最終話 お日様照らす桜大祭
――どん どん ぴーひゃら
――うたえや おどれ
「うおーー! 祭りだ祭りだ、馳走がおらを待っている!」
雲ひとつ無い晴天の下、芽ノ村に祭囃子が鳴り響く。根助は畑仕事をやめ、中央広場へ駆け出した。
広場には、大きな大きな桜――幽世の桜を分祀した御神木――が満開に咲き、枝下の花見席をぐるりと囲むように屋台が並んでいる。陽を透かす花弁の下にででんと座すは、大盃をぐいと飲む巴だ。
「おおい、根助! こっちに来な! あんたの作った林檎酒、なかなかイケるじゃあないか!」
すでに顔は赤く、こうなった巴には誰も敵わない。根助はそそる香りの屋台を横目に、巴の横に座った。
「ほれ飲みな! あたしゃ辛口派なんだが、これがどうして、あんたの林檎酒はうまい! いくらでも飲めちまうね!」
巴は根助にぐい呑みを押し付け、林檎酒を注いだ。根助は駆けつけ一杯、くいと飲む。
「うん、うめえ! さすがおらのリンゴだ!」
「ああ、根助と林檎の御神木様々さ! 桜の御神木も満開とくりゃあ、花見酒が止まらないねえ!」
巴さんはいつでも大酒くらってるじゃあないか、と根助は思いつつ、席を立つ。
「そんじゃあ、おらはウマいモン食ってくるから
!」
「ああ、行っといで! 今日は桜大祭だ、天下のウマいモンがぜーんぶ集まってるからね!」
根助が辺りを見回せば、各地の屋台が所狭しと並び、売り文句を飛ばしている。中でも目を引くのは、大きな白兎と黒兎が両脇にモフっと座る、狩ノ村の屋台だ。両兎とも苺を頬一杯にもぐもぐしている。
「さあ寄った寄った! わいが弓で仕留めた猪の丸焼きやでえ! 食後の甘味に苺大福もおすすめや!」
屋台の前で客引きをするのは、弓を背負った兎番、谷井猟だ。屋台の奥では、兎番を譲り退いた猟の父が猪肉を捌いている。
根助が肉の焼ける匂いに釣られて近付くと、横から香ばしい魚の匂いがふいに流れてきた。
「さあさあ、こっちは獲れたてピチピチ、鯛の芭蕉葉包み焼きだ! 陸者が食べられる機会なんて今日しかないよ! うまいようまいよ~!」
芭蕉扇でパタパタと煙を煽るは、海の民の頭領、出海江良だ。屋台の軒にはたくさんの芭蕉も吊り下げられており、屋台奥では屈強な海の民達が次々と魚を焼いている。
「へえ、猪肉かあ! 去年の鹿もうまかったけど、今年もうまそうだ! 魚もうんまそ~な匂い! どっちも食うしかねえ!」
根助が舌なめずりして屋台に向かうと、ドドンと大きな太鼓が響き、どこからか偉そうな優男の口上が聞こえる。
「これより、天下一御前試合【桜大祭杯】を開始する! この【樹帝】藤咲良が見届けるのだ、心して勝負せよ!」
何だ何だと黒集り越しに見てみれば、広場横に組まれた舞台上で、三人組と二人組の武士が向かい合い、木刀を構えている。三人組の真ん中、やたら派手な大口袴の男が名乗りを上げた。
「都じゃ知らねえ奴はいねえ、ァ天下無敗の万雷鳴岳様よォ! 断十郎、いざ勝負!」
続けて連れの子分達も名乗りを上げる。
「俺は分家の……」
「俺も分家の……」
根助が「何て? 全然聞こえねえぞ」とひとりぼやくと、相手の二人組も言い返す。
「なァにが天下無敗だ! てめえ、こないだ機巧で燃える剣を使いやがって、無効試合になっただけだろうが! 今日こそシメてやるぜ。行くぞ豪円!」
「うむ。戦るからには加減はせぬ」
口上を述べ合うなり、激しく打ち合う音が舞台から響く――根助は遠目に見ながらも、その迫力に驚いた。
「うひゃあ、どっちもすげえ! いやあ、お侍さんはカッコいいなあ。……とと、おらは剣より飯だ、飯」
たまらない匂いが鼻をくすぐり、根助はくるりと舞台に背を向けて屋台へ向かう――
◆
『楽しそう、私も地に降りたい』
芽ノ村のはるか天高く、お日様照らす真っ白な神界にて。黄泉は地を映す水鏡を眺めながら、主神たる父――桜の袖を摘まんでせがむ。
『ダメだ。神は無闇に降りるものではない』
桜が毅然として首を振ると、向日葵はいたずらに笑った。
『ふふ、自分はしょっちゅう降りていたのに?』
向日葵の暴露に、黄泉がむすっとした顔で桜を見ると、桜は慌てて答える。
『あれは、ヒトを導くのに必要だから降りたまで』
『だったら、今回も必要よ。導いたヒトが、どうしてるのか。見に行かなくちゃ』
向日葵が諭すと、桜はううむと考えた。向日葵が『それにね、』と続ける。
『あの子はひとりで飛び出しちゃったわよ。早く追いかけないと、ね』
『な、何!? まったく、あいつは――』
◆
「ふ~、食った食った」
根助が出っ腹をぽんぽん叩きながら屋台前を歩いていると、ひとりの少女が明るく声をかける。
「ねえねえ、どれが一番美味しかった? どれも美味しそうで迷っちゃうなあ!」
「ん、何だいきなり。見ねえ顔だな、祭は初めてか?」
