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異世界転生売ります!会社を追放された俺は、営業無双で異世界をも救う  作者: 猫屋敷 むぎ
《現実世界編》 異世界転生売ります ―Re:Birth Business on Sale― ~希望を紡ぐ、魂の残響~
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第4話 “想い”を運ぶ者 ― Bearer of Wishes ― エピソード②「“魂”の使い道」

――東京都・24区内 某高級住宅街


東京都内でも有数の高級住宅街。

落ち着いた色合いの石畳の道に、低層の重厚な住宅が並ぶ一角。

白川恭一郎の屋敷は、その中でも一際大きい和風建築だった。


しかし、門を抜けた瞬間、その“静けさ”に違和感を覚えた。

植栽は整っている……が、落ち葉がところどころ積もったままだ。

玄関ポーチの隅には、風で運ばれたのか、埃も積もっている。


「……なんだか、手入れされてるようで、されてないですね」

俺の呟きに、神楽が小声で返す。

「たぶん人の手じゃなくて、自動清掃ドローンとかで最低限って感じだね~」


インターホンを押すと、間もなく玄関ドアが開いた。

自動ではなく、手動の開閉音……。

そして中から現れたのは、アンドロイドのメイドではなく、本人だった。


「ようこそ、エターナルライフなんとかの諸君」

「ようやくお出ましかね」

白川恭一郎は、想像よりも背が高かった。

白髪をきちんと撫でつけ、黒のカーディガンにグレーのスラックス。

だが、その背筋はやや丸まり、目元には深いしわが刻まれていた。


「ご多忙のところありがとうございます、白川様。本日は貴重なお時間を頂き、誠に……」

氷室の挨拶が終わる前に、白川は片手を上げて制した。

「かしこまらんでいい。営業の挨拶なんて、聞き飽きとる」

「どうせ、“魂を売ってください”とでも言いに来たんだろ?」

言葉には痛烈な皮肉が混じっていたが、対照的に声は穏やかだった。


「ま、挨拶はこれぐらいにして、中へどうぞ」

「今さら掃除しても仕方ないが、まあ、椅子くらいは拭いてある」


(これはちょっと…難しそうな案件だな)

俺は、顔色一つ変えない氷室を横目に歩く。

「ねーねー、なんかさぁ…。このおじーさん、ちょっち感じ悪くない?」

神楽はと言えば、こんなふうに耳打ちするのを忘れるはずもない。

氷室が無言で神楽をにらむ。

俺は、少し考え事をしながら小さくつぶやいた。

「そう…だな」


――中に入ると、重厚だが古びた木の香りと、古い紙のような匂いが混じる。

家具はどれも高級品で、内装も美術館のように洗練されていた。

だが……。

「……生活感、ないねー」

神楽が小声で呟いたその通りだった。

テーブルの上には何も置かれておらず、下に敷かれたペルシャ絨毯にはうっすらと埃で白味がかっていた。

壁にかかるモダンアートも少し白味がかり、心なしか本来の色合いではないようだ。

そこには、誰かの“生活の痕跡”より、誰かが“いない時間”が濃く残っていた。


ソファに腰を下ろした白川は、顎の下で手を組み、じっとこちらを見つめる。

「さて。わざわざ三人も揃ってご苦労さんだが、最初にひとつ聞いておきたい」

「“どういう了見で、俺に転生を薦めようと思ったんだ?”」

神楽が何かを言いかけ、飲み込んだ。

(…「資料請求頂いたので~」とでも言いたげだな)


その一言に、氷室がやや前傾姿勢で答える。

「白川様のプロフィールと過去の問い合わせ記録、そして転生後における環境構築の可能性を総合的に検討したうえで、最適な転生プランをご提案できると判断しました」

「……つまり、まだ俺の魂は“使い道がある”って言いたいわけだな」

「はい。魂とは、人生の記録であり、未来の選択肢でもあります。お客様のために、いわば、“その再活用”を支援することが、我々の使命です」

瞬間、白川は明確に鼻で笑った。


「…使命ね。言い回しは立派だが、結局は“商売”だろ」

「死にかけた年寄りの魂に値札つけて、異世界で“やり直せ”だと?」

「だとしたら、ずいぶんと甘っちょろい世の中になったもんだ」


たまり兼ねたか、神楽が横から入る。

「まあまあ、“やり直し”じゃなくて、“次の人生の可能性”ってことですから~」

「白川さんみたいな人が異世界に行ったら、英雄になっちゃうとか……あるかもですよ?」

「お嬢ちゃん、そういうのは若いやつに言ってやれ」

「俺にとっちゃ、“次の人生”なんて冗談にもならん」

ばっさりと切り捨てる言葉。

だが、その目は少し虚ろだ。


皇はまだ黙ったまま、白川の様子をじっと見ていた。

(…拒絶?いや、確かに言葉では強がっている)

