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異世界転生売ります!会社を追放された俺は、営業無双で異世界をも救う  作者: 猫屋敷 むぎ
《現実世界編》 異世界転生売ります ―Re:Birth Business on Sale― ~希望を紡ぐ、魂の残響~
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第3話 プロローグ ― Trash Panda ― エピソード⑥「“トラッシュパンダ”」

三崎のアパートからの帰り道。

「さっきは、助かったわ」

隣を歩きながら、ぽつりと氷室はつぶやいた。

「あの写真立ての件、ですよね?」

「ええ。あのタイミングで、私だけじゃ気づけなかったかもしれない」

「差し出がましかったかも知れませんが」

「……」

氷室は俺の方を向くと、無言で首を軽く振り、再び正面を向く。

(怒ってはいない…、な)

秋風が、やさしく彼女の結んだ髪を揺らす。


(……それにしても、やっぱり氷室さん…、すごいな)

全てが理詰めの構成なのに、間違いなく“寄り添っている”。

俺のように感情で踏み込むのではなく、情報をもとに、冷静に最適な一言を選んでいた。


(あの一連のやり取り、普通なら”勘”と言われた時点で、G-MIBの医療データを使って反論してしまう。けど、氷室さんはそれをせず、まず相手の気持ちを受け止めた。相手の「勘」を否定せずに聞き入れることで、“この人は自分を理解してくれている”という安心感を与えたんだ)


「さっきの話、あえて反論しなかったのは意図的ですか?」

俺が問いかけると、氷室は足を止めかけ、わずかに首を傾けた。

少し間があってから、ふっと息をつくように答える。


「――そうね、意図的というより、その場で一番自然なやり方を選んだだけ」

「なるほど。確かに…」

俺がうなずくと、氷室はわずかに視線を落とし、再び歩き出す。


「あのタイミングで“医療データが正しい”と押し付けたら、彼女の感覚を否定することになる、ですね」

「そう。だから、まずは受け入れて、その上で少しずつ導く方がいいと思ったの」

氷室は淡々と語りながらも、軽く追いかけた俺が追いつくまで、歩調を少し緩めた。


「たしかに、“勘”って言われたら反論したくなるけど、相手にとってはそれがリアルですもんね」

「ええ。“感覚”を大切にしているクライアントには、その軸を尊重する方が効果的ね」

氷室は前を向いたまま、わずかにうなずく。


「そうですね。相手の軸を否定しないからこそ受け入れられる、ということですね」

俺の言葉に、氷室はわずかに目を細め、前を向いたままうなずいた。

「……皇君も、ちゃんと考えているのね」

その言葉に、一瞬だけ心臓が跳ねた。

氷室は言った後、自分でも気づいていないかもしれないが、ほんの少し視線をそらした。

そして、少しだけだが、彼女の口元が緩んだ気がする。

氷室は、彼女を観察していた俺を知ってか知らいでか、少し目を伏せ、一言付け加えた。

「……あ、別に深い意味はないわ」

「……」


(なるほど……。確かに、営業で大事なのは、結論を押し付けるんじゃなく、自然と顧客に“自分で答えを出す”ように誘導すること。そのためには、まず相手の感覚を否定せず、共感を示すことが重要になる)

氷室さんはデータと感情、両方をうまく使い分けて、あの場面に最適な言葉を選び出していた。

しかも、データを押し付けるのではなく、相手の心に”今”の大切さを気づかせるために、言葉を組み立てていたのだ。


(あくまで、論理と分析から導き出された言葉なのに、不思議と暖かさまで感じてしまう…)

(俺も、つい“正しさ”を押し付けてしまうことがある。顧客が本当に求めているのは、正論じゃなく、“自分の気持ちを理解してくれること”なのに。その上で、相手が自分で答えを出せるように手助けする。それが、氷室さんの“寄り添う営業”だ)


俺がやりたい営業とは違う。

でも、こうして学べることがあるのは、やっぱり嬉しいものだ。

(氷室さんのやり方をそのまま真似るつもりはない。でも、自分のスタイルを貫きつつも、もっと柔軟に顧客に寄り添う工夫を取り入れたい――そう思えた。

これからも、こうして一つずつ吸収していけば、もっと自分らしい仕事ができるはずだ。焦らず、確実に、だな)


ふと彼女の横顔に目を向けると、優しい秋の日差しを受けて、唇の端がわずかに緩んでいるように見えた。

普段は無表情な彼女の、ほんの一瞬の柔らかさ。

その横顔に、少しだけ驚きつつも、不思議と温かい気持ちが胸に広がった。

(氷室さんだって、ちゃんと“人の心”を見ているんだな……)

俺は、そんな思いをかみしめながら、黙って歩き続けた。




夕刻、オペレーションルームに戻った俺たちは、ミッションルームへ直行。

神楽も同席し、桐島部長への報告を兼ねた簡易ブリーフィングを終えたところだ。


ブリーフィング後、氷室は部長と部長室へ同行し、今はデスクで顔色一つ変えずに、ホログラムディスプレイに何かを打ち込んでいる。

俺はと言えば、自分の定位置もまだ曖昧な席に腰を下ろし、ようやく一息ついていた。



「ふぅ……」

「お疲れー、新人くん」

軽やかな声が背後から飛んできた。


振り返ると、恐らく獅堂から拝借したのであろうプロテインバー片手に、神楽が跳ねるように近づいてくる。

「ねーねー、どうだった?初めての現場同行」

神楽は腰をかがめて、俺の目線に合わせる。

(近い近い…。ほんと、距離感おかしい人だらけだな…。)