面食らった根助が聞くと、少女は「ごめんごめん」と手を振った。
「そ! 初めてなの! とっても満足げにお腹たたいてたから、つい」
「はっは! そうか、初めてか。よおし、そんならおらに任せろ! うんまいモン教えてやる」
根助は、腰に提げた袋から真っ赤な林檎を取り出し、ずいと差し出す。
「……くれるの?」
「ああ、おらが育てたリンゴだ! お日様いっぱい浴びて、真っ赤だろ? 芽ノ村に来たら、まずはこれ食わねえとな!」
少女は林檎を両手で受け取り、大事にしゃくと噛った。それは、何故だか涙が出そうになるほど優しくて、心に沁みる味だった。
「……おいしい……!」
「おお、そうだろ! おらも食お!」
もひとつ林檎を取り出し、もぐもぐ食べる。
一方、少女は林檎を噛るほどに目が潤み、ついには涙がぽろぽろとこぼれ出す。
「おいおい、泣くほどかあ!? おめ、これまでどんなまずいモン食ってきたんだ!?」
「ご、ごめ……何でだろ、あんまりに美味しくて」
根助は、まあるい手で優しく少女の背をさする。
「よしよし、おらがうまいモンいっぱい教えてやるからな。だから、泣くんじゃねえぞ。おらも釣られて泣きそうになっちまう」
「……うん、ありがと」
やがて少女が落ち着くと、広場に祭囃子が鳴り響く。
――どん どん ぴーひゃら
――うたえや おどれ
「何?」
「! ちょうどいいや、行くぞ!」
根助は少女の手を取って、大きな大きな桜の幹に向かう。少女が手を引かれるままについていくと、幹の周りでは、笛と太鼓の音にあわせ、人々が輪になって歌い踊っている。
――どん どん ぴーひゃら
――めでたや さくら!
「ほれ、踊るぞ!」
「え、え? どしたらいい?」
「いーんだよ、適当で!」
少女は祭というものが初めてだったから、踊り方なんてわからなかった。でも、良く見たら皆適当だった。皆好き好きに手を振って足を振って、太鼓の音頭と笛の調子に気持ち良く乗ってるのだ。少女も何だか楽しくなって、ふりふり手を振って、ぴょんぴょん跳ねて、思いっきり叫んだ。
「いえーい! めでたやさくら!」
「お、いいぞ! その調子!」
さっきまでの涙が嘘のように、少女が目映く笑うので、根助は思わずどきっとした。高鳴る鼓動のままに、大声で歌う。
「リンゴもうめえぞ、めでたやリンゴ!」
「はは、何それ! 何でもイイの? めでたやりんご!」
根助と少女が林檎を掲げて歌うと、屋台から猟も飛び出した。
「何や何や! そんなら苺や! めでたやいちご!」
白兎と黒兎もモフモフっと輪に入ると、皆はいっそう盛り上がる。太鼓のおっちゃんも笛のおばちゃんも、ここぞと調子を上げてきた。
たまらず江良や海の民も屋台を飛び出し、輪に入る。
「めでたや芭蕉! エイヤァ、サアサア!」
桜の周りは踊れや歌え、こうなったらもう止められない。我も我もと輪に入り、各地の囃子方もやんややんやと盛り上げる。笛に太鼓、三味線に鼓、法螺貝に三線、ついには琴まで鳴り出した。
――どん どん ぴーひゃら
――めでたや りんご!
――べんべん ぽぽぽん
――めでたや いちご!
――ブォオオ ブォオオ
――めでたや みかん!
――ドン ドン チャカチャカ
――エイヤァ サア サア!
――テケテン ジャララン
――めでたや てんか!
「あはっ、楽し!」
興奮していっそう手を振りぴょんぴょん跳ぶ少女。賑やかな囃子の中でも聞こえるよう、根助が大きな声で言う。
「そういや、おめ名前なんて言うんだ? おらは、根助ってんだ!」
少女は根助の両手をパッと取り、お日様のように、まぶしく笑って答える。
「私、タネ! ねえ根助、友だちになろうよ!」
*❀✿❀*
私、初めて地に降りた。
だって、あんまりにも楽しそうなんだもん。
青い空、大きな桜の花の下、みーんな輪になり踊ってさ。いつの間にか、戦っていた武士や帝も混ざっちゃって、主神達――父上に母上、姉上がいたって、だあれも気付きやしない。
笛を吹いて太鼓を鳴らせば、生まれも位も何もなく、もみくちゃになって笑ってる。皆が故郷の実りを誇り、うまいうまいと笑みをこぼせば、あっと言う間に友だちになれるんだ。
見上げれば、満天の花弁が陽を透かす。ふいに吹き通る春風に、さあっと花弁が舞い散った。
満開の桜は、やがて散る。
葉をつけ、散らし、また咲いて。
ううん、桜だけじゃない。
野に咲く花々も、お日様の光をいっぱい浴びて、咲いては散って、また咲いて。
また来年、また来年と代を継ぎ、七彩の輪が広がっていく。だから――
「いっぱい踊ったら腹へった! タネ、うまいモン食いに行くぞお!」
「……うん、行こ!」
――きっと、祭は続いて行く。
めでたし、めでたし。
――『樹法師タネの桜散る天地創造』 完





