第51話 全て散り行く時
「話、だと? しかも私を姉などと……虫酸が走る。貴様は、私を憎んでいたのではないのか」
お日様輝く青空の下、七彩の花々に囲まれた大桜のもとで、満身創痍の私と黄泉が向かい合う。黄泉は、あからさまに不満を示した。私が言う。
「だって、そうでしょ? 私より先に、残花が生んだ神なんだから。……憎んでは、いたよ。でも、もう……憎んでも、しょうがないから」
私は、ふっと天ノ島の下に広がる色無き大地に思いを馳せた。死の澱みで荒廃したこの世には、もう誰も生きる者はいない。私と、黄泉以外には。最早ここだけ、二人だけなのだ。色取り取りの花に囲まれ、言の葉を交わせるのは。
「……さっさと用件を言え。望みは、主神の力だろう」
「うん。その前に、ちょっと座るね。こっちはボロボロなんだから。おー痛てて」
私が腰を下ろすと、黄泉は呆れたようにため息をつき、とんと桜の幹に背を預けた。
「……私は、こんな奴に負けたのか」
「お? 醜い足掻きはしないんだよね?」
「……ちっ。早く話せ」
「まあまあ、ちょっと休ませてよ」
私は腰の札入れから林檎の札を出し、気を込めて地に置く。小さな林檎の樹がぽんとふたつ実をつけた。
「食べる?」
「要らん」
「そ」
私は林檎をひとつもいで、かじりついた。根助が育てた林檎を、木札にしていたのだ。とっても美味しくて気が充実し、傷が治っていく。
「あー、おいし」
「早くしろ」
黄泉が不満げに見下ろす。ごっくん、と最後の一口を飲み込み、口を拭う。
「ん、おいしかった。……あのね、お願いがあるんだ」
「主神の力なら譲らんぞ」
黄泉が喰い気味に言い、私はううんと首を振る。
「譲らなくてもいいの。ちょっと知恵を貸してくれたら」
「何だと?」
訝しげに眉をひそめる黄泉に、私は意を決して言う。
「時空転送機を、造ってほしい」
「……」
黄泉はやや沈黙し、口を開く。
「貴様の剣を、過去に送るつもりか。その剣は、桜花の剣を優に超えている。桜に私を斬らせ、やり直そうと言うのだな。それは飲めん。私は貴様に負けたが、桜には負けていない」
僅かな思考で、その考えにたどり着くとは。
……でも、違う。
「うん、元々はそのつもりだった。でも、もっと良いことを思いついたんだ。それで、造れるの?」
「無理だ」
私の問いに、黄泉は即答した。
「出来るなら、とうに桜が造っていただろう。【世の理】をもってしても、造れぬ。それは主の知だけで造れるものではないのだ」
「主の知だけじゃ、そうかもね」
私は、一冊の本を取り出した。それは、三百年に及ぶ機巧技師達の研究成果。士農工商全ての人がひとつの夢に向かい、力を合わせて文明を発展させ、代を継ぎ追い続けた人智の結晶――。
「もう一歩まで、いってたんだ。人の力だけで。でも、あとひとつ理が足りなかった」
本を黄泉に手渡すと、黄泉はふんと小馬鹿にしながら頁をめくった。が、だんだん本にのめりこみ、ついにはぶつぶつ独り言を呟きながら熟読し始める。
「……よくぞここまで。人ごときが、こんな……」
何度も読み返した末にパタンと閉じると、私に返し、口を開く。
「……造れる。これに、私の知があれば」
「ホント!?」
思わず、ぱあっと笑みが広がる。が、黄泉の顔は明るくない。
「……無論、貴様も読んだのだろう。その上で、使うというのか」
「うん」
私は迷わず頷いた。黄泉が続けて言う。
「承知の上なのだな。過去を変えた途端、この世が全て散ることを」
「うん」
また、迷わず頷いた。
そうなのだ。研究の末にわかったんだけど、過去を変えると、今の世界線が変わるわけじゃなくて、全く違う世界線になり、今の世は消えて無くなるらしい。もちろん、私も、黄泉も。
「それでも、私に造れと?」
「うん」
私は黄泉を真っ直ぐ見つめ、言う。これは絶対、譲らない。散るを承知で、造ってもらう。
「ならば、聞かせてもらおう。その【良い考え】とやらを。わかっていると思うが、送れるのはせいぜい札ひとつだぞ」
「うん。あのね、まず私が生まれる前に――……」
……
……
……
私の考えを聞いた黄泉は、しばらく沈黙した後、口を開く。
「……貴様、それでいいのか? 貴様が生まれる前から変えると、来世で貴様は生まれて来ぬかもしれんぞ。この世で散り、来世でも生まれぬ。何がしたい?」
「もちろん、皆が笑って幸せになるためだよ――姉上も、含めて。そしたら、変える時は、その時しかないんだ」
迷い無き目で、真っ直ぐ見つめる。覚悟はとうに、決めてある。
「確かに、それなら少なくとも私は救われる。だが、タネは――」
黄泉が、初めて私の名を呼んだ。それだけで、想いが伝わる。私は、陽を透かす頭上の花弁を見上げた。
「私は、精一杯生きたから」
だって、元々はただの人間だと思ってて。
神として生まれたけど、
私は人として、
いっぱいいっぱい生きた。
残花が、生きろって。
皆が、私に想いを継いで。
いっぱい、頑張ったよ。
母上と、
根助と、
猟と、
断十郎と、
江良と、
咲良や鳴岳と――
もちろん、他の皆だって、精一杯生きた。
私は、皆と一緒にたくさん過ごして――
たくさん、命を見送った。
今度は、私が継いで行く。
「これが私の、天地創造だから」





