第46話 手と手を繋いで
「桜花の剣を造る、だと……! その桜で、か? そんなことが出来るのか!?」
芽ノ村の広場に咲く満開の桜の下、決意を述べた私に、咲良が驚きの表情で問う。
「やってみなきゃ、わかんない。でも、きっと出来る」
私には、不思議と確信があった。自分が残花と向日葵姫の子だって知ってから、自分の力が何なのか、はっきりと認識出来るようになったから。
「私の樹法は、草木の形や大きさを変えたり、動かしたりする力だと思ってた。でも今、残花が遺してくれた桜と《《会話して》》、やっと本質がわかったんだ」
咲良や皆が黙って耳を傾ける中、私は続ける。
「私が草木を操ってるわけじゃない。花が私の想いに応えてくれるの。だから、きっと造れる。だって……」
私は、込み上げる涙を堪えながら、言う。
「残花は、絶対、応えてくれるもの」
母上が、大きくうんと頷く。
「ああ、違いないさ」
せやせや、と猟も同意する中、咲良が口を挟む。
「……桜花の剣は確かに強力だ。だが、残花はそれでも――」
咲良の発言を、断十郎がすかさず遮る。
「残花より強くなりゃいいだろ。俺は奴に負けたなんて思っちゃいねえ。タネ、お前だって、《《もっと強え剣》》造れるよな」
断十郎の振りに、ハッとした。正直、その発想は無かった。でも、残花の剣よりも強い剣だって、造れるかもしれないんだ。
「うん、やってみる」
「おお、その意気だ」
断十郎が皆を見て言う。
「俺ぁ、残花を神サマだなんて思ったこたぁ無え。確かに強い剣士だった。特別な剣を振るう奴だった。だが、それだけだ」
皆が、うんと頷く。そうだ、私達はみんな、残花が神様だから尊敬していたわけじゃない。
「わかったら、もう残花でも無理だったとか言うんじゃねえ。ヤるんだよ、俺達が」
断十郎が、咲良を睨む。思えば、咲良だけは残花の正体を知っていた。神でも無理だったのだという思いが、諦めの気持ちを強めているのかもしれない。
でも咲良は、また首を振る。
「僕は怖じ気づいているわけじゃない。全ての民を負う帝として、冷静に考えているんだ。……わかった。桜花の剣より強い剣とやらを造ることが出来たとすれば、黄泉がこの世に現れた時、斬ることが出来るかもしれない。しかしその時すでに、世は荒廃しているぞ」
「……てめえ、いい加減にしろよ――」
断十郎が咲良に掴みかかろうとした時、私が「待って!」と強く声を出す。
「咲良の言う通りだよ。色んなこと考えなきゃいけない。だって、何でも知ってた残花と違って、私達は何も知らない。だから、どんな未来があるのか考えて、皆が出来ることしなきゃ」
私は、咲良を真っ直ぐに見つめる。
「だから咲良。あなたは、何が出来る?」
「……! 僕は――いや、少し待ってくれ……」
考え込む咲良に、断十郎はふんと呆れたように息を吐く。
「それでも帝かよ。頭でっかち野郎が」
「やめな断十郎。人の上に立つと、色々ある。あんたと似たようなもんさ。わかってやんな」
巴が諌めると、断十郎は舌打ちした。私には母上の言うことがよくわからなかったけど、断十郎はわかった上で苛ついてるみたいだった。でも咲良は、そんなやり取りが全く聞こえていないかのように集中して思考している。
……
……
……
しばらく皆が黙って待ち、断十郎が苛ついて踵を返そうとした時、ようやく咲良が口を開いた。
「……不確定な未来に、懸けるしかないか」
「ああ? 何言ってんだ」
断十郎が反応したが、咲良は意にも介さず続ける。
「夢を、叶える。僕に出来ること――いや、僕にしか出来ないとも言えるし、僕では出来ないとも言える」
「……どういうこと?」
断十郎は「意味わかんねえ」と呆れる中、私の問いに咲良が応える。
「君が残花より強い剣を造るというのなら、僕も造ってみせる。時空転送機を」
「機巧長屋にあったあれを、実現させるってこと? でもさっき、絶望的になったって言ってなかった?」
咲良が小さく頷き、返す。
「ああ、絶望的だ。人も物も金も技術も、何もかも足りない。だから、増やす。人を、物を、金を。残花がくれた三百年という時間で、文明を進歩させるんだ。いや、進歩なんて速度では間に合わない。飛躍させる」
咲良が、皆を強い意志を持った目で見る。
「僕は神ではない。だが、帝だ。人の上に立つ者だ。ならば帝として、【人の力】を高めよう。黄泉に届く程に」
咲良は声に覇気を込め、続ける。
「人が増えれば、手と頭――即ち、仕事量と思考量が増加する。物が増えれば、さらに人が増え、仕事が進む。金は、その回転速度を上げる。さすれば技術は進歩し、いずれ時空転送の目も出よう。――僕が生きている間には、難しいだろうが」
やっぱり、時空を越えるなんてのは、とっても難しいことなんだろう。だから、今は出来ない。もっともっと賢い人が増えて、働く人が増えて。何代もかけて一生懸命研究して、やっと出来るかどうか、っていうものなんだ。
「無論、これは――」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
咲良が説明を続ける中、鳴岳が口を挟んだ。
「で、出来たとして小っちぇえモンを送るだけで、どうすんで?」
確かに、鳴岳の言う通りだ。たくさんの人が頑張って、時間をかけて出来たとして、小さな物を過去に送って、どうなるんだろう?
