第47話 お腹いっぱい
それから、皆はそれぞれの郷に帰った。
猟は獣ノ山に帰り、狩猟の振興を。
鳴岳と咲良は機ノ都に帰り、商工業の振興と機巧の研究を。
江良は沖ノ島に帰り、漁業と海運業の振興を。
断十郎は武ノ里に帰り、各地の武士に令を発し、労働と治安維持に努め始めた。
皆が一丸となって、時空転送機の開発に向け【人の力】を高めようとしている。一方、私は――
「……うーん、やっぱりただの木刀になっちゃう」
芽ノ村の広場にて。桜の樹に気を込め、刀に変形させるも、どうしてもただの木刀にしかならない。皆の前では「きっと出来る!」なんて言ったものの、簡単にはいかなそうだ。頭を捻る私の横で、根助が言う。
「残花さんの剣は、なんてえか、もっときれいだったぞ」
「そうなんだよねー……。私の神力が、まだ足りないのかなあ」
残花に比べたら、という言葉が喉から出そうになり、うんと飲み込む。私が、頑張らなきゃ。よし、もう一度!
いったん木刀を地面に置き、両手をあてて神力を込め、再び桜を咲かす。
「――とと、やり過ぎちゃった」
神力を込め過ぎ、桜の樹は花弁を散らせ、小さな黒い実をつけた。しなる細い枝の先にちょんと成った、飴玉みたいな実だ。根助がめざとく実を見つけ、声を上げる。
「お! 桜も実ができんだな! なあタネ、食ってもいいか!?」
「ええ? 桜は【本草図譜】にも載ってないからなあ……食べても大丈夫なのかな」
不安に顔をしかめる私に、根助はどんと腹を叩いて見せた。
「おらの腹は、誰より強え! さ、いっただっきまーす」
言うが早いか、根助はひょいと小さな黒い実を取って、口に放り込む。
「ん! 甘――いや、渋っ! ぺっぺっ! こりゃ食えたモンじゃねえ!」
何でも食べる根助が、珍しく実を地に吐き出した。根助はホントに不味そうな顔で言う。
「最初、一瞬だけ甘さがきたと思ったら、渋いの何の! さすが残花さんの樹だ、味も渋いんだなあ」
「何変なコト言ってんの……。残花は渋くなんか――」
あれ?
そこまで言って、私の心に何かが引っ掛かった。
御神木の実は、全部甘かった。
残花は言ってた。御神木は、【甘いほど神力が強い】って――!
「――それだ、根助!」
「お? どした?」
葉の繁る桜の樹の下で、私は根助を真っ直ぐ見つめる。
「この桜は、まだ神力が弱いんだ。もしかしたら、残花自身も、まだ実が渋かったのかもしれない」
「ん? どういうことだ?」
私はがしっと根助の両肩を掴み、言う。
「【実が甘い桜】を作ればいいんだよ! そしたらきっと、強い剣が造れる!」
だって、御神木は実が甘いほど神力が強いんだ。私が御神木を治した時も、実が甘い御神木ほど広範囲を浄化できた。桜が主神じゃなくなった今、桜も増やし育てることができるはず。甘い実をつけるようになれば、きっと――!
「おお! そしたら、おらに任しとけ!」
根助はにかっと笑い、言う。
「なあタネ。おら、どえれえこと思いついたんだ」
「……! ふふ! 聞かせて?」
私と根助は、思い出し笑いでにやにやしながら言い合った。根助が言う。
「まずおらが、いっぱい桜の実を食うだろ?」
「うん!」
根助が笑いながら続ける。私も笑いながら大きく頷いた。
「そしたらきっと、ちょっとだけうめえ実があんだよ」
「うん、うん!」
笑い過ぎて、二人とも涙が出そう。
「そんで、おらがうめえと認めた種を植える!」
「私が、それを神力ですぐに育てる!」
根助が「おおっ! その手があったか」と驚きながら続ける。
「そんでまたおらがいっぱい食う!」
「ちっちゃいから、いっぱい食べれるもんね!」
私の相づちに、根助がわっはっはと大声を上げて笑った。
「そうだ! ちっちゃくてうめえモンだったら、すっげえすっげえ食えるぞお! そしたら、もっと甘い桜になる!」
「もー最高! 根助ホント大好き!」
私は根助の太い体にがしっと抱き着いた。根助は、優しく抱き返してくれた。何の涙かわからないけど、二人とも笑顔なのに涙が止まらない。根助がまあるい手でぽんと背を叩き、真面目な声で言う。
「大丈夫だぞ、タネ」
「……うん、頑張ろ」
芽ノ村を発ったあの日、根助の言ったことは、本当に世界を揺るがす話になった。
ううん、そうじゃない。
根助は、最初からずっと、私の最高の友だちで。私が笑う時は一緒に大笑いして、私が泣いた時はでんと受け止めてくれて。私が困った時は一緒に悩んでくれて――
――私が好きになった時は、とっくに好きでいてくれた。
残花が父だったって分かったからとか、そうじゃなくて。うまく言えないけど……近過ぎて、気付けなかったのかもしれない。
「根助……大好き」
「ああ、おらもだ。大好きだぞ、タネ」
私は少しだけ体を離し、泣き跡の残る根助の顔をじっと見上げて――そっと、口づけた。根助は少し驚いて――私達はまた抱き合って、目を瞑った。
二人を見守る葉桜が風に揺れ、さわさわと葉の擦れる音が聴こえる。私の鼓動と、根助の鼓動が重なって。
今を生きよう、って。
そう思えたんだ。





