5-イェジー・カレル
久しぶりに本邸にやって来た。
本邸はリグニッキャの街の中心地から少し外れた丘の上にある。
壮健なレンガ作りの館は、見るものを魅了させる。
「ここにやって来るのは、あの出来事が起きた以来か」
いざここまでやって来ると足がすくむ。しかし、ここで引き下がっては何も始まらない。ええいままよ!
「止まれ!この先は領主の館である!」
入ろうとしたその時、門を守る衛兵に止まられる。俺の家なのに。
が、制止した衛兵は俺がよく知る人物であった。
「久しぶりだな、ティボー。サボらずちゃんと勤務してるみたいだな」
「え?エズ様にそれにタチャーナ!?どうしてここに?」
「どうしてってそりゃここは俺の家だからな」
「そりゃそうでしょうけど、だってエズさま――」
「イェジー・カレル様に用件があってきました。もちろん!通してくれますよね?ティボー」
ティボーが何かを言う前にタチャーナがそれを遮って用件を伝える。
タチャーナは余計なことを言おうとしたティボーをキッと睨みつけ、睨まれたティボーはタジタジである。
「え?あぁ、はい!構いませんが、急ですね?」
「悪いですか?」
「いえいえ!全然全然!お通りください」
これ以上墓穴を掘ることを恐れたティボーに門早く通れと急かされて通される。
ふぅ。帰ってきたなここに。
自分の家だというのに妙な感じだ。
「父はこの時間なら書斎にいるはずだから書斎に向かおう」
「一度、ご自身のお部屋に寄られてもよいのでは?」
「問題ない。あそこにはもう何もないからな」
他に目もくれずに足早に父のいる書斎へと向かう。
廊下ですれ違う人々が驚きの表情を浮かべているが気にしない。ま、突然帰ってきたからこんなもんだろ。
「さて、着いたな」
目的の書斎の前に着いた。戸をノックすると父の『誰だ』という低い声が聞こえる。
「お久しぶりです。エズワルドです。父上」
書斎に来たのが俺だと分かると父は少し目を見開いた。
「エズか、何の用だ?」
「実は家にある馬を一頭借りたいのですが」
「馬を?それはまた何でだ?」
「ズノイモまで行く移動手段として使う為です」
重苦しい空気が書斎に立ち込める。酸欠で溺れてしまいそうになる。
馬を貸すのかどうかを決めかねて熟考しているようだ。
沈黙の時間が流れる。
「いいだろう。厩舎で好きな馬を持っていけ。貸した馬はひと月以内に返してくれればよい」
話はそれっきりだといった感じで、父はまた自分の仕事に没頭する。
俺は一礼して書斎をあとにした。
そのまま館から少し離れた厩舎へと向かう。
ふぅ。とにかく、馬を借りる事には成功した。これでズノイモまでの移動手段は確保した。
「お〜い。アゾー、アゾーいるか!」
厩舎に着いたが、厩番のアゾーが見えなかったので声を出して呼ぶ。
暫くすると奥からボサボサの髪で無精ひげを生やしたアゾーが出てきた。
「んぅ?エズワルドか?久々だな。何しに来た?」
アゾーの態度にタチャーナは不機嫌になる。ま、こいつは父にもこの態度だから大したもんだ。
「ちょっと野暮用でな。馬を借りに来た。父上の許可なら貰ってるから安心してくれ」
「ふぅん。そうか。カレルの許可があろうがなかろうが俺にゃぁ関係ねぇけどな。馬が必要なんだろ?どいつを持ってくんだ?」
「特に決めていなかったが、タチャーナどれがいいと思う?」
「あの栗毛の大きな馬にしましょう」
「ふぅん。グミュントにすんのか。少し待ってろ」
栗毛の巨大な馬であるグミュントをアゾーが連れてくる。どうやら人慣れしていて温厚な馬のようだ。
「こんまま乗って帰るんか?」
「ああ。それで構わないよな、タチャーナ?」
「ええ。エズ様のお住いにも使われてませんが、厩舎はあるので何も問題ありません」
「ということだ」
そのままアゾーから馬を受け取りグミュントに乗る。乗馬なんて久しぶりだ。
その後にタチャーナが乗って手綱を握る。
さぁ!家に帰って準備をしたらズノイモに向かうぞ。