第6話 “希望の残響” ― Resonance of Hope ― エピソード④「もう一度の人生という“希望”」
――各自からの報告が終わり、最後に風祭からの報告。
「まだ調査中だが、カデンツァ研究所とノクターンの関係を洗っている」
(報告書の表示は無し…か。
俺たちには知らされていない何かを掴んでいるのかもな…)
俺は胸が少しだけざわめくのを感じた。
神楽が天井を見上げながら口を挟む。
「カデンツァ研究所って、あのアンドロイド製造販売の大手?
最近、医療分野にも進出してるって聞くよ。
『アンドロイドはお友達~♪』ってCMの」
氷室が冷静に補足する。
「私も法人営業時代に少し接点があったわ。
医療アンドロイドを中心に、介護支援システムの開発を進めているって聞いたけど」
俺は氷室と共に坂下の母を訪ねたとき、施設で見かけたアンドロイド介護士を思い出した。
桐島がうなずきながら答える。
「そうね。まだ確証はないけれど、カデンツァとノクターンの関係は無視できない。
引き続き、調査を進めて」
風祭は短く答えた。
「了解」
桐島が軽く息をつき、報告が一通り終わったことを確認する。
「よし、これで報告は以上ね。他に何かある人は?」
その時、ホログラムディスプレイのアスティが発言した。
『部長、2点報告があります。』
「続けて」
見上げると、一瞬だけアスティと目が合った。
――その時、少しだけ彼女の瞳がゆらいだように見えた。
『4か月前、皇さんが担当したクライアント、玲奈・フィッツジェラルドさんが転生に成功。
異世界での魂の定着と活動の開始を確認しました』
俺は思わず、もう一度アスティに視線を向けた。
「……玲奈さん、成功したんだな」
アスティの目がやさしく俺を見返す。
AIなのに、思いやりを感じる――そんな眼差しだった。
ほっとした気持ちが胸を満たす。
あの時、彼女が語った「彼のいる“世界”へ行きたい」という願いが、形になったんだ。
しかし、同時に胸がつかえるのを感じた。
(つまり、彼女はもう、この世界にはいないということだ…)
生命保険会社にいたころも、顧客の“死”の知らせは何度も経験している。
(やはり慣れないな…。
しかし何だろう、あの頃と違うこの感覚は…。
これが、“転生保険”の恩恵、“希望”ということなのだろうか)
隣を見やると、氷室も、ほんの少し柔らかい表情を見せていた。
「皇君、良かったわね。彼女の“生きたい”という意志が実を結んだのね」
桐島が微笑む。
「皇、氷室、よくやってくれたわ。ありがとう」
「ありがとうございます」
俺はそう答えながら、胸の中で玲奈さんの“希望”に満ちた笑顔を思い出していた。
(いつかどこかで、彼に再会した彼女の笑顔に、出会えるのだろうか…)
アスティがもう一つの報告を続ける。
『……もう一点、氷室さんが担当した――』
一瞬、言葉を止めたアスティの瞳が、ごく僅かに揺れた。
『――クライアントに関する報告です。
一年前に契約された村井瑛流さんの転生が成功しました』
――氷室が一瞬、目を見開いた。
すぐに目を伏せ、無理に平静を装うように口元を引き結ぶ。
そして、絞り出すように言った。
「……瑛流くん?」
『村井瑛流さんは、一年前に氷室さんが担当した村井様ご家族の長男です――』
アスティは一瞬、言葉を区切ると、ほんの僅かに視線を氷室に向けた。
『同時にご契約された父母と姉は無事です。
アフターケア部門の報告書には交通事故のためとあり、単独で事故に巻き込まれ……、
亡くなられたとのことです』
淡々と報告しながらも、その眼差しに、不思議とあたたかみを感じた。
目を伏せた氷室の表情には、陰りがある。
「あの子、まだ中学生だった…。将来は科学者になるんだって目を輝かせてたわ」
桐島が優しい声で言った。
「氷室、突然の訃報は避けられないことよ。
むしろ、あなたが彼と“転生契約”をすることで、彼にはまだ“希望”がある」
氷室は少しだけ俯き、かすかに唇を噛む。
「……そうかもしれません。でも……」
彼女の中で、感情と言葉がぶつかり合っているのがわかった。
少し間を置き、桐島は尋ねた。
「でも?」
「――彼が亡くなったという現実が……どうしても心に残ってしまいます」
少しの沈黙。
氷室は、言葉を飲み込むように目を伏せ、そして静かに続けた。
「転生できたことは嬉しい。でも、この世界での命が終わった事実は……」
その声には、いつもの冷静な氷室とは違う、かすかな震えがあった。
桐島は優しい眼差しで静かに頷く。
「そうね。転生が叶ったとしても、人の命が消えたという事実は変わらない。
私たちは、その両方を受け止める覚悟を持たなくてはいけないわ」
俺も頷いた。
「玲奈さんも、瑛流くんも……新しい世界で、必ず“希望を胸に再出発”しているはずです。
そう信じましょう」
「そうね……」
氷室がわずかだが、微笑む。
少しは元気になっただろうか…。
桐島がまとめるように話した。
「引き続き、私たちはクライアントの思いに寄り添っていきましょう。
私たちは……過去を悼みながらも、未来を信じる。
それが――ELICの理念でもあるわ」
俺は氷室の横顔を見つめ、彼女が普段見せない感情を垣間見たことに、少しだけ胸が締めつけられるような気持ちになった。
「よし、それでは解散。各自、引き続き警戒しながら業務を続けて」
部屋の空気が一気に緩み、メンバーたちはそれぞれ席を立ち始める。
神楽はいの一番に伸びをしながら立ち上がり、跳ねるように部屋を出ていく。
桐島、獅堂、最後に水無瀬が相変わらずふらふらと出ていくと、ミッションルームにはぽつり、俺と氷室だけが残された。
氷室は、しばらく目を伏せていたが、そっと俺に近づき、小声で話しかけてきた。
「皇君は、生命保険の営業だったから、慣れてるのかしら?」
「――慣れてるって、顧客が亡くなること…についてですか?」
氷室はその、微かに震えるヘーゼルの瞳を、少しだけうるませ、小さくうなずく。
俺は、慎重に言葉を選びながら答えた。
「何度か経験してますが、慣れないのは変わりませんね。
ただ、顧客が精一杯生きたこと。
そして、自分が“寄り添う”ことで、その人生を少しでも良いものにできたと信じること――
それが、いつも俺を少しだけ救ってくれるんです」
「そうね…。わたしのいた法人営業では、あまり経験がなくて…」
「……」
氷室は小さく息を吐き、わずかに視線を外してから、ふっと力を抜いたように微笑んだ。
「皇君、ありがと」
そう言って、氷室はわずかに微笑んだ。
その顔は、普段の彫刻のような冷たい印象とは少し違って、どこか温かみを感じさせる、そんな微笑みだった。
(氷室さん。“氷の女”なんて、きっと誰も呼ばなくなるな。その“微笑み”を見たら)
俺の以前の仕事でも、顧客の死と向き合わなければいけないことは何度もあった。
でも、今の俺たちの仕事は、“死”を見送るだけじゃなく、“未来”に希望を繋ぐこと――
そう思えた瞬間、ほんの少しだけ……、そう、ほんの少しだけ。
この世界に満ちる“別れ”の静寂に、
――確かな“希望”の響きが重なるに違いないと、俺は信じている。
そして、そう信じられる自分が、今ここにいることを――
俺は、少し誇らしく思った。
次回。
【第6話 “希望の残響” ― Resonance of Hope ―】
【エピソード⑤「それぞれの“残響”」】