「……正直、見てるだけで精一杯でした」

「ふふーっ、それでいいと思うよ。最初は、見るのも立派な仕事だからね~♪」

神楽はそう言いながらも、仕事を続ける氷室をちらりと見て耳打ちする。

「でもさ、あの氷のさーやせんぱいがあそこまで話すのって珍しいよ?」

「え……?」

「うん、ちょっと嬉しそうだったしね。そもそも、あの人、感情で動くタイプじゃないから。言ってること全部、理屈で組み立ててるんですよ?なのに、あそこまで自然に“寄り添える”って……やっぱすごいよね~」

確かに、氷室の言葉には、一切の押し付けがなかった。

説得でもなく、論破でもなく……まさしく、“寄り添う営業”だった。

(……俺とはアプローチは違うが、本質は同じ……。)


そのとき、不意に中央のホログラムディスプレイにアスティが現れた。

『おかえりなさい、皇さん、氷室さん。ミッション完了、記録しました』

アスティの光沢のあるワンピースが、振り向くたびに揺れ、光の粒がふわりと広がる。

「ただいま、アスティ。記録ありがとう」

氷室が淡々と応じる。


アスティはふと、俺の方を向き、微笑んだ。

『初ミッション、お疲れさまでした。初日、100点満点ですねっ』

「いや、そんなに大したことしてないけど…」

(……そう、なのか?でも…)

「アスティ、ありがとう」

俺の言葉に、アスティがやさしく微笑む。

ほんの少し、気恥ずかしい。


でも、胸の奥にぽつりと、小さな灯が灯った気がした。

(人の“人生”に関わる仕事って、重い。けど……)

「……ここの仕事って、思ってたより、“面白い”ですね」

そう呟くと、腰をかがめたまま神楽がくすっと笑う。

そして、腰を伸ばし、片手にプロテインバーを持ったまま手を広げ、笑顔で宣言した。


「ようこそ、“トラッシュパンダ”へ」


そうだ……、ここが俺の“もう一度の人生”が紡がれる場所。

――ELIC 営業本部 セールスタスクフォース部、通称“トラッシュパンダ”だ。




その日の夜、一通のメールが届いた。氷室と俺宛だ。

俺はと言うと、ちょうどビールを片手に、思いにふけっているところだった。


差出人は……三崎真奈美。


『先ほど、祐介に手紙を書きました。


まだ渡せるかはわかりませんが、それだけで心が少し軽くなった気がします。

あと……不思議なんですが、今朝まで痛かった胸のあたりが、少し楽になってて。

気のせいかもしれませんけど……本当にまだ生きられるのかもしれない、と。


そう思ったら、このメールを書いていました。

次にいらしたときに、“転生”の契約、お願いしようと思います。

ちゃんと、“生きてやり遂げるため”に。

私の物語を、きちんと最後まで綴るために、選ぶ未来です。


今日は本当にありがとうございました。


三崎 真奈美』


皇はしばし画面を見つめ、そしてゆっくりと目を閉じた。

(……伝えること。それが、人を生かすことにもなるのかもしれないな)




2週間後の朝。

俺は、いつものように地下5階のドアを開け、相変わらずカオスなオフィスを横目にデスクへと向かった。


オフィスには誰も見当たらない。一番乗り、だな。

(まぁ、水無瀬あたりはラボで寝てるかもしれないが…、彼女はカウント外だ)

などと考えていると、中央のホログラムディスプレイにアスティがふわっと現れる。


そして、いつもより少し明るい声で告げた。

『皇さん、おはようございます。初めてご担当される案件が届きましたよ。』

「え、もう俺が主担当?これまでも同行案件は何件かこなしたけど…」

『さすがは、皇さんです』

アスティは、にっこりと微笑みながらぱちぱちと手をたたいた。

手が合わさり、音がするたびにホログラムの粒子がキラキラと舞う。


「ありがとう、アスティ」

『今回は、第二営業部からの移管案件です』

『クライアントは玲奈・フィッツジェラルド、22歳、女性。少し、難しい事情を含んでいるようです』

『資料を表示しますね』

「……了解。」

ようやく、俺が担当する案件だ…。

緩んでいたネクタイを締め直す。


「さて……次は、どんな“やり残し”に出会えるか」

そうつぶやくと、俺はホログラムに浮かび上がる資料を手に取った――。



――魂に導かれて。

現実世界と異世界を股にかけ、あれほどの“運命”に翻弄されることになるとは。

この時の俺は、まだ、知る由もなかった。


~異世界転生売ります!会社を追放された俺は、営業無双で異世界をも救う~

プロローグ 完。


次回。第一章 現実世界編

【第4話 “想い”を運ぶ者 ―Bearer of Wishes―】

【エピソード①「さまよう”魂”」】

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