第1話 プロローグ ― Reincarnation Business ― エピソード①「“転生保険”」
――20XX年秋
「皇律、大丈夫。私たちがやるべきことは、もう決まってる」
古く瀟洒な佇まいの邸宅。その大きな両開きの門前にて。
隣に立つ氷室紗綾の声は静かで、それでいて凛と響いた。
(…珍しいな。いつもは「皇君」なのに)
少し気になって、そっと視線を向ける。
彼女はいつものように落ち着いた表情で正面を見つめ、微かに微笑んだように見えた。
漆黒のタイトスーツ、一つ結びの長い髪。
秋のやさしい風が髪をなでるたびに、ふわりと揺れる。
彫刻みたいに整った顔立ちに、肌は透き通るように白い。
(でも…、それよりも彼女の瞳だ)
淡いヘーゼル。
光を湛えたその色は、冷たいというよりはむしろ…。
俺は軽く笑い、ネクタイに手をかける。
「……まあ、それはそうですね」
(考え過ぎか…)
癖でネクタイを緩めかけた手を止めた。
これからくぐる屋敷の門を見上げた。
(ふー、いよいよだな…)
なぜここに俺がいるのか?
ここで何をしようとしているのか?
そして将来、何を成すのか?
そうだな、まずは、少し前の話から始めよう。
「さて、皇君。転生保険の基本は頭に入ってる?」
エターナルライフ保険株式会社
通称 “エリック“:ELIC (Eternal Life Insurance Company)
営業本部 セールスタスクフォース部
ミッションルーム
俺と氷室は”ミッションルーム”中央に置かれた円卓型のスマートディスプレイを挟み、向かい合って座っていた。
氷室さんは俺の”メンター”である。
つまり、俺の職場――営業本部 セールスタスクフォース部の先輩で、俺の指導者・助言者としてアサインされた女性だ。
パッと見は、つい見とれてしまうほどの美人だが、
殆ど表情を見せないし、何を考えているのかわからない人でもある。
完璧主義で論理的な思考の持ち主。
俺にとっては、正直、少々苦手なタイプとも言える。
この円卓型のスマートデスクの中央には、ホログラムディスプレイが仕込まれていて、目の前には、一枚の契約書を持つホログラムの少女が浮かぶ。
光沢のあるぴったりとしたワンピースに身を包んだ彼女が少し動くと、光の粒子が舞う。
これと、少し透けて背後の白とグレー基調の壁が見えることを除けば、まるで本物の少女が宙に浮いているように錯覚しそうだ。
「もちろんです。“異世界転生”をサポートする生命保険の一種」
「だから、通常の生命保険とは違って、“死後”の保証があるわけですね」
「正解。でも、あなたが売るのはただの“保険”じゃない。“人生”よ」
氷室の目が鋭くなる。俺は無意識に姿勢を正し、目の前の資料に視線を向ける。
(…そう、それこそが俺の仕事だ)
「今回の案件は、第二営業部からの移管案件。
クライアントは玲奈・フィッツジェラルド。19歳。
既に余命1か月と診断されているわ」
「現代の医療技術でも治療は困難。転生保険の契約を希望しているけど…」
「第二営業部で手に負えなくなって、うちに回ってきたと?」
「そういうことになるわね」
「一見、それほど難しい案件には見えませんが…」
「アスティ、玲奈さんのブリーフィングシートも見せて」
『承知しました』
温かみのある、AIらしくない人間のような声。まだ少し慣れない。
アスティと呼ばれたホログラムの少女は、うちの優秀なAIアシスタントだ。
その最新型AIとしての情報収集・整理能力はもちろん、よく気が利くし、みんなが頼りにする、チームの潤滑油的存在でもある。
彼女は俺の方にくるりと回ると、もう1枚の書類を掲げる仕草をした。
覗き込むように彼女が掲げた書類に目をやり、概要をなぞった。
「家族の反対があると」
「ええ。父親は肯定…。けど、母親が強硬に反対しているわ」
「この案件が難しくなってる理由…。
母親が契約に反対する理由は、“転生に対する拒否感”だけではないと?」
氷室は軽くうなずいた。
「“転生保険を契約したら、今を生きる意志を失うのでは?”と考えているみたいね」
(なるほど、母親の気持ちを考えたら、当然のことかもしれない…)
「確かに、普通の感覚ならそう思いますよね…。」
「でも、玲奈さんにとっては“次の人生への希望”でもある…。
問題は、どうやってその…“ジレンマ”を解決するか、ね」
…俺は眉を寄せた。
「ちなみに、転生の希望理由は?」
「亡くなった恋人と再会したいから」
(……そっか。…それは強いな)
顎に手を当て、考え込む。
「ただし、彼女の恋人、直哉さんは亡くなる前に、
“弊社の”転生保険に加入していたわ」
「だだし?」
氷室が契約書の一点を指で示した。
「ELICは転生先の詳細は、本人以外に開示できない」
…確かそうだったな。俺は軽く舌打ちする。
「うちと契約してる異世界は一つだから…」
「同じ世界に行けることは、確実。
――でも、恋人と再会できる保証はない、と」
「その通り。それが、今回の案件の難しさよ」
俺は少しの間、黙った。
(…確かに、母親が反対する気持ちもわかる)
しかも、転生しても確実に恋人と再会できるわけじゃない。
だが、それでも彼女は”転生”を望んでいる。
「…彼女が“生きる理由”をどう定義しているか、がこの案件のカギ、ですね」
氷室は無言で頷いた。
「“異世界転生保険”が、彼女の今を生きる力になるか、それとも諦めに繋がるのか……」
「そうね。それを決めるのは、私たちの言葉次第、ということになるかもね」
――ゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
つまり、営業と言っても、ただ契約を取ればいいって話じゃない。
(これは……彼女の“魂を左右する”商談だ)
俺は目を開き、屋敷の前の現実へと意識を戻した――
――氷室はそのヘーゼルの瞳で、静かに俺を見つめていた。
「……どう? 状況は整理できた?」
「ええ、完璧に」
「初めての“主担当”、ね」
「あなたなら…、彼女の道筋を照らすことが出来ると信じてるわ」
(…ああ、そのつもりだ)
皇は軽く深呼吸をして、屋敷の扉へと歩み寄る。
「さあ、行きましょう」
氷室が静かに呼び鈴を押す。
この扉の向こうで、玲奈と家族の“未来”が決まる。
そう。これは、ただの営業じゃない。
これは、人の“魂を左右する”商談だ。
……こうして、俺の“異世界転生保険営業”が始まった。
次回。
【第1話 プロローグ―Reincarnation Business―】
【エピソード②「彼がいる”世界”へ」】
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