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樹法師タネの桜散る天地創造 ――灰で覆われた世界に花を取り戻す和風アクション旅譚――  作者: 星太
最終章 天地創造

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第52話 花の如く愛は巡りて

 そして時は遡る――遥か神代、今まさに黄泉が生まれんとする時に。





 天ノ島の遥か雲上、お日様が照らす真っ白な神界で、桜と向日葵が言の葉を交わす。


『ねえねえ桜、なーんにも無かった大地もだんだん賑やかになってきたね!』


『うむ。御神木のもとに多様な命が育まれ、理想的な生態系ができたと言って良い』


『まーたムズかしいこと言ってる。楽しくやろーよ!』


『……そうも言っておれん。次は命が廻る仕組みが必要だ。死者の魂を焼き、造り直す場所が』


『えー、何か怖い。私そーいうの好きじゃない』


『好きとか嫌いではない。必要だから造るのだ。この世と対を為すとても重要な場所になる。俺達と並ぶ特別な神を置かねば』


『私達に並ぶ、特別な神かあ……どんな花がいいかなあ』


 向日葵がうんと悩む中、桜は言い辛そうに口を開く。


『……実はな、特別な神を、その……。ずっと、考えていたのだ』


 珍しく言いよどむ桜に、向日葵が首を傾げた。すると桜は、右手を前に出して強く握り、神力を込め始める。


『どうしたらもっと向日葵が喜んでくれるかと、ずっと考えていた。次はどんな花を造ろうかと』


 日頃一時も口を閉じない向日葵が、黙って桜を見つめた。そんなことを言われるのは初めてだったから。そんなことを想ってくれてるなんて、知らなかったから。


『だからこれは、特別な神なのだ。俺の想いが込もった、特別な花。今の俺が造れる、最も強い神になるだろう』


 桜は、強く握った右手を優しく開く。

 手の平から、眼下一面に桜の海が広がるほどの花弁が溢れた。


 後に手の平に残ったのは、一輪の深紅の華。


 十二単じゅうにひとえのごとく幾重にも重なる花弁が、甘く優雅な香りを放つ。それは枝に鋭い棘を持ち、美しさだけでなく気高き強さを感じさせる。


『――【薔薇】、と名付けようと思っていた。向日葵の好きな甘い果実をつける花ではない。可愛らしい花でもない。だが――』


 至上の美を込めたのだ、お前のために。

 その訳を聞くまでもなく、向日葵が肯定する。


『ううん、とっても綺麗。私、好きだよ』


 いつもの明るく跳び上がる向日葵ではない。しっかりと桜を見つめ、心から感謝を伝えた。自分の言う通りに造った花ではない。桜が考え、懸命に造り上げてくれたことが嬉しかった。


 その想いが、嬉しかった。

 だから、その花は特別なのだ。


 だからこそ、在るべき場所は――。


 ――その時だ。


 ――バチィッ!!


 突如桜と向日葵の間に、強い閃光と共に次元が割れ、小さな箱が落ちる。


『……何、これ』


 向日葵が拾い上げ、開けてみると、中には一枚の木札が入っていた。それに触れた瞬間、向日葵の魂に膨大な量の未来視が走る――!!


 薔薇が煉獄で狂い咲き、桜と天地を焼くこと。

 桜が灰人として永劫に苦しんだ末に散ること。

 見知らぬ誰かが、人と共に懸命に生きること。

 荒廃した世界で、その誰かと薔薇が戦うこと。

 ふたりが、想いを木札に託すこと――。


『――――!!!』


 向日葵はその場に泣き崩れた。

 涙が溢れ、嗚咽が止まらない。

 張り裂けそうな心苦しさに、声を上げて泣いた。


『ど、どうした』


 桜が膝をつき、向日葵を抱き締めた。向日葵が落ち着くまで、ずっと背を優しくさする。


『……だめ』

『? 何がだ』


 ポツリと呟く向日葵に、桜が問う。


『その薔薇は、私が育てる。幽世に置いちゃ駄目なの』


 泣き腫らした目をしっかと開き、強い意思を込めて向日葵が言った。


『そ、そうか。しかし、それでは――』

『代わりに、これを幽世に置くの』


 向日葵はゆっくりと立ち上がり、木札を見せる。


『それは……?』

『これは、()()()()()――つまり、私達に並ぶ特別な神よ。幽世に置くのに、これ以上の神は無い』


 向日葵は涙に声を上ずらせながらそう言った。桜は戸惑い、続けて問う。


『主神たる桜は、世に一柱しか存在できぬ。それは、いったい……』

『これは、あなたが散った世界の桜よ。その世界では、桜は主神ではなくなった……』


 言葉を失った向日葵に、桜が次ぐ。


『だからこの世で、同時に存在できる、というわけか』


 向日葵は、こくりと頷いた。


 桜は、向日葵の持つ木札に手を重ね、神力を込めた。ふたりの神力が交わり、輝きを放って次元を渡る。日の光届かぬ、暗闇の幽世へと。


 ◆


 幽世に渡った木札は、根を張り芽を出して、大きな満開の桜となった。別の世でタネと根助が育て上げた、強大な神力を持つ桜。残花が散った故に魂を持たぬその樹は、悠然と咲き誇り、幽世に神力を巡らせ、死者を浄める。


 こうして現世では順調に魂が循環し、死の澱みは消え、豊かな自然と多様な命が育まれていく――。


 ◆


 一方で、桜が向日葵に贈った薔薇は、二柱の神の愛の結晶として魂を持ち、ふたりと同じくヒトの姿になった。日の光に満ちた真っ白な神界で、黄泉と名付けられた姫神は、何よりも美しく咲き誇る。


 それから幾星霜――


 黄泉が、ある日突然、ポツリと向日葵に向かって言った。それは、本人も何故そう思ったのかわからない。でも、強く、思った。


『ねえ、母上。私、妹がほしい』


 向日葵が微笑んで言う。


『それじゃ、お父様にお願いしなきゃね。どんな花が良いの?』


 黄泉はうんと考えて、言う。


『その種はね、ふわりと風に乗って、世界中を旅するの』


 向日葵が『素敵ね』と頷くと、黄泉が続ける。


『まだ種だから、どんな花を咲かせるか分からない。でも、きっと、母上みたいに黄色かな。お日様のように、明るく笑うの。とってもお喋りで、甘ーいものが大好きで』


 うんうんと頷いて、向日葵が問う。


『名前はどうする?』


 黄泉が、迷いなく答える。




『言ったでしょ? これから芽吹くの。だから、妹の名前は――……』


 

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