表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生売ります!会社を追放された俺は、営業無双で異世界をも救う  作者: 猫屋敷 むぎ
《現実世界編》 異世界転生売ります ―Re:Birth Business on Sale― ~希望を紡ぐ、魂の残響~
22/46

第5話 “胎動” ― Quickening Shadows ― エピソード⑦「再生と“カルテット“」

※いつも『異世界転生売ります!』をお読みいただきありがとうございます!

ブクマ&フォローしてお待ち頂けますと励みになります。

「クライアントの魂を――再生する!」

(これは保険契約なんかじゃない。“魂の運命”に責任を持つ、俺自身の――選択だ)


「フェニックス・コード、起動!」


『皇律の魂の波動を確認。ロック解除』

『フェニックス・コード、アクティベート!』

アスティの声とともに、シェルに刻まれた意匠――フェニックスの翼が、光の羽ばたきと共に展開する。

それは腕全体を包み込むように、赤い光を伴って変形していった。

同時に、翼から赤い光が坂下と母の間に伸び、二つの魂が共鳴し始める。

魂の揺らぎが小さく震え、波紋のように空間へと広がっていく――。

坂下の魂に、母・頼子の穏やかな魂が、そっと寄り添うように重なっていく。

それはまるで、互いの痛みと優しさを分かち合い、ひとつに戻ろうとするかのようだった。

(これが、フェニックス・コードによる魂の”共鳴”……)


その時だった。

突如として、空間から“音”が消えた。

風のざわめきも、空調のうなりも、人の呼吸さえ――まるで世界が“録音停止”されたかのように、沈黙へと閉ざされる。

(何だ……?この異様な空気は……。あのカフェを出た時と同じ感覚…?)


その静寂の中に、どこからともなく、優雅な歌声が響き渡った。

低く、深く、どこか悲しげでありながらも、狂おしいほどに美しい旋律。


その歌声と共に、空間が微かに歪み、まるで空間を切り取った絵の中から抜け出すようにして、真紅のドレスを纏った“アリア”が姿を現した。

まるで世界の“解像度”が変わったかのような違和感が、背筋を這い上がってくる。


アリアは、指先でドレスの裾をそっと摘み上げ、もう一方の手を胸元へと添えた。

そして、舞台に立つ女優のように、観客へ捧げるような、流麗な一礼を――まるで“そこにある魂すべて”に対して捧げるように――ゆっくりと描き出した。


「……ああ、美しい“調律”――まるで春の終わりに咲く一輪の白花」

「でも、それが“正しい旋律”とは限りませんわよ?」

朱の唇に浮かぶのは、どこか芝居じみた――けれど、抗いがたい微笑。

一歩、また一歩――音もなく、滑るように。

そのたびに、真紅のドレスが花びらのように舞い、空気をそっと撫でていく。


「アリア!」

氷室がその名を呼ぶ。

「どうして、ここに……!」

とっさに俺が問いかけると、アリアはふっと微笑んだ。


「どうして?そんなもの、決まっているでしょう?

“狂った旋律”を奏でる者がいるのですもの、わたくしが調律してさしあげなければ。」


彼女の指が宙を怪しげになぞり、その動きに合わせるように、再び歌声が響き渡る。

その声が重なるごとに、坂下の魂が不安定に揺れ始めた。


『警告。共鳴波に異常を検知。外部干渉が発生しています。』

アスティの冷静な声が、脳裏に直接響いた。

『ソウル・リンクが切断され…ま――。』


(くそ……アリアが魂に干渉しているのか……!?)

「何をしている!?」

俺は詰め寄るように声を荒げるが、アリアはあくまでも優雅に微笑むだけだった。

「魂は“旋律”。わたくしが奏でるのは、“美しき狂奏曲”……。

あなたの拙い“調律”で、この完璧な旋律を乱さないでくださいますこと――お願い申し上げますわ。

……せめてもの“礼儀”として」


その言葉に、腹の底が熱くなる感覚を覚える。

(ふざけるな……このままじゃ、坂下さんが……!)

アリアの歌声が強まり、坂下の魂の共鳴が狂っていく。

その歌声は、音ではなかった。

むしろ、鼓動の内側を“掻き鳴らす”ような異音だった。

坂下は肩を揺らし、目を見開いたまま、呻くように息を吐く――まるで魂ごと引き裂かれるように。

さらに、坂下の魂の歪に呼応したかのように、母・頼子の魂まで、微かに歪み始めた。


(この状況を覆すには…、坂下さん、お母さんの“絆”、それしかない!)

