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異世界転生売ります!会社を追放された俺は、営業無双で異世界をも救う  作者: 猫屋敷 むぎ
《現実世界編》 異世界転生売ります ―Re:Birth Business on Sale― ~希望を紡ぐ、魂の残響~
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第5話 “胎動” ― Quickening Shadows ― エピソード③「“アリア“」

――東京都港区 麻布十番


古民家カフェの引き戸を閉め、表へ出ると、街は夕陽に照らされ、石畳に影が伸びていた。

少し風が吹くと、もう肌寒さを感じる季節だ。

ふと寒さ――いや冷たいものを感じ、コートの襟を立てる。


「……!」

その瞬間――世界が一瞬、色を失った。

モノクロームの景色の中、ピンッと張り詰めた糸が切れ、すべての音が吸い込まれる――そんな感覚。

風が止み、静寂があたりを包んだ。


「――今すぐに奏でたくなるような…。すばらしい“調律”でしたわ」


静寂の中立ち上がる“旋律”を奏でるような声が響く。

まるで、ホールで演奏が始まった瞬間に居合わせたような錯覚を覚えた。


その声に、吸い込まれるようにふり返ると――

石畳の先に、夕焼けの街角に溶けるような真紅のドレスを揺らす女がひとり――優雅に佇んでいる。


まるで演奏会の舞台袖から、静かに歩み出てきたようなその姿に、思わず息を呑んだ。

実際、場違いな服装だが、不思議と違和感を感じない。


朱色の口元に静かな笑みを浮かべ、見つめるガーネットのような瞳。

表情からは、その詩的なセリフと裏腹に、全く感情を読み取れなかった。


笑みを浮かべたまま、その口元が開いた。

「初めまして。わたくし、“アリア”と申しますの」

「少しだけ、ご挨拶をと思いまして」

(誰だ…。 ご挨拶…だと?)


「“魂の奏者”…!」

…氷室が小さくつぶやくその声は、わずかに震えていた。

(この女が、風祭の言う“魂の奏者”――なのか!?)


とっさに、隣にいた氷室の前に、一歩出る。

後ろから氷室の息遣いが聞こえ、自分の鼓動が早くなるのを感じた。

“アリア”と名乗った女は、一瞬だけ氷室に視線を向け、口に手を当てくすくすと笑った。

「どうかご安心を。今日はあなたへの“お誘い”ではありませんわ」


「ただ、そちらの殿方。ええ……あなたに興味を持っただけ」

俺を見つめる澄んだワインにも似た瞳の奥に、見透かすような光が宿っている。


「あなたの、魂の“調律”……、拝見させていただきましたわ」

「ふふ、随分と独創的なスタイルですこと」


「……あれが、魂の“調律”だっていうのか?」

自分の言葉に、自分で戸惑いながら、口をついて出た。


「ええ。あまりに人間らしすぎて、わたくし、思わず見惚れてしまいましたわ」

(人間らしい?)


そしてその眼差しを、カフェに一瞬向け、続ける。

「あの殿方の魂は、ずっと“死”を求めてましたのに……」

「あなたの“タッチ”で、少しだけ、“旋律”が変わりましたの」

(調律…? タッチ、旋律…。いったいこの女は何を言っているんだ)


アリアは、宙に残された何かをなぞるように指先を描いた。

その形を中心に、空気が微細に震えるのを感じる。


「なるほど……。それが、あなたの“調律”なのですわね?」

「ふふ、言葉で“魂に触れる”なんて。なかなか大胆な方」

くすくすと笑いながらも、アリアの声はどこか冷たい。


「ですが、ひとつだけ、お忘れなく」

「“旋律”を変えたからといって、“譜面”を書き換えたことにはなりませんの」

「あなたが触れたのは、あの殿方の魂の一部に過ぎませんわ。

――“譜面”の、“死”という“終止符”は、まだ変わっておりませんのよ」

それは優雅だが、明確に――牽制の言葉だった。


「――それでも、ほんの少しでも変えられたなら、決して無意味じゃない」

そう言った自分の声は、なぜか、意外なほど確信に満ちていた。


――次の瞬間。

カフェのドアが開いた。

山のような影が姿を現し、数ブロック先のアリアへ突進する。

…まるで地響きのように、足元から圧力が伝わってきた。


――獅堂!