(でも、この部屋も、この目も……なにかを、拒絶してるというより

――失っているように見える。)

ふと見ると、白川の手元が微かに震えているのに気づく。

それが病によるものなのか、心の揺らぎなによるものかは――まだわからなかった。


ソファに沈む白川の目は、まるで相手の“嘘”を暴くかのようだった。

その視線を正面から受けながら、氷室は背筋を伸ばして口を開く。

「白川様。先ほどのお言葉、承知しております」

「そのうえで、もう一度だけお聞かせください」

「……“魂の価値”とは、どこにあるとお考えですか?」

白川は、ふん、と鼻を鳴らした。

「価値ねぇ……。あえて言うなら“終わらせる”ことだな」

「人間、生きて、死んで、そこで終わりだ」

「ほら、あんたんとこの水無瀬博士、だったか?そいつも言ってただろう」

「“死だけは平等”、だったか」

「死があるから生に意味がある。それを“転生”だの“続き”だのと言い出すから、全部が曖昧になるのさ」

(水無瀬博士の言葉…。なんだかんだ白川さん、転生保険の資料を読み込んでるな…)


「……厳しいご意見です」

氷室は目を見開いたまま、瞬き一つせずに答えた。

「ただ、“終わりを受け入れること”も、“託すこと”も、魂の在り方だと私は思っています」

「“転生”、すなわち“魂の再利用”は、決して人生を“軽んじる”ことではありません」


白川は再び、ふん、と鼻を鳴らし、質問する。

「じゃあ聞くが、“俺の魂を再利用”して何をするってんだ?」

「俺みたいなもんが、異世界なんて得体の知れないとこで、何をなす?」

「それとも、誰かの盾にでもなるのか?」

氷室は、少し眉を上げ答えた。

「選ぶのはお客様です」

「白川様がどう生きるか、どう在りたいか、それを定義できるのはあなただけです」

「おいおい、これは何の勧誘だ?“選べ”と言いつつ、メニューは“転生”一択か?」


その皮肉に、神楽が静かに割って入る。

いつものような軽口ではない。

けれど、声には“空気を変える柔らかさ”があった。

「いえ、“選ばない自由”も、もちろん含まれてますよ」

「でも、選ばないことが後悔になるって場面、あるじゃないですか」

「……だから、せめて“一回だけ想像してみてください”って言いたくて」

白川の目が、わずかに細められる。

「想像、ねぇ……。何を?」

低い声だ。


神楽は笑わずに言う。

「もし、“もう一度だけ生きられる”としたら。それを希望に“今を生きる”としたら」

「そのとき、誰に何を伝えたいですか?」

「それがあるなら、私たちの仕事にも、少しだけ意味があると思うんですよね」


白川は、何も言わずに目を閉じた。

数秒の沈黙。

だが、それは決して“拒絶”の沈黙ではなかった。


氷室は、それを見逃さなかった。

「……“俺の魂に使い道などない”と、仰いました」

「ですが私は、魂の本質は、“誰かを想う気持ち”そのものだと信じています」

白川が、ゆっくりと目を開ける。

「想う気持ち、か……」

その口元に、ほんのわずかな揺らぎが見えた。


だが次の瞬間、それはかき消えた。

「……悪いが、俺にはもう、そんな気持ちは残っていないよ」

「家族にも迷惑をかけ、社員にも頭を下げさせて、残ったのは古びた家と老いぼれだけだ」

神楽が、短く息を呑んだ。

氷室も、一瞬だけ何かを言いかけたが、言葉にはならなかった。



“俺の魂に使い道はない”――そう言ったあの人の声は、どこか寂しそうだった。

その思いを誰かに届けたい。

届かなかったんじゃない。まだ――届いていないだけなんだから。


次回。

【第4話 “想い”を運ぶ者 ―Bearer of Wishes―】

【エピソード③「“心に残す”もの」】


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