6-ポケットゥワイス
今日はズノイモに向かう日である。
この日の為にある程度の準備は行った。
「では、行きますよ」
タチャーナの操るグミュントに乗ってズノイモへと向かう。
あっちで持って帰れるだけのサフィレットを買うためにお金も用意したし、あとは無事に着くだけだ。
移動というものは随分と退屈なものだ。
ズノイモまでは寂れているが、街道もありそこを淡々と進んでいくだけなので、すぐに飽きがきてしまう。
景色も同じような景色ではじめてのリグニッキャの外はそこまで楽しくもなかった。
これが3日続くと考えると憂鬱になる。
ゲームだからこそまだ楽しめた移動。ゲームですら途中からはファストトラベルを多用していた。
それに3日かかる移動時間もゲームでは快適性の観点から10数分だったが、ここでは現実なので3日まるまるかかる。
つまり、地獄ってわけだ。
「エズ様、今日はこれくらいにして休みましょう」
どれくらい走ったのかよくわからない。すでに日は落ちて当たりが暗くなってきている。
長時間馬に乗っていたせいで全身のあちこちが痛い。
この間に小さな村々をいくつも通り過ぎた。
今日は運良く街道沿いの小屋に泊まれそうだ。
「そうだな……それで、今どこらへんなんだ?」
「まだリグニッキャ領からは出てないですよ」
うそだろ。こんなに乗ってまだリグニッキャ領なのか。
そんな絶望感に苛まれながら一日目は終わった。
二日目。空が明るくなってきたと同時に出発した。
一日目と変わらぬことを続けていたが、一つだけ違うことが起きた。
一日目では街道で人とすれ違うことがなかったが、ここに来てはじめて街道を歩く自分たち以外の人間を見つけた。
その相手は俺たちを認識するとそそくさと近づいてきた。
「やや!お嬢さん!いい商品買ってかないかい?」
「私の一存では決められません。エズ様に聞かなくては」
タチャーナがそう言って視線を俺に向けると、近づいて来た胡散臭い風体をした男はじろりと俺を見る。
「やや!お兄さん!今回はとても役に立つのあるよ!」
俺はこいつのことを知っている。ゲームで散々みたランダムで現れる行商人。
俺と同じモブだがこいつはノンネーム。ゲームとしての役割はプレイヤーにアイテムを売るためだけに存在する。
いや、流石にゲームと違って名前くらいはあるのだろうから、聞けば教えてくれるだろう。
だが、そんな事はしない。なぜなら、俺もプレイヤーも欲しいのは、こいつの個人情報ではなく売ってるアイテムだからだ。
というのも、こいつはモブながらとても有用なのだ。
なぜなら、こいつは毎回ランダムで商品を売っており、時たまものすごい有用アイテムが激安で売ってたりするからだ。
その分がらくたも大量に売ってるんだが。
「なら、何かおすすめはあるかな?」
「やや!今日のおすすめこのアイテム!ポケットを叩くとポケットに入れたものが増える複製魔法が覚えられるスクロール!なんと金貨10枚!お買い得だよ!」
「勝った!いや、買った!」
興奮で言い間違えてしまったが、まさかジャックポットをひいた。
タチャーナが胡散臭いものに大金を払わないでくださいと制止するがお構いなしだ。
俺は行商人に持ってきた大半の路銀である金貨10枚を支払う。
金を受け取った行商人そそくさと退散して姿が見えなくなった。
「どうして、そんなのにお金を使ったんですか!」
タチャーナが怒ってる。それもそうか。そんなタチャーナを尻目にスクロールを消費して魔法を取得する。
「ま、見ればわかるよ」
残っている手元資金である大銀貨一枚をポケットに入れて叩く。
魔力が持っていかれて、意識が朦朧となり倒れそうになるが、意地で踏ん張る。
そして二枚に増えた大銀貨を取り出してタチャーナに見せた。
「どうだ?凄いだろ」
「え、えっ?どうして……?」
「色々制限が激しいのが難点だが、めちゃくちゃ有用な魔法だろ?」
実は今回は、タチャーナを驚かせる為に、増えたように見せかけて、マジックの要領で大銀貨を二枚取り出しただけである。
ポケット魔法は有用だが、制限が多くそこまで使い勝手のいい魔法じゃない。
この魔法は、ポケットから物を一つまで異空間に送る事ができ、そこからポケットを叩く事によって魔法を起動して、一日に一つずつ、再度ポケットを叩いて魔法を止めるまで、魔力を消費しながら、ポケットに入れたものと同じ物を複製する魔法である。
つまり、この魔法の難点は4つだ。
一つ、一度に複製できる物は一種類まで
一つ、一日に一つしか物が複製されない
一つ、この魔法の使用中は常時魔力が消費される
一つ、ポケットに入る大きさの物しか複製できない
そして厄介なのは、複製中は一時間に一回魔力が消費されるのだが、複製する物によって魔力の消費量が変わってくる。
価値が高いものになれば、より多くの魔力が要求され、複製中に魔力が足りなければ、複製に失敗する。
今の俺の魔力量では、大銀貨が複製できる限度だ。
「確かに有用そうですけど、それよりお金を複製するのは犯罪なのでは?」
……確かに。ゲームでは普通に色んなもの複製してたけどお金複製するのは普通にやばいか。
いかんいかん。ゲーム感覚が抜けきらない。
とそんなこともありつつ、他に大したことも起こらずに無事にズノイモまでたどり着いたのだ。