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異世界転生売ります!会社を追放された俺は、営業無双で異世界をも救う  作者: 猫屋敷 むぎ
《現実世界編》 異世界転生売ります ―Re:Birth Business on Sale― ~希望を紡ぐ、魂の残響~
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第5話 “胎動” ― Quickening Shadows ― エピソード②「“自嘲と諦め”の狭間で」

桐島の映像がすっと消え、代わりにアスティのホログラムが小さくぴょこっと現れる。

『皆さんのホロタブに詳細情報を送りました』

『各自、ご確認ください』


【クライアント名:坂下 透(さかした とおる)

【年齢:38歳/元・広告代理店勤務】

【魂容量(Soul Capacity):S(超高容量)】

【申請内容:異世界転生保険(一般プラン)希望】


「魂容量……S」

「滅多なことでは出会わないわね。正常値はA~Dの範囲。Sは100万人に一人よ」

氷室が眉をわずかにひそめる。

俺は書類を見ながら、軽く頷いた。


その時だった。

『皇、氷室、少し時間をくれ』

突然、風祭の低いトーンの声が、シェル・リンク越しに脳裏に響いた。

(風祭か…? あの彼からの通信?)

実際これまで、“隠密”担当の彼との接点は殆ど無かった。


氷室が「どうしたの?」と短く聞く。

『坂下透の案件、内偵を進めていたが、半年前に“組織”との接触を確認』

「やっぱり、彼らがかんでる…?」

氷室が一瞬息を呑む。


――風祭は一呼吸置いて続けた。

『もう一つ。“魂の奏者”が動いているようだ』

「ノクターンのエージェント、“魂の奏者”…」

氷室はそれ以上何も言わずに口をつぐむが、表情がわずかに強張っている。

(エージェント?魂の奏者?)

(氷室さんでも、反応するのか…。それほど危険な存在なのか?)


風祭の声が続いた。

『詳細は不明。だが、”魂の奏者”は“魂”に干渉する力を持つと言われている。特に氷室、お前とは相性が悪い。接触は避けるべきだ』

『念のため、獅堂にも連絡済だ』

「……了解。ありがとう、風祭君…」


『…俺は内偵を続ける。皇…、もしもの時は氷室を頼んだぞ』

(……!)

その瞬間、心臓が跳ねた。

氷室にそっと視線を移すと、目を伏せたまま、少し肩を震わせているように見えた。


しかし――俺は――一瞬だけ、答えに逡巡してしまう。


(氷室さんを…守る!?)

正直、これまで、この仕事の危険性なんて殆ど意識していなかった…。

魂に干渉する――そんな相手と対峙するだって?

俺には、銃も剣も、特別な能力もない。”ただの人間”だ。

命も魂も賭けて守るなんて――そんな自信、正直どこにもない。

だけど……それでも、人が傷つくのを、ただ見てるだけなんて、…できない。

(氷室さんはいつも前を向いてる。誰よりも冷静で、強くあろうとしてる――)

だからこそ、俺が支えなきゃいけない。誰より近くでだ…。


(そう――彼女は俺の“バディ”だ)

ただの同僚じゃない。信頼を背負い、覚悟を並べて戦う存在――俺がそう“選んだ”。


だからこそ、この言葉に、俺のすべてを込める。


「――ああ、俺が引き受ける。何があっても、氷室さんは俺が守る」

俺が答えを出すと――風祭からの通信が切れた。


氷室はそのヘーゼルの瞳を上げ、視線が交差した。

そして、ほんのわずかに――その瞳が揺れた。

しかし次の瞬間、氷室は静かに目を伏せ、呼吸を整えるように一つ、息を吐いた。


そして、ゆっくりと頷く。

「まずは坂下透本人に会って確認ね」

「了解」


――ホロタブから顔を上げ、神楽がぼやく。

「しっかし~。せっかくの穏やかなランチだったのにな~」

「“魂容量S”で“非正規刻印”って……もう、特務というか……完全に事件レベルなんですけど?」

「も~、急に重ためミッションとか、そういうのはランチのあとにしないでよね~」

片手にスムージー、もう片手にこぶしを握り締めると、ソファで反動を付け、跳ねるように立ち上がる。


「ま、いつものことっしょ?」

水無瀬が、残りのトマトとモッツァレラのサンドをほおばりながら、のんびり言う。


「確かに~。でも、これ以上“魂の変なやつ”が増えたら、もうパニックじゃん?」

「……どっちにしても、気を引き締めていきましょう」

氷室が静かに言い、神楽は「はーい」と気楽に返事した。


(こういう時でも、変わらないのが神楽らしいか…)

この安定感。

獅堂さんとは、違った意味で安心させてくれるのが、”神楽ひなた”なんだよな…。


水無瀬は食べ終わったサンドイッチの紙を丁寧に畳みながら、柔らかく笑った。

「ん~、それでも……皇さんなら、なんか、大丈夫な気がするよ?」

「え、なんで俺限定?」

「うん、だって、魂の声に一番“触れられる”人って、皇さんだもん」


俺は思わず、その言葉の意味を反芻していた。

(……魂の声、か)