俺は、響き渡る歌声にあらがうように、声をふり絞った。

俺はアリアに叫んだ。

「俺の“調律”が――本当に拙いか、試してみろ。魂に責任を持つ覚悟だけは……誰にも負けない」

そして、苦し気に息をつく坂下の両肩に手を置く。

「坂下さん、今だ!

今こそ、あなたがお母さんに本当に伝えたいことを、伝えるんだ!」


坂下は涙を浮かべながら、震える声で言った。

「……母さん……僕を……僕を覚えてるかい?僕だよ!透だよ!」

その瞬間、頼子の魂が「ドクッ」と強く反応する。

「とおる……?」

と震える声が漏れ、そのうつろな目に、わずかだが、光が戻る。

坂下の目には涙が溢れ、強く握りしめた母の手に零れ落ちた。

かすかな言葉に呼応して、坂下透の魂が光を取り戻し、共鳴が一気に強まる。


「おやめになって……! そのような偽りの音色で、わたくしの旋律を乱すのは……!」

アリアの口元が歪む。


「違う……これが、坂下さんの、本当の“旋律”なんだ!」

「もう一度、ちゃんと伝えましょう。お母さんに…、今のあなたの想いを!」

坂下は涙をこぼしながら、懸命に叫ぶ。

「俺……ずっと言いたかったんだ……

ごめん……そして……ありがとう。

俺、ちゃんと生きるよ……母さんの息子として、もう一度――

生き直してみせるから!」

頼子の魂が、赤く優しい光を帯び、坂下の魂に寄り添う。


「……親子の絆……ふふ、なるほど。

少しばかり、わたくしの想定を超えてしまいましたわ。」

一瞬だけ、アリアのガーネットの瞳に、“孤独”の影が差し込んだ気がした。


母子の共鳴が強まり、フェニックスの光が鮮烈に輝いた。

二つの魂が響き合い、その光の奔流は、まるで温かな翼のようにはばたいた。

光がアリアの歌声を打ち消し、その場に立ち尽くすアリアの瞳に、

ほんの一瞬、完璧に整ったその仮面に、“驚き”という名のひびが入ったように見えた。


フェニックス・コードと親子の絆によって、魂の再生は成功した。

しかし、室内はまだ異様な静寂に包まれたままだった。


「……あら、これは……」


驚愕と共に揺れる彼女の瞳――だが、次の瞬間にはもう、微笑が戻っていた。

「ふふ……どうやら、わたくしの“調律”が甘うございました」

「――けれど、次はこうはいきませんことよ?」

氷室へとすっと視線を滑らせ、その声は、音よりも冷たく優雅に響いた。


(……!)

(まだ……終わっていない……!?)

俺が一歩前に出ようとした瞬間、氷室が俺の肩に手をかけ、前に出た。


「私に何か用?」

表情を崩さず冷静に問いかける氷室に、アリアは愉悦に満ちた表情を浮かべる。


「ええ、あなたも、あの親子と同じく“狂った旋律”をお持ちのようですもの」

「狂った……?」

氷室が微かに眉をひそめる。


「ええ、“混じり合う旋律”……異質な“音色”が交じり合っている。

それは、まるで魂の“色”が二つ重なっているかのように」

氷室のまなざしが、わずかに揺れる。普段見せない、感情の揺らぎ――。


表情を一瞬だけ曇らせたが、氷室はすぐに凛とした瞳でアリアを見据えた。

「……そういうあなたも、異質な存在のようだけど?」


アリアはわざとらしく肩をすくめ、優雅に微笑む。

「さあ、どうかしら?」


氷室が胸元のシェル・フェンリルに手をかざすと、それは淡く青白く光る──かに見えたが、直後に“拒絶するように”光が消えた。

氷室の瞳が一瞬だけ見開かれる。

氷室はアリアを見すえたまま口を開いた。

「妨害、してるのね…。わたしの魂の周波数に同調しているのかしら?」


アリアは手を朱色の口元に当て、わざとらしく笑った。

「まあ……“シェル”も使えないのですね?

まるで、音感を失ったピアニストのよう。なんてお可哀想な」

そのまま手を腰まで下げ優雅に一礼し、一歩、また一歩と近づいてくる。


俺の額に汗が滲む。

(どうする……?このままでは――)

この状況では、シェル・フェニックスも起動できるかはわからない。しかし――

(アリアの魂に触れる! いちかばちか…、やってみるしかない!)