その両腕の“シェル”は既に淡い光を放ち、静寂の街角に軌跡を描く。


アリアは、焦る様子など微塵も見せず、そのドレスの長袖をひらめかせ優雅に手を差し上げる。

そして、朱色の口に指を当てて言った。

「あら。無粋な方ですわね。いらしたのは存じておりました、けれど」

そして、微笑んだまま、彼女は踵を返す。

「どうか、お気をつけて。――この幻想曲、まだ序章ですもの…。」

「あなたが奏でる次の“旋律”、楽しみにしておりますわ――」


一瞬だけ足を止めて、朱色の笑みを残す。

「そう……奏でる者は、最後まで責任を持たなくてはなりませんのよ?」


風もなく、足音もなく。

声の残響だけを残して、まるで夕陽に溶けるように、その姿はかき消えた。


――アリアを追おうとした獅堂が立ち止まると同時に、街のざわめきが戻る。


「奴らだ」

獅堂の短い言葉に氷室が続けた――その声は少しだけ震えているように感じた。

「ノクターン…。“魂の奏者”、アリア……。」


(“ノクターン”――今日、聞くのは三度目だ。)

(名前だけが、じわじわと体に染み込んでくる。何か、嫌な感じだ……。)


俺たちは、しばらく夕暮れの街角に立ち尽くす――

アリアの残した“旋律”が、まだ耳の奥で微かに響いていた。



――ELIC本社へと向かうSUV車中。


自動運転のSUVが、麻布十番の夜道を滑るように進む。

運転席の獅堂は無言のまま。後部座席の俺と氷室も、しばらく言葉を交わさなかった。

車内には、控えめなジャズが静かに流れているだけだった。

ナンバーは「Round Midnight」。

俺の中で、アリアの眼差しがまだ、記憶のどこかで燃えていた。


ふと、耳の奥にあの声がよみがえる。

「旋律を奏でる者は、最後まで責任を持たなくてはなりませんのよ――?」

その言葉に、胸の奥がほんの少しだけ、ざわついた。


やがて、芝公園から首都高に入ると、自動運転モードはさらに滑らかさを増し、SUVは緩やかにレーンを駆け上がっていく。

ノスタルジックな東京タワーのライトアップが、窓の端を一瞬かすめた。


レインボーブリッジを渡り、湾岸線へ。

ビル壁面にはホログラム広告が踊り、情報の帯が空中を駆け抜けていく。

東京の夜景が、目に見えぬ速度で未来の輪郭を塗り替えているようだった。


「氷室さん、さっきの“ノクターン”って、何なんです?」

重い空気を振り払うように、切り出した俺の言葉に、氷室は少し視線を落とした。

「……そうね。私も全部把握してるわけじゃないけれど…」


氷室は窓の外に視線を移しながら、わずかに眉を寄せる。

「ELICの異世界転生ビジネスを巡って、いくつかの反対勢力があるの。その中でも“組織”、“ノクターン”は、最も厄介で、危険な存在よ」

「反対勢力って――要するに、異世界転生に反対している?」

「そういうわけじゃないの。むしろ、彼らは“異世界転生”を利用している」

「特に、魂に“干渉する技術”を持っている組織は限られているから、その中でも“ノクターン”は突出しているわ」


皇がさらに質問しようとした瞬間、獅堂が低い声で“ぼそり”と口を開いた。

「魂狩り…、彼らはそう呼ばれている」

「魂狩り?――魂を…狩る?」


「……」

獅堂はそれきり黙ってしまい、氷室が言葉をつないだ。

「“ノクターン”は、異世界で転生者や異世界人の魂を奪っている、という話もあるの」

「それって――なんでそんなことを?」

氷室は少し眉を寄せ答えた。

「まだ情報が少なすぎるわ…」

「ただ、さっきの女、“アリア”は、今回のクライアント――坂下透を狙っていたのは確かね」

さっきの、妖艶だが、どこか無機質なアリアの姿を思い出す。


