ある下士官のちょっとした出来事
西暦は太陽系外に進出して、宇宙暦となった。
1光年を最速1時間で進む星間航路ワープは、人類を銀河に送り出し、惑星国家を形成した。
惑星国家のが増えるとは武力衝突を生み、相も変わらず戦争を繰り返しながら、人は生きている。
複数の惑星国家や衛星都市が集まったステラ惑星連合国。
連合軍は代表惑星ステラに士官学校、複数の惑星や衛星に兵学校がある。
ステラ惑星連合士官学校『次席』卒業。
上背のあるがっしりとした体格で、針金のようなアッシュグレー髪と、ダークグリーンの瞳のルクス・バーバリは笑顔で受け取った銀メダルをゴミ箱に捨てた。
「クソッ」
優秀と言われ続けて育った彼は、士官学校ではじめて挫折を経験した。
首席は、柔らかな金髪で、ブルーグレーの瞳、靭やかな細身の体格という、対極なベクトルに位置するシーザー・ヴァレリア。
士官学校の2年間1度も勝てないライバル。
シーザーも絶対に譲る気は無いと、バチバチだったというのも、彼の同室から聞いている。
(目の前で銀メダル捨てられる、メダルなしの四席の気持ちは、コイツにはわからないんだろうな)
同室も今日まで。
荒ぶるのも見納めと、思えば穏やかな気持ちで見ていられる。
褐色の髪と褐色の瞳の、アーサー・ウォルナットは達観していた。
ちなみに三席は首席と同室の奴だ。
今日は午後からは入隊式だ。
(コイツこの性格で、一番下の下士官でやっていけんのか?)
同期での卒業間近の雑談で、上位成績の者の大半が、結構イキってることに気が付き、アーサーは内心青ざめていた。
ステラ惑星連合軍は、艦隊戦が大好きで戦死者が多いのだ。
士官学校の教育がまずいんじゃないかと思う。
(長生きしたいなぁ)
それから2年。
出世の近道ではある前線で、首席と次席は既に宇宙の塵となり、アーサーは兵站部に所属している。
「アーサーちょっと聞きたいことあるんだが」
参謀本部付きの情報局に配属されてる同期、グエンが内密に声をかけてきた。
士官学校の成績は上位ではないが、バランス良く仕事ができるため気づけば同期で1番出世の速度が速い。
「エルム大佐の艦のこと」
新兵殺しのエルム。
突撃戦法で、艦の補修や乗換、砲兵や護衛機をすぐ補充させる。
勇猛だと一定の支持者が居るようだが、出費に見合う成果無しと兵站部では嫌われ者だ。
補充は数字だけの話でない。
「新兵はすぐ死ぬ。あと200くらいは準備しておけ」
と言われてぶん殴りたくなったという、話も聞いたことがある。
「あそこはいつも旗艦だけしか帰ってこないだろ?旗艦もボロボロで」
「弾薬もビーム砲のエネルギーも撃ち尽くして、旗艦のくせに単騎離脱で、配下の艦隊を置き去りにしているはずだが・・・」
「他に艦がないから証拠が無い・・・成績優秀な同輩も帰ってこなかった」
「それが、今回戻ってきたんだ。1日遅れで護衛艦が1隻。いい兵でも廻したのかと思って・・・」
「いや、特別に何も・・・艦長は?」
「同期五席のマリアン。ちょっと付き合ってくれ」
―――― ――――
「あら、情報局と兵站部がそろって何の御用?」
ショートの赤毛のマリアンは、軍部の個室に突然訪ねてきた同期を優雅に紅茶を飲んで出迎えた。
痛々しく首にコルセットが巻かれているが、怪我は無いようだ、
「紅茶でよければごちそうするわ。お座りにっなって」
マリアンはお嬢様である。
士官学校時代は軍人らしくしようとしていたが、染み付いたものは外れず、無理すんなと皆で説得して『お嬢様軍人』というキャラクターになった。
「上にはちゃんと報告したわ。疑惑を裏付ける戦場で何をしたのかを・・・最も、シーザーとルクスの事だから『オレに任せて先に行け』したんでしょうね。ホントにバカだわ」
二人なら確かにやりそうだ。
「マリアン」
しんみりした空気に、マリアンは小さな端末をテーブルに置いた。
「私の配下は困ったもので、戦闘記録を持ち込み機材で撮っていたのよ。ご覧になる?」
それは、エルム大佐の怒声で始まっていた。
敵艦隊の鶴翼の陣を中央突破する援護しろとの命令だ。
そうして1番強い兵装の旗艦が敵陣を突破する頃は、援護していた艦隊は壊滅するとういう常套手段だろう。
映り込む旗艦のクルーの目がすでに死んでいる。
