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異世界転生売ります!会社を追放された俺は、営業無双で異世界をも救う  作者: 猫屋敷 むぎ
《現実世界編》 異世界転生売ります ―Re:Birth Business on Sale― ~希望を紡ぐ、魂の残響~
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第5話 “胎動” ― Quickening Shadows ― エピソード⑧「困難な道でも、必ず”花“は咲く」

――数日後。


東京都八王子市 レジデンス音羽の社(おとわのもり)

坂下の母、坂下頼子の居室


カーテンの隙間から柔らかな日差しが差し込み、室内を明るく照らしていた。

窓際のテーブルには、お茶のセットと果物が並べられている。


坂下が母の手を握り、優しく微笑んでいた。

「母さん、今日は調子どう?」

透の問いかけに、頼子はゆっくりと頷いた。

「ええ、透……。今日は少し……いいみたい」

その声には、かすかだが確かに生気が戻っていた。


坂下は嬉しそうに微笑み、俺に向き直る。

「皇さん、あれから母さん、少しずつ話せるようになったんです。

 まだ完全には思い出せないけど、でも……」

「よかったですね。坂下さんの想いがちゃんと届いたんですよ」

俺も安心したように笑った。


頼子が、ふと坂下の方を向き、ぽつりと言った。

「透……。ありがとうね……」

その一言に、坂下の目が見開かれ、頬を伝う涙が止まらなくなる。

「母さん……うん、俺、ちゃんと生きるよ」

頼子は、坂下の手をそっと握りしめ、かすかに微笑んだ。



その頃、居室の廊下。


白い花束を抱えたまま、氷室は壁に背をあずけて佇んでいた。

ドア越しに、親子に“寄り添う”皇の声が小さく聞こえる。

廊下には誰もいない。

この静かな空間が、かえって彼女の心を映し出しているかのようだった。


「……皇くん、あなたって、ずるいわ」

氷室は小さくつぶやくと、ため息をつき、花束を部屋のドア脇にそっと置いた。


そして、閉まったままのドアをしばらく見つめると、背を向けて歩き出す。

その横顔には、少しだけ、柔らかな微笑みが浮かんでいた。



「坂下さん、それじゃあ、また来ますね」

「はい……本当にありがとうございました」

坂下は深々と頭を下げ、俺も軽く手を振ってドアを開ける。


廊下に出ると、ドアの脇に白い花束が置かれているのに気づいた。

「ん……?」

しゃがみこんで花束を手に取ると、カードが挟まっている。

「これって……氷室さん?」

花束に添えられたカードには、こう書かれていた。


『坂下透さんへ。


今を生きることを選んだあなたの決意が、

これからの未来を、確かに彩っていくと信じています。


困難な道でも、花は咲きます。

――光を目指して咲く、その花のように。


エターナルライフ保険株式会社 氷室 紗綾』


(素直じゃないですね、氷室さん)

少しだけ苦笑しながら、俺は静かに心の中で呟いた。

(人が生きたいと願う限り、どんな困難があっても、俺はきっと“寄り添い”続けよう)

優しい風が吹き抜け、廊下の窓から見える空は、どこまでも澄んでいた。



――その日の夜半過ぎ。


レジデンス音羽の社の廊下。


点々と足元を照らす照明が続いていた。

誰もいない空間に、作業着姿の神楽がひょっこりと姿を現す。


手に持ったホロタブを操作しながら、周囲を見回す。

画面には、施設のマップが表示されている。

神楽はデータを眺めながら、ぽつり呟いた。

「この施設…。カデンツァ研究所と関連があるなんて――怪しさ満点だよね~」

「しかも、さーやせんぱいも何か気付いたみたいだし」


意外に鋭い眼差しが一瞬だけ光る。

「まったく、部長、きりっちって、そもそもひと使い粗過ぎだよ~」

「こーゆーのは、風祭先生の仕事じゃーん」

「まー、天才、ひなたちゃんは何でも出来ちゃうけどね♪」

「さてっと、ちょっくらお邪魔させてもらおっかな~」

神楽は静かにバックヤードの方へ歩き出す。

その背中が闇に溶け込むように消えた瞬間、施設の古びた倉庫の看板が、風に揺れた。

”CADENZA Research Division”と書かれたプレートが、微かな光を反射している。



ーーひなたが施設に潜入してから約6時間後


ELICヨーロッパ支部 桐島特任部長室


静かな部屋に、電子ホログラムの光だけがぼんやりと揺れていた。

桐島は椅子に深く腰を預け、しばし無言のまま、物思いにふけっていた。


その指先が、デスクの隅に置かれた古びた本の表紙をなぞる。

それは――その年月を物語るように黄色く焼けた、羊皮紙の写本だった。


長い年月を経て受け継がれ、ここにあるのは――運命のいたずらか、必然か。


表紙には、崩れかけたラテン語の筆記体で、こう記されている。


《Septem Heroum Fabula 

In animae memoria aeternitas latet.》

――七英雄譚(魂の記憶に、永遠は宿る)


ページを一つめくり、指でなぞりながら桐島は一人つぶやいた。

「此は……七つの魂の物語、ね」


本を閉じると、ホログラムディスプレイにまっすぐ視線を向ける。

そこには、氷室紗綾の4SCデータが静かに点滅していた――。


「魂純度:S、魂容量:SS、安定度:E⇒D…。

高純度、高容量、低安定度――最高の素体よね……彼らが欲しがるのも無理はないわ。

でも、安定度が向上してきていることは、彼らも想定外でしょうね」

「魂の色は青だけど、何か混じっている…。彼女は本来、純粋な水属性でなければならないのに……」

小さくつぶやく。

軽くため息をつくと、一言付け足そうとした。

「それにしても、彼女が本当は……」

その瞬間、通知音が響き、デスクの袖からホロタブを取り出す。


「神楽からの報告ね。あの子、いつも仕事が早いわね」

桐島は、ホロタブをデスクに置き、届いたデータを読み始める。


一方、桐島が眺めていたホログラムディスプレイには、

氷室紗綾の4SC(4ソウルコア)データが表示されていた。


氷室 紗綾

•魂純度:S

•魂容量:SS

•魂色 :青(混濁あり)

•安定度:E⇒D


神楽の報告をなぞる桐島の背後で、

窓に映る氷室紗綾の4SC――「魂容量:SS」「魂色:青(混濁あり)」「安定度:E⇒D」。

そのデータは、静かに明滅を繰り返しながら、

まるで夜のしじまに、無音の鐘が“目覚め”を告げるかのように、静かに響いていた。


次回。

【第6話 “希望の残響” ― Resonance of Hope ―】

【エピソード①「近未来オフィスと“カオス”【前編】」】

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