「それと、今回は“お誘い”ではないって…なんです?」


氷室の声が、車内に流れる「In a Sentimental Mood」の旋律に溶けるように重なる。

「――わたし、過去に“魂の奏者”と接触したことがあるの」

「……!」


クスクスと笑いながら「“お誘い”ではない」と言った、あのアリアの口元が

――脳裏に、鮮明に、赤く浮かび上がった。


しばらくの沈黙。

「――まさかとは思いますが、“組織”に勧誘された、とか?」

「違うわ。あの時は、ふいに現れ、軽く背中を触れられただけ。

彼女の“お誘い”の意味はわからないけど、わたしに興味があるのは間違いないわね」

(氷室さん、平静を装ってるけど、内心では動揺しているんだろう……。

――それにしても、あの女の目的は…何だ?)


やがて、湾岸線からお台場ランプを南に取ると、青白い光をまとった巨大な橋が現れる。

――ノースゲートブリッジ。

東京湾メガフロートと本土を繋ぐ連絡橋であり、新東京区をぐるりと囲う東京湾中央環状線の、北の起点でもある。


そして、夜の海の向こうに――“ネオトーキョー”、第24行政区・新東京区の全容が浮かび上がる。


それはまるで、夜の海に現れる蜃気楼。

中央にそびえる尖塔〈セントラル・スパイン〉を核としたビル群の光が海面に映り、都市全体が海上に静かに浮遊しているかのように見える。


ノースゲートブリッジは、複数の浮体が緩やかに連結された構造だ。

そのため、吊り橋のように視界を遮るものはなく、SUVは夜の海上に続く光の道を、滑るように進んでいく。


その感覚は――

地上から切り離され、空に浮かぶ都市へと向かっていく

――現実と幻想の境界線を越えていくような錯覚を覚えた。


流れる曲は1970年代のフュージョン「A Remark You Made」に変わり、静かにゆらめく旋律が、夜の海と都市の輪郭をなぞるように響く。


氷室は話題を変えた。

「ところで、彼女の言葉にあった“旋律”や“譜面”――

あれは、おそらく魂の状態を指しているのだと思う」

「魂の状態…?」


「ええ。“旋律”の乱れは、不安定な精神状態。“譜面”の歪みは、魂が本来の形を失っている――そんなふうに」

「……魂の形を“譜面”と捉えているなら――彼らは、その“譜面”を書き換えているのかもしれない」

「皇君のやり方は、相手の“魂”に“言葉”で触れて、自発的な変化に寄り添うもの。

でも、彼らのやり方は、“魂”を強制的に改造し、利用するものなのかも…」

氷室の声には、どこか確信めいたものを感じた。


「”魂”の改造……。それって、坂下さんの“自殺願望”も?」

氷室は無言のまま、少しだけ頷いた。


「……可能性はある。でも現時点で断定は出来ない」

「オフィスに戻ったら、アスティにも確認を取りましょう」

「そう…だな。了解した」


獅堂は前から視線を動かさずに、一言だけ付け加えた。

「…。気をつけろ。奴らを甘く見るな」


ノースゲートランプで降り、北側のビジネス区に入ると、煌めくビル群の中にひときわ威容を放つビルが見えて来る。

それは――エターナルライフ保険株式会社(ELIC)本社ビル、”エターナルタワー”。

地上70階。

流線形に複数の螺旋が絡み合い、交差しながら立ち上がるその構造は、周囲のビル群を圧倒しながら、空へと祈るように伸びている。

“魂の塔”――この世界と、次の世界とを結ぶ、境界の塔のようだった。


次回。

【第5話 “胎動” ―Quickening Shadows―】

【エピソード④ 「“ノクターン”」】

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