「またコレだよこのオッサン。毎回勝てもしないくせにワンパターンだよな」
「突撃かっこいいオレとか思ってんだろ。敗走するなら被害なく、支援なしでやってみろハゲ」
撮影者の声が入る。
士官でなく、一般兵だ。
「オレはエルム艦隊3度生き残ってるが、旗艦の砲手じゃないのははじめてだ」
「噂には聞いてたけど、棺桶艦隊。お前は?」
「主砲ははじめてです」
「オレも副砲はじめて。ミサイルしかやったことのない」
「どこでも同じ、艦に向かってくるの迎撃してるか向こうに撃ち込むかの差だろ」
「ビーム当たっても弾かれて当たらないじゃないですか」
「狙うとこが違うからじゃね?されて嫌なことをするんだ。斉射し終えた砲台、物理とビームの連撃、戦闘機カタパルト、あとブリッジ」
「当たらなくてもブリッジ前は目眩ましになるから、相手の方の攻撃やりづらくなる、レーダーあるけど」
「耐久値超えるまで撃てばビームも通るけどな」
「耐久値いくつかわかんないです」
攻撃戦略室でヒソヒソと話されているの仕事を全うしての生還を諦めてない兵の声。
死を覚悟し押し黙ったマリアンに、声をかけたのは意外にも操舵士だった。
「艦長!生き残りましょう!」
二十代後半くらいで、兵役で召集された一般兵のようだ。
「航行路ぎりぎりを行けば、攻撃は一方向からは来ません。敵は、撃墜したかと思うかもしれませんし、航路の端には反発があるので滑るように加速して進めます」
宇宙には航行可能航路があり、航路を外れると圧縮されたり、吸い込まれるから危険と、教えられている。
「そんな戦法聞いたことがないわ。できるの?」
「できます。私は元星間レーサーです。艦の操舵は臆病で腰抜けだと言われましたが、端を逃げるのは得意です」
星間レーサーとは航路の端で行う小型船の賭けサーキットの選手だ。
「艦長!中央突破の援護にビーム砲でなく、ミサイル撃ち込んで、爆発を目眩ましにて潜りましょう」
砲手からも意見あがる。
「命令の援護もしたことになりますし、中央突破なら旗艦は前しか見てないはずですよ艦長」
オペレーターも声を上げる。
マリアンは顔を上げた。
「わかったわ。やってみましょう。こんなところで死ぬわけにはいかいないわ。皆、最善を尽くしなさい。よろしくて?」
そうして生還したのだ。
「敵艦下を主砲撃ちながら進んで、航行路の端を猛スピードで一周しながら、上からも砲撃するとか、初めてよ」
大きなトンネル状の航路にへばり付くように加速しながら周り、遠距離主砲で敵を全て航行不能にして生き残った記録だった。
「星間レーサーって他宇宙船との接触が危ないから航路の端を走ると思っていたよ。アレはそういう技術だったんだな。あの艦こんなスピード出せることに驚愕だ」
「それもだけど、ビーム砲やミサイルも撃ち方ヤケクソじみてるけど、主砲やばいな、この速度での移動で狙って航行不能にして無いか?」
「アーサーには無理ね。私も無理。Gが凄くてしがみつくのがやっとだったもの。鞭打ちで済んでよかったわ」
ふふふ。と、上品に笑うマリアン。
「やる気のある無能な味方が最大の敵ってやつか」
「私たちはそうならないように気をつけなくてはね。兵の若年化が進みすぎてる気がするわ」
「知ってる」
兵の不足を補おうと、軍部は13歳から兵学校に入れるようにする議題がある。
今でさえ17歳なのに、15歳で戦場に送り込もうとしているのだ。
(兵不足は知っている。でも人を数で見たく無いんだよね、オレは)
「マリアン、エルム大佐は懲戒に持っていく。協力感謝する」
(・・・グエンは、なんでここにオレを連れてきたのか)
「あと・・・無事、生還してよかった。これはお祝いだ。失礼する!」
ドアを開け損ねて肩を強打しながらグエンは部屋を出ていった。
マリアンがリボンの付いた小箱を開けると、ガラスケースに入った赤い薔薇の花。
HappyBirthdayと花弁に書いてある。
「プリザーブドフラワー。ありがとうと伝えておいて。あと、3本くらい持ってくればいいのにって」
「?わかった。じゃあ自分も失礼する」
「あなたは手土産ぐらい持ってきなさい」
連れてこられただけなのに、注意されるとはこれいかに。
後に、グエンが薔薇3本で告白したらしい。
(・・・そういうことか、あの野郎)
・・・仕事しよう。