2-塩
さて、重要性の欠片もないモブ――つまり俺が登場する街のリグニッキャ。
この街は俺とは違いゲーム的に結構重要な場所だ。
なぜなら、この世界――もといこのゲームには、魔物がスポーンする湧き点と言うものがある。
そしてリグニッキャは、その湧き点が無数にあるヌワルリェスと呼ばれる魔の森を擁するヴェルソア地方の重要な交易地かつ前哨基地であるからだ。
プレイヤーは、ヌワルリェスでのレベリングと、そしてヌワルリェスから得られる貴重な素材を求めて、幾度となくこの街を訪れる。
……が、このゲームのメインクエスト――この世界のストーリーを進めると、魔の森を介してヴェルソア地方と接するラスィーツィカ帝国が侵攻を開始して、リグニッキャは壊滅するんだけど。
これを契機に、メインクエストが進行してゲーム終盤に進んだり、無数のサブクエストが登場するのだが、それはまた別の機会にでも。
でだ。リグニッキャはヴェルソア地方の重要な交易地なのだ。このおかげで、ゲーム性を崩壊させる大量金策のグリッチを行う事ができる。
ま、それがこの世界でも通用するのかは、未知数なんだけど。
「今回はそれを利用する事にした」
家から付いてきたタチャーナに怪訝な顔をされるがお構いなし。
上機嫌に全財産の金貨一枚を握りしめ、リグニッキャの交易市場にやって来た。
ゲームの時と変わらず、市場は賑わっている。
ちなみにだが、金貨一枚は10万スート。1スートは日本円の1円と同等である。
平民の年間収入は大体金貨十枚だ。
学園の入学費用は金貨百枚である。
一般的な方法で平民が学園に入るのは至難の業で、ほぼ貴族専用の教育機関だ。
この世界で貴族という特権階級の富の独占状況が否応なしに分かる。
ま、ゲームではあんま関係なかったけど。
おっと話が逸れた。ここの交易市場にやって来た理由は市場で大量に売買されてる物――岩塩を求めてだ。
これが今回行う金策の最初のステップである。
「あんちゃん。何か入り用か?」
「ああ。塩が欲しい。これで買えるだけくれ」
手に握っていた金貨を弾き飛ばして、オヤジへと渡す。
受け取ったオヤジは少し顔をしかめ、面倒くさそうに頭を掻きながら答える。
「あんちゃん。これだと100kgになるがどうするんだ?」
「どうするって?」
「いや、運ばなくちゃなんねぇだろ?」
オヤジに指摘されてハッとした。アイテムの運搬の事なんて今まで考えたこともなかった。
だってゲームじゃイベントに収められたデータ過ぎず、実体を持った物ではなかったし。
「どうする?10kgで大銀貨九枚返しにするか?」
う〜む。今はとりあえずゲームのグリッチがこの世界でも出来るか確かめる為に、10kg程度でも問題ないか。
ちなみにだが、元がゲームなのでこの世界はメートル法採用である。万歳!
ヤーポンなんていらんかったんや!
……また話が逸れた。今は塩の話だったな。
「それとも輸送するか?あんちゃん、伯爵様んとこの坊主だろ?手間賃さえ貰えれば屋敷まで送るぜ」
なるほど。そういうサービスもあるのか。
ま、それはまた今度利用するとして、今日は10kg買おう。
「いや、10kgで頼む」
「毎度あり。なら、まずお釣りが大銀貨9枚と、これが10kg分の岩塩だ。重てぇからしっかり持てよ」
「おっとと。確かに受け取った。それじゃ、行こうかタチャーナ」
次は、この金策グリッチを行う上でのキーアイテムを買いに行く。
そのキーアイテムとは、コショノ実という不思議な樹の実だ。
このコショノ実は、ゲームではヌワルリェスで大量に取れる、ちょっと酸っぱいだけのただの樹の実だ。
そんなコショノ実。あるユーザーが偶然見つけたバグで、こいつと岩塩を調合すると、なんと塩コショウというアイテムが作れる。
このゲーム、ちゃんと胡椒というアイテムがあり、それを用いて作った塩胡椒というアイテムが存在していて、こちらはその希少性ゆえに高値で取引されている。
で、このバグの真骨頂はそこで、何故かこの塩コショウ。塩胡椒扱いで市場で高値で売れるのだ。
今こそ!このバグ技を使って荒稼ぎする時だ。
てなわけで、コショノ実が売ってある一画を目指しているのだが、受け取った岩塩は結構重く、持ちにくい形をしており、そのせいで腕がめちゃくちゃ疲れてきた。
くッ!こんなことなら先にコショノ実から買うべきだった!失敗した!失敗した!失敗した!
「エズ様、さっきから腕がプルプルしてますけど大丈夫ですか?代わりに私が持ちましょうか?」
「い、いやこのくらい問題ない!」
「そう、無理をなさらないです下さい。私が代わりにお持ちします」
タチャーナはそう言うと、俺から岩塩を取ってヒョイっと持ち上げる。
俺はあんなに苦労して持ってたのに、タチャーナは楽々と持っている。
くッ!10kgなんて何ともないはずなのに!俺ってもしかしてひ弱いのか?
「そう、落ち込まなくても大丈夫ですよ。エズ様はまだ子供ですから」
何かフォローされて逆にちょっと自信なくす……。帰ったら筋トレでもしようかな?
そんな事を考えながら歩いていると、目当ての植物や樹の実を扱う雑貨屋に辿り着く。
――チリンチリン
ドアを開けて中に入ると、鈴の音が響きカウンターの奥にいる暇そうな老婆がこちらをジロリと見る。
「らっしゃい。こんな所に何かようかい?」
「ああ。コショノ実を探してるんだが、ここに置いてあるか?」
「コショノ実かい?あんな酸っぱいだけの樹の実を何に使うか分からないが、置いてあるよ」
「そうだな……それを一瓶欲しいんだが、用意してもらえるか?」
岩塩で失敗したからな!とりあえず一瓶で今回は様子見しよう。
「あいよ。それなら500スートだよ」
「これで頼めるか?」
俺はそう言ってポケットからさっきの塩屋でもらった大銀貨を1枚差し出す。
「全く……。500スートの買い物に大銀貨1枚だって?他の硬貨はないのかい」
「すまない。生憎持ち合わせがこれしか無いもので」
「全く……しょうがないねぇ」
老婆は半ば呆れぎみに大銀貨を受け取り奥へと引っ込んで行く。
少し経って、コショノ実が詰められた瓶と布製の小袋を持って奥からやってきた。
「はいよ。コショノ実とお釣りの9500スートだよ。数えておくれ」
老婆からコショノ実とお釣りを受け取る。
お釣りは銀貨が9枚と大銅貨が1枚あった。
「確かに受け取った。それじゃ」
「またご贔屓にぃ」
老婆に見送られながら店を後にする。
「これで今日のご予定はお終いですか?」
「うん?ま、そうだな。あとは帰るだけだ」
「そうですか。それなら、お屋敷に帰りましょう」
「そうだな」
早く帰って早速実験したいしな。