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樹法師タネの桜散る天地創造 ――灰で覆われた世界に花を取り戻す和風アクション旅譚――  作者: 星太
最終章 天地創造

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第49話 黄泉、降臨

 残花が散ってから、二百五十年。

 世は目まぐるしく変化した。


 芽ノ村は、場整備して農地を集約し、大規模農園になった。機巧からくり農耕車が田畑を耕し、作物を刈る。人が鋤を振るうことはなく、もっぱら加工場で働いている。


 狩ノ村では、山を開墾して牛や羊の牧場にし、麓には養豚場や養鶏場が建った。牛の搾乳や鶏卵の収集は機巧で自動化され、もはや工場のようだ。


 武ノ里の武家達は、警察組織となって世界中の治安維持に努めた。また、武芸は多様な運動競技に発展し、天下一御前試合は総合運動競技会へと姿を変えた。


 沖ノ島は、動く港として海運や漁業の要となった。芽ノ村の食料品や狩ノ村の加工品、機ノ都の機巧品を大型貨物船で運び、機巧冷凍船による遠洋漁業も行うようになった。


 機ノ都は、背の高い混凝土コンクリートの大建築が並び、不夜城のごとく電灯が照らす中、舗装道路を機巧自動車が行き交う大都市となった。機巧長屋はもはや都に収まらず、山を囲む大工業地帯を成している。


 人口は五倍にも増え、【人の力】は最高潮に達した。


 ――が、これがあだとなる。


 増えすぎた生命は、同時に死の澱みも加速させた。三百年保つと見られた神力の流れは、想定より五十年早く滞り始める。


 星の火が冷め、風は止み、水は濁り、地が腐る。


 命は瞬く間に消えていった。


 さらに絶望的なことに、時空転送機を研究し続けた最後の機巧技師達は、ある結論に至る。――『人智では叶わぬ夢だった』、と。


 残花が散ってから三百年後。

 天地に残る命が、タネと僅かばかりの草花のみとなった頃。


 タネはひとり、天ノ島で空を見上げていた――。


 ◆


「……来る」


 天ノ島の黄泉比良坂の入口前、やや開けた草原で。私は林檎をしゃくと噛って気を高め、お日様の輝く青空を見上げた。島より上には雲ひとつ無い、どこまでも晴れ渡る空――なのに、寒気が止まらない。残花が散ったあの日、煉獄の門の奥から発せられていた悪寒と同じ圧を、天頂から感じる。腰に提げた【私の剣】に、左手をかけた。


 脳裏によぎるは、剣造りの合間に、断十郎に稽古をつけてもらっていた時のこと――。


◆――……

「もし、時空転送機が出来なかったら――お前が斬るんだ。主神の力を取り返して、世を立て直せ」


 仁道家の道場で、齢五十の断十郎がそう言った。互いに木刀を中段に構え、剣先が交わる間合いで向き合っている。


「あの残花が負けた相手だ。小手先の技は通用しねえ。今日は、剣の極意を教えてやる。打ってみな」

「? ……うん」


 私が振りかぶって面を打つと、断十郎は剣先を私に向けたままスッと横にかわした。


「いいか、【円】だ」


 かわされた剣を下ろし、再び中段に構えると、剣先が最初と同じ間合いで交わる。


「横じゃねえ。後ろでもねえ。一刀足の間合いを変えずに、相手の周囲を回るように躱せ。もう一回打ってみろ」


 私はこくりと頷き、再び面を打つ。断十郎はまた横にかわし――


 ――すかさず、剣先が私の眼前で寸止めされた。それは、回避の足さばきの勢いのままに振るわれた、返しの剣。


「……!」

「これが【円】だ。いつでも剣が届くように動く。逃げじゃなく、斬るための回避」


 断十郎が木刀を腰に戻し、私も構えを解く。


「今のをやれとは言わねえ。ただ、敵から剣を外すんじゃねえ。じゃなく、しんの話だ」

「うん」


 私が頷くと、断十郎は少しだけ悲しい目をして言う。


「『常に円たれ』……豪円オヤジの教えだ。……俺の強さは、自分の力だと思っていた。が、実際はほとんど自分のモンじゃねえ。……気付くのに、何十年かかったことか」

「……」

 

 私は断十郎を真っ直ぐ見つめ、黙って頷いた。断十郎が歩み寄り、とんと私の胸を叩く。


「今度はお前が、継いで行け」

               ……――◆



 大丈夫。

 私は、ひとりじゃない。


 お日様が、端から徐々に欠け、空が闇に包まれていく。


 『しょく』が始まった。


 桜が最初に造った、天地を照らす神力の源――お日様の光が遮られていく。


 やがて、お日様が全て陰に喰われる頃。現世は、幽世の如く闇に包まれ――



 黄泉が、降臨した。



 闇の陽から島に降り来るは、げに美しき薔薇の女神。


 漆黒の長髪は絹糸にまさり、

 見る者全ての目を奪う、

 香り立ち咲き溢れる花の華麗。


 宙から、深紅の瞳で私を見下ろす。


「ようやく、だ」


 黄泉は、音もなく草原に着地する。瞬間、草花に微かに残っていた神力が吸い上げられ、周囲一円の草花が枯れた。黄泉の長髪がいっそう艶を増す。


「会いたかったぞ、タネよ」


 黄泉は不敵に嗤う。文字通り、私のことなど敵ではないと思っているのだろう。


「さて、桜が遺した天地の末は――」


 黄泉は腕を軽く振るい、天ノ島の下に広がる厚い灰雲を掻き消した。眼下には、死の澱みで色を失った大地が広がっている。


「無駄死にだったな」


 ……それが言いたかったのか。嘲笑う黄泉に怒りが込み上げ、私は拳を握る。


「――違う」

「何?」


 私はわなわなと拳を震わせ、言う。


「……残花が希望を遺してくれた。母上が、私を鍛えてくれた。猟は、身は離れても心は一緒だって。断十郎は、私を天に届く剣にしてくれた。江良も咲良も、他の皆だって、私に想いを託してくれた。……根助が、教えてくれた。本当の強さは、『ひとりじゃない』ことだって!」


 腰の剣の柄に右手をかけ、言の葉を放つ。


「まだ終わってない! 私がいる! 皆、私の中にいる――私は、負けない!!」

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