第48話 うまい林檎
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それから私と根助は、桜の実を食べてはちょっと甘い実を選んで育て、また食べてを繰り返した。
十年後には渋みが消え、
二十年後には母上が倒れ、
三十年後には甜瓜にも勝るほど甘みを増し、
四十年後にはついに【桜花の剣】を造った。刃に触れたらば一刀桜散。剣自体に神力が込められているため、自身の命を削ることもない。
でも私は、悩んでいた。
これで黄泉が斬れるのだろうか、と。
いや、ダメだ。桜花の剣と同じじゃダメなんだ。
まだ黄泉の降臨まで時間はある。
時空転送機もまだ出来ていない。
もっと強い剣を造らなきゃ――。
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残花が散ってから、五十年が過ぎた。
ある暖かな日のこと。縁側の雨戸を開け、畳間に灰雲越しの陽が射す。
庭の林檎の樹を見れば、実は黄に熟し、今にも落ちそうだ。葉を濡らす雨露が、茂る地にぽたと滴る。
「ねえ根助。雨、上がったよ」
布団に横たわる根助のもとに座り、声をかけた。根助も、もう六十七歳になった。かつてのまあるい体は見る影もなく痩せ細っている。私も同い年のはずなんだけど、自身を神と認識してから姿形が変わらなくなり、私だけ十七歳の姿のまま。一緒に歳を取れない寂しさは、とうに覚悟している……つもりだった。
「おお……そうか。食いモンには、恵みの雨だったなあ」
人生五十年、とは思いたくないけれど。目も、もうあまり見えてないみたい。喋り方も、前よりずいぶんゆっくりになった。
「……タネ。悩んでんのか」
「……うん」
目が見えなくなっても、布団から動けなくなっても。根助は、私のことなんていつもお見通しだ。
「あのね……強い剣って、何だろうって。【桜花の剣】は造れた。でも、これで黄泉が斬れるのかなって」
私の吐露に、根助はしばらく黙ってから、ゆっくり口を開く。
「……そうだなあ……。おら、『強え』ってのはわかんねえけど……あんまし食えなくなって、ようやっと、本当の『うめえ』ってのはわかってきた」
私は、黙って根助の続きを待った。
「……ひとりで食ってもな、『甘え』だけだ……。おめと食うから、『うめえ』んだ」
「……うん」
それは、よくわかる。何だか涙が出そうになって、ぐいと目を拭った。
「……もしかしたら……本当の『強え』ってのも……そういうこと……なんかも、しれねえ」
「うん」
根助の言葉が、だんだんゆっくりになっていく。……母上の最期と、よく似ている。
「おめは……お日さまだ……。……おらは……あったかくて……」
「……うん」
私はただ、頷いた。根助の言葉を、きちんと聞いてあげたかった。根助は小さな声で、ゆっくり、少しずつ、言の葉を残してくれた。
「……雨……上がったか……」
「……うん」
そっと根助の手を握り、穏やかな顔を見つめる。
庭から、林檎が落ちた音がした。
根助が、ぽつりと言う。
「……ああ…………うまかった」
それが、最期の言葉だった。
「……うん。……うん。うん……!」
私は根助の手を握りながら、何度も何度も頷いた。ぽたりぽたりと涙が落ちる。
覚悟なんて、全然出来てなかった。私だけが生きていく。この先、途方もない年月を。
根助。あなたが、私のお日さまだったよ。
照らされていたのは、私の方だった。
大きくて、あったかくて、いつも包んでくれていた。
何度も大好きって言って、
何度抱き着いたかわからない。
何度も喧嘩して、
何度も泣いて、
何度も笑い合って、
その度、あなたとひとつになった。
愛してる。
最期の最期まで、心配かけたね。
ホントは、自分の体の方が辛かったろうに。
最期まで、私のことばっかり。
雨、上がったよ。
おやすみ、根助――……。
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それから二百五十年後。
ついに現世に黄泉が現れる。
――時空転送機は、まだ出来ていない。