……もし本当に、そんなものがあるなら――

俺に、それを聞き取れるだけの覚悟があるか、試されてる気がした。


氷室がわずかに横目でこちらを見る。

「……ええ。だからこそ、主担当を任せられたってことね」


皇は一度深く息を吸い込み、ゆっくりと立ち上がる。

「了解。……じゃあ、行ってくる」

静かな決意を込め、言った。

氷室も、小さく、それでいて力強くうなずき、俺に続く。


『アポイント取れました。東京都港区 麻布十番です』

アスティの小さなホログラムがにこにこと手を振り、すっと消える。



東京都港区 麻布十番。


大黒坂から少し入った、風情ある石畳の坂道を抜けた先、住宅街にひっそりと佇む古民家カフェ。

俺と氷室は、坂下透との面談のため、その小さな店を訪れていた。


店内は木の温もりが溢れ、天井近くの梁が落ち着いた雰囲気を醸し出す。

控えめなジャズが流れるなか、煎れたてのコーヒーの香りが漂っていた。


入口にほど近い、カウンターの裏側の席には、獅堂がいた。

ホロタブを片手に、プロテインボトルではなく、コーヒーを口にしている。

スーツを着て、周囲に溶け込んでいるようだが、その背筋の盛り上がりは隠せない。


(獅堂さんって、コーヒーも飲むんだな…)

少し驚いて、つい場違いなことを考えてしまう。


獅堂が目だけ動かし、ちらりとこちらを見る。

俺と氷室は、軽く目配せをし、そのまま店内へ進んだ。


奥の窓際席、背筋を丸めて座る男がひとり。

年齢は三十代後半。

髪はやや伸びっぱなしで、スーツもどこか着崩れていた。

それでも、清潔感だけは失われていない。そんな妙な整い方をしていた。


魂の異常を感じさせる要素は、今のところ見当たらない。

(まずは、探ってみるか)


「坂下透さんですね。ELICの皇です。こちら、氷室です」

坂下はゆっくりと顔を上げる。

その目は、よどむと言うより、“空虚”を感じさせるものだった。

「ああ……はい。突然の連絡、少し驚きましたが…、来てくれて、ありがとうございます」

小さな声。

丁寧だが、何かを諦めきったような、乾いた響きだった。


「お時間をいただき、ありがとうございます。ご体調、今日は大丈夫ですか?」

氷室が事務的な様子で口を開くと、坂下は小さく笑って言った。

「体は……問題ないです。もう、死ぬような病気でもないですし――むしろ、元気すぎて困ってるくらいで」

冗談めいた口ぶりだったが、その笑いは決して明るくはない。

(自嘲と諦めの狭間で、誰かに“聞いてほしい”と願っているようだ)


メニューを閉じ、コーヒーだけを2人分、注文する。


「転生保険をご希望とのことですが……何かきっかけがあったんですか?」


坂下は少しだけ考えるように視線を伏せた。

「……きっかけ、ですか」

その声は、どこか遠くを見ているようだった。

「人生、一通り終わったなって思ったんですよ。もう十分生きたし、誰かに必要とされてるわけでもない。

――だったら、次の人生を選ぶのも……悪くないなって」


俺は黙って聞いた。

氷室はホロタブに何かを打ち込んでいる。


「以前、広告代理店で働いておられたとか」

「ええ。……仕事はそれなりに楽しかったですよ。でも、気づいたら家族も失くし、仕事も失くして――最後に、母親も施設に入ることになって」


坂下の視線が、窓の外の曇り空に向けられた。

「母は、俺のことも、もう――忘れてるみたいなんです。最後に行った時なんて、“どちら様でしたっけ”って。最後に母に会ってからだいぶ経ちます……」

その言葉に、氷室の指が止まる。


――沈黙が流れる。

ただ静かに、その沈黙を待った。

「……でもね、それでも俺、行っちゃうんですよ。施設に。

あんなに嫌われてたのに。子どもの頃からずっと、疎まれてたのに――

『あんたなんて、産まなきゃよかった』って何度も、何度も。

それも忘れてしまったと思いますけど……。

まあ、行ったところで結局、母の部屋までは行かないんですけどね……」


坂下は自嘲気味に笑う。

「だから思ったんです。もう、十分だって。せめて、今度生まれ変わったら、ちゃんと親に愛される人生を送りたい――それだけです」


ウェイトレスがコーヒーを二つテーブルに置いた。


俺は、軽く頭を下げ、静かにコーヒーを口にした。

苦味の奥に、少しだけ酸味が残るのを感じる。


ふいに、コーヒーの薫りとは別の気配がした。

小さな波紋のように、わずかに空気が揺れたような感覚――。


「……母が僕を覚えてなくても、会いに行っていいでしょうか?」

そして突然、坂下がぽつりと呟いた。


コーヒーには触れず、目を伏せていた氷室が思わず、顔を上げる。

「……?」

「いや……変ですよね。もう意味ないのに――

でも、なんか……最後に、ちゃんと“さよなら”を言いたいなって……。」


その言葉に、俺は微かに微笑んだ。


「……それは、“生きたい”ってことかもしれませんよ」


坂下が、一瞬、目を見開いた。その瞳に、一瞬だけ光が差した気がした。

「……え?」


「本当に諦めてる人は、“会いたい”なんて思わない。

もう一度、向き合いたいって思うのは――

まだ、自分の人生に何かを刻みたいって、そう思ってる証拠ではないでしょうか?」

坂下の視線が、ゆっくりと下へ落ちていく。

まるで、自分の中の想いを探すように。


「……そう、ですかね」

「はい」

俺は静かに、でもはっきりと答えた。


「“終わりたい”じゃなく、“変えたい”。そう思ったからこそ、ELICを選んでくれたんじゃないですか?」


坂下は、小さく息を吐いて、頷いた。

「――一度、会いに行ってもいいでしょうか。母に」

「ええ。もちろんです」

(坂下透の謎を解く鍵は、お母さんにあるかもしれない。)

氷室に目をやると、彼女は小さくうなずいた。



次回。

【第5話 “胎動” ―Quickening Shadows―】

【エピソード③ 「“アリア”」】

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