氷室は少し肩を震わせて後ずさり、俺は氷室の前に進み出た。

後ろから氷室の息遣いが聞こえる。

俺は覚悟を決め、仄かに光るシェル・フェニックスに手をかかげようとした。

その瞬間だった――。


突然、重い音を立ててドアが開く。


ギィィ――と軋む音が、異様な沈黙を裂いた。

ドアが軋む音と共に、無言の巨影が入り込む。

その瞬間、空気が一変した。

その人物は、両手首に光る腕輪を装着し、歩くにつれ、その光が尾のような残像を空間に刻む。

黒い革のジャケットをまとい、まるで物言わぬ彫刻のように無表情だった。

しかし、獅堂の、その圧倒的な存在感が、室内の空気を一瞬で変えた。


後ろにいる氷室が思わず息を呑む。

アリアは、少しだけ唇を歪めて笑った。

「……まあ、相変わらず、なんて無粋な登場ですこと」

「……」

獅堂は一言も発さないまま、ただじっとアリアを睨みつける。

その鋭い眼差しに、アリアの笑顔がわずかに崩れた。


「消えろ」


獅堂が一言、低く言い放つ。

その瞬間、右腕に刻まれたシェルが燃え上がり、獅堂の右腕がらせん状の炎をまとう。

「イフリート・コード、アクティベート」

「……」

「煉」

「獄」

「葬」

その三文字が、獅堂の口から低く静かに放たれた瞬間――

炎が獅堂の腕から奔流のように噴き出し、アリアを包み込んだ。

(獅堂さんの“コード“。炎は全く熱さを感じない…。観念的なものなのか?)


だが――。

彼女の姿は、燃え盛る焔の中でも微動だにせず、まるで“そこにない”かのように影すら揺れていなかった。

「……あら、こんなに激しく燃え上がっているのに、私の心を暖めるには足りませんわ」

炎が徐々に薄れ、残り火に照らされたアリアの姿が怪しく浮かび上がる。

獅堂が、わずかに眉をひそめた。


「おかしいわね。あなたの炎は、わたくしの“魂”を焼いたはずなのに。

――私には効かないなんて」

アリアはまるでからかうように、優雅にくすりと笑った。

獅堂は表情を変えず、もう一つの“シェル”、左腕にあるそれを胸の前にかかげ、

腰を低くかがめた。


「さて、今宵の宴は、これでおしまいですわ」

アリアはふっと肩をすくめ、優雅に一礼した。


「氷室さん、また“お誘い”いたしますわ。

次は、無粋な“カルテット”よりも、優美な“デュオ”、一緒に踊ってくださるかしら」

「それと――皇さん。次に会いする時には、もっと“深い音色”を聴かせてくださいね」

「それでは、みなさま、またどこかでお会いしましょう」

アリアの別れの挨拶は、あくまでも優雅だった。

次の瞬間、微笑みを湛えたアリアの姿がふっとかき消されるように消失した。


空間の歪みが解けた瞬間、空気が“現実”を思い出したかのように流れ始める。


『ソウル・リンク、復旧しました。システムチェック、正常です』

このアスティの報告が、俺たちが現実へ回帰したことを実感させてくれた。


そして、まるで、張りつめていた冷気がようやく溶けたように――

氷室が小さく息をつき、獅堂に向かって問いかけた。

「獅堂さん、どうしてここに……?」

獅堂は無言で少しだけ視線をずらし、俺を一瞥する。

「任務だ。礼なら桐島に言え」

獅堂はそのごつい手で俺の肩をドンと叩くと、ゆっくりと部屋を後にした。

その無言の一撃に、なぜか心の奥がほんの少しだけ、あたたかくなった。

(なんだか、獅堂さんにほめられたような気が…)


氷室と俺は互いに視線を交わし、深く、深く安堵の息をついた。

「助かったわね」

「……それにしても、彼って、ほんとに無口ね」

氷室がようやく、少しだけ微笑む。

「本当に……獅堂さんが来てくれなければどうなっていたか」

俺もようやく肩の力を抜き、部屋を見渡した。


坂下は母の手を握りしめたまま、涙をこぼしている。


(何とか……乗り越えたが、アリアはまた現れるだろう)

――その時、俺たちは…

いや、俺はもう、ただの営業マンじゃない。魂に触れた以上――その責任を背負っていく。

俺はもう、逃げない。たとえそれが、この世界の“裏側”すら相手にすることになっても――。


そして、室内にようやく穏やかな空気が戻りつつあった。

小さな花が咲くように。

その空気は、確かに“未来”へと続いていた。


【第5話 “胎動” ―Quickening Shadows―】

【エピソード⑧「困難な道でも、必ず“花”は咲く」】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