廊下を歩く。


途中、廊下の壁に大きく豪奢な額縁に収まった、家族の肖像画があった。

ホログラムではなく、正真正銘の油絵のようだ。

それを横目に見ながら通り過ぎかけ、立ち止まった。

氷室とメイドもしばし立ち止まる。


家族に囲まれて中央に腰掛け、はかなげに微笑む若い女性。


…頭の中で照合する。

(少し幼いが…、クライアントの玲奈さんに間違いないな)

皆、柔らかな眼差しで微笑んでいる。暖かい家族…、それが俺の印象。


「素敵なご家族ですね」

『はい、この肖像画は、お嬢様がお元気だったころ、旦那様の依頼で、さる高名な画家さんの手で描かれたものです』

隣を歩く氷室と視線が交わる。

(この案件、家族の“絆”がもう一つのカギになるかも知れない)



部屋の扉が開かれると、玲奈は窓際の椅子に座っていた。

秋の日差しが柔らかく差し込み、彼女の金色の髪をやさしく照らしている。


「はじめまして、”エリック”の方ですね?」

玲奈はあたたかな微笑みを湛えて言った。

(彼女が…、初めて担当する”転生保険”クライアントか…)


「ええ、エターナルライフ保険の皇と申します。こちらは同僚の氷室です」

「ええ、よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」

氷室は淡々と応じる。


玲奈の微笑みは明るい。

が、その表情にはどこか儚さが漂っているように感じる。


「こちらへどうぞ」

「ありがとうございます…失礼いたします」

――腰かけようとした、その時――玲奈が突然、咳き込んだ。

胸を押さえながら、苦しそうに咳を繰り返す。


「……大丈夫ですか?」

氷室が即座に玲奈へ歩み寄り、そっと手を差し伸べる。

――冷静に見えるが、僅かにだが焦りがにじんでいるような気がした。

俺は、少し腰を浮かし、その一連のやりとりを静かに見つめていた。


(――この人は、本当に長くはないんだな…)

資料で理解していたつもりだったが、こうして目の前で見ると、改めて実感する。

この契約は、彼女にとって“未来”への希望になるのか、それとも“死”を受け入れるための儀式なのか……。

胸の奥がわずかに重くなる。


少し待つと、玲奈は落ち着いたようだった。

俺はゆっくりと口を開いた。

「本日は、異世界転生保険についてのご相談ということで、お伺いしました」

「はい。私は……それが、許されるなら――異世界に転生したいんです」

玲奈の声ははっきりとしていた。


「……理由を伺ってもよろしいですか?」

玲奈は一瞬、視線を落とした。

そして、再び視線を上げ、静かに言った。

「そこに、彼がいるから。」

(はっきりとした口調だ。強い意志を感じる。)


「そこに、亡くなった恋人の直哉(なおや)さんがいるから、ですね?」

玲奈は少し視線を落とし、うなずいた。

わかった上での質問だ。

ここで、大切なことを伝えなければいけない。


「ご認識の通り、確かに直哉さんは異世界に転生しました」

「彼は、亡くなる前に弊社の転生保険に加入していた。そして、弊社の実績から、転生の成功率はほぼ100%です」

玲奈はうつむいたまま、小さくうなづく。


「けれど、彼の居場所…“異世界のどこにいるのか“を、お伝えすることはできない」


玲奈は微かに肩をふるわせる。

氷室は、俺の次の言葉を待つように、静かに俺を見つめていた。


「玲奈さん――」

玲奈はゆっくりと顔を上げた。

俺は少し間を置いて、その目をまっすぐ見つめて言った。


「――だから、必ず会えるとお約束することは、出来ないのです」


――玲奈は、ほんの一瞬だけ、視線を遠くに彷徨わせてから、俺に向ける。

その瞳の光は、思いのほか、いや想像よりもずっと強かった。

まさに、“覚悟”が宿った瞳だった。


「いいんです」

「転生できたら。それが許されるなら、彼に会えるかもしれない

――そう思えるだけで、死んでしまうことが……怖くなくなるの」

部屋の空気が変わった。



次の瞬間……

「ふざけないで!!!」

突然の鋭い叫び声が部屋を震わせた。


(来たな……)

扉が勢いよく開かれ、そこに立っていたのは、廊下の肖像画にもあった玲奈の母親だった。

彼女の顔は蒼白で、目は涙で赤く腫れ上がっている。

手には皺の寄ったハンカチが握りしめられ、いかに泣き続けていたかを物語っていた。


「あなたたち……娘に“死ぬこと”を勧めているの!?」

母親は俺たちを睨みつけながら、震える声で続けた。

「玲奈は……まだ生きていられるのよ!

それなのに、どうして“死”を前提に話を進めるの!?」


震える手で胸元を押さえ、荒い息を吐きながら、

母親は玲奈のそばへ駆け寄り、手を強く握りしめた。


「あなたは……まだ、生きられるのよ……」

その声は、怒りではなく、涙混じりの懇願だった。

俺は静かに深呼吸をし、ゆっくりと視線を母親へ向けた。


やはり、二つ目のカギは“絆”だと確認した瞬間だった。

一つ目のカギは“生きる理由”だが、それだけでは不十分なことは明白だ。

――ここからが、本当の“商談”の始まりだった。



玲奈の母親は、涙を流しながら玲奈の手を握りしめていた。

彼女の目には、痛みと迷い、そして必死の願いが入り混じっている。

そして、繰り返した。

「あなたは、まだ……、……生きられるのよ……」

玲奈はそんな母を見つめ、僅かに唇を噛んだ。


俺は、そのやりとりを静かに見守っていた。

(まだ、生きられる…、か…)

しかし、俺の役割は、単なる“営業”ではなく、

この家族が本当に望む答えを、見つける手助けをすることだと強く感じた。


(ここで、玲奈さんの覚悟を、玲奈さん自身から伝えなければならない…)

俺は、覚悟を決め、口を開いた。


「お母さん」

「お母さんのおっしゃる通り、玲奈さんは”まだ、生きられる”のです。

けれど――今の玲奈さんは、本当の意味で“生きている”と思いますか?」


「……!?」

玲奈の母親の耳が、みるみる赤くなるのがわかる。


困惑するのは当然だ。しかし、これも想定の内。俺は続ける。

「今の彼女は、未来が見えない状態”です。だからこそ、“転生”が“生きる希望”になる」

「彼女は、まさに、これから“生きよう”としている。

それこそが“転生”契約の本当の意味なんです」

「……。」

玲奈の母は、一瞬時が止まったように息をのみ、そのままうつむいた。


――玲奈が、わずかに口を開く。

「……お母さん……」


だが、言葉が続かない。

何を言えばいいのか、どう伝えればいいのか。

玲奈自身が分からなくなっているようだった。


俺は、そっと玲奈の方向を向き、やさしく言った。


「玲奈さん。大切な人に、お母さんに…“伝えるべきこと”はありませんか?」


玲奈は、ハッとしたように俺を見上げる。


そして、うつむく母へと視線を移した。

「――お母さん、……私は……」

母親はその言葉を受け止めるように、うつむいたまま玲奈の手をさらに強く握る。


玲奈は、呼吸を整え、ゆっくりと話し始めた。

「私は、彼のいる世界に転生出来るとわかったからこそ…。

最後までこの世界で生き抜きたいって思えたの」


うつむいたままの母の瞳が大きく揺れ動く。

「今まで、ただ死ぬことが怖かった。でも、次の世界があると分かったから……。

希望があるから、今のこの時間が、どんなに大切なのか、ようやく気づいたの」


玲奈の声は、次第に力を帯び、言葉が紡がれた。

「だから、お母さん。私は、最後まであなたの娘でいたいの」

「最後の瞬間まで、お母さんの娘として生きたい」


うつむいたままの母親は涙を流しながらも、玲奈の言葉を聞いていた。

しかし、その手は震えながら、決して、決して玲奈の手を離そうとはしない。


(本当に強い女性(ひと)だ…。)

”死”だけでなく、残してゆく家族とも、きちんと向き合う勇気。

大切な恋人(ひと)を失い、次には自らの”死の恐怖”が襲い掛かった。

きっと諦めや、絶望にさいなまれたことだろう。

そして、たどり着いた一つの”希望”。


氷室がそっと口を開いた。

「大切なのは、“生きること”ではなく“どう生きるか”ではないでしょうか?」

一呼吸置き、続ける。

「…玲奈さんは“転生”を知り、次の世界があると知ったことで、”希望”を見つけた。

今、彼女は初めて前向きに生きようとしています」

「それなら、私たちは玲奈さんの気持ちを尊重すべきです」


氷室と俺の視線が公差する。

わかってるさ。次は俺の番だ。


「確かに、“転生”は、未来を約束するものではありません」

「しかし、玲奈さんは、転生を希望にして、“生きる意味”を見つけた今、

――明らかに強く“生きよう”としている」


母親の嗚咽が、部屋にひときわ響いた。


しばらくの沈黙の後、母親は震える声で言った。

「――玲奈……あなたが……あなたがそう望むなら……」


その言葉が、玲奈の決断を支える最後の許しだった。

母を、大切な人を見つめる玲奈の目にも涙が溢れる。


長い静けさが流れた。


氷室は、確かめ合うように抱き合い、静かに涙を流す母娘から視線を移し、俺を見つめる。

軽くうなずいた俺は、そっと口を開いた。

「玲奈さん、お母さん」

「契約を進めるにあたり、ご説明を始めてよろしいでしょうか?」


これが、俺にとっての初めての“異世界転生保険”契約獲得の瞬間、だった。

そして、“異世界転生保険”が、ただの商売ではなく、人の人生にどれほど深く関わるものなのか、を実感した瞬間でもあった。



――本契約後。

契約が成立したことで、玲奈と母の間に、新たな“絆”が紡がれた。

この”転生”契約は、別れの約束ではなく、新たな道への一歩になるだろう。


「皇さん、氷室さん、私に”希望”をくれて…、本当に、本当にありがとう」


母は玲奈の手を握りしめながら、小さく微笑んだ。

「最後の時まで、一緒にいましょう……玲奈」

「……うん」

玲奈は頷き、母の手をそっと握り返した。


俺は、そんな二人の姿を静かに見つめながら……何かが胸の奥でざわめくのを感じていた。

(これは――俺たちが売っているのは本当に“保険”なのか?)

生命保険でもない。

ただの“死後の保証”でもない。


――ふと気付いた。

(……これは――“人の魂の行き先を決める”仕事なのではないか?)


「……皇君?」

ふと見ると、彼女のヘーゼルの瞳がじっと俺を見つめていた。

「いえ……何でもありません。」



秋、だな。

並木道の街路樹は黄や赤に染まり、時折、小さな葉がひらりと落ちていく。

季節との別れを惜しんでいるように見えた。


「……まだまだ、と言いたいところだけど、いい仕事だったわね、皇君」

「ありがとうございます」

(あの氷室さんにほめられると、なんだか照れくさいな…。)

淡々と応じるが、心の中ではガッツポーズを決める。


氷室は、その表情をわずかに緩めた。

「それより、あなた、思ったよりも繊細な営業をするのね」

「意外でした?」

「ええ、前職でトップ営業だったと聞いていたから…、もっと数字優先の――そうね、合理的な営業をすると思っていたわ。」


(……氷室さんも言葉を選んでるな。)

俺は軽く笑った。

「それは買いかぶりですよ。そういうつもりだったんですけど、結局、ね。」



彼女の言葉。

「次の世界があると分かったから……今が、大切に思えたの。」

胸の奥でいつまでも、消えずに響いている。

“転生保険”――それは、“未来”だけでなく、“今”をも救う“希望”なのかもしれない。


次回。

【第1話 プロローグ ― Reincarnation Business -】

【エピソード③「“未来”への手紙”」】

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