「ああ。だから、残花より強い剣を造ることが前提なんだ。しかもこの、桜の樹で」
「え?」
突然の咲良の視線に、私は気の抜けた声を上げた。
「《《木札》》だよ」
「……あ! そういうこと!?」
あまりの驚きに胸がぐっと締まる。わかった、咲良の言いたいこと!
「君が造った剣を、木札の形で過去――まだ残花が存命で、黄泉が煉獄にいる時代に送る。後はそれを過去の君が受け取り、木札から剣に戻し、残花に渡せば良い。そうすれば――」
「残花が、黄泉を斬る」
私の答えに咲良が頷き、不満気に言う。
「正直、不確定な要素ばかりだ。何もかもが、上手くいくとは限らない。こんなものは策とは呼べない。まさに夢。我ながら、こんな考えに依らざるを得ないのは本意ではないが……」
ううん、と私は首を振って、笑顔で言う。
「すごい、すごいよ咲良! 未来なんて不確定だから、造れるんだよ!」
駆け寄って手を握ると、咲良は難しい顔をして言う。
「……簡単なことではない。我々が、神を超えなければならないのだから」
「何?」
咲良は手を離し、静かに語りだす。
「残花――主神であり、初代樹帝の彼は、あまりに偉大だった。実はこの三百年、我々の文明はほとんど進歩していない。残花が各村に下賜した【世の理】――農法に武術に学問、挙げれば切りが無いほど広範な教えが、あまりに進んでいたからだ」
咲良は続ける。
「その神でも為し得なかった進歩を、人の足で進まなければならない」
皆が押し黙って聞く中、根助が口を開く。
「なあんだ、そんなこと。当たり前だ」
根助は、いつの間にか持っていた林檎をずいと前に差し出した。
「神さんはな、最初しか造ってくんねえ。だからおら達百姓は、種残して育てんだ。ウマくなれえって育てんだ。おらのリンゴは、神さんのリンゴよりうめえ。おら、食いモンのことなら神さんにも負けねえ!」
根助の自信に、私は思わず頬が緩んだ。うん、そうだよね。食べ物のことなら、根助が一番!
咲良は、ふっと笑いこぼす。
「ああ、君の言う通りだ。僕らは、残花が残した世を育てなければならない。簡単では無いと言ったが、目はある」
咲良は言葉を強める。
「これからの三百年は、灰人の危険が無い。これは、人の発展にとって非常に大きい」
「あ、そっか! 確かに! 今が安全だから、先のこと考えられるんだよね!」
これまでは、皆いつ灰人に襲われるかとびくびくしていた。そんな状態では現状維持が精一杯で、未来に向かってもっと発展しようなんて、出来やしない。実際、作った物も壊されちゃうし。
「それも大きいが、僕の考えはもう一つある。我が藤家の口伝によれば、残花――初代樹帝の国家設計は、地域ごとに専業化することで、各産業の水準を一気に引き上げることだった。芽ノ村は農業を、狩ノ村は狩猟を、武ノ里は武芸を、沖ノ島は漁業を、機ノ都は工業を。各地域の住民が一産業に集中して従事することで、知と経験の集積を促したんだ」
……ちょっと難しい話になってきた。でも、大事な話な気がする。私達は、頑張って咲良の話を聞く。
「本来はこれらを繋ぐため、商業――即ち【交易】を発展させるはずだった。しかしそれが出来なかったのは――」
「灰人だね」
咲良の言葉に、巴が口を挟む。
「王花様が言っていたよ。【道】を造らねば、と」
「その通りだ。街同士の交流は、灰人の脅威によりままならなかった。街道を造っても壊され、また襲われた。海運も然りだ」
咲良の目線に、江良が大きく頷いた。
「灰魚狩りで精一杯で、とても荷運びなんて出来なかったからね……」
「ああ。しかし、今は違う。繋がれば、各地の産業をもっと活かせる。人を、物を、金を増やせる。人の力を、飛躍的に高めることができる」
咲良の言葉に私は頷き、皆を見て言う。
「いよーし、皆! やること、見えてきたね!」
根助が言う。
「人を増やすんなら、まず食いモンだ! おら達芽ノ村の百姓が、食いモンを作る!」
猟が言う。
「食いモンなら、わいら狩ノ村もや! いや、食いモンだけやない。狩人が狩猟して、肉や素材を捕る!」
鳴岳が言う。
「俺様率いる万雷家は、今や機巧で成り上がった大商家よ。オメーらのモン買って売ってガンガン世の中回してやる!」
江良が言う。
「私達海の民が、それを船で世界中に運ぶんだね」
断十郎が言う。
「流れが増えりゃ、もめ事も増えんだろ。武士の規律で、しゃんと締めてやるぜ」
咲良が言う。
「皆の力をまとめ、文明を進歩させ、時空転送機を発明してみせる」
私が言う。
「残花のくれた桜の樹で、剣を造る! 過去も未来も切り開く、私の剣を!」
母上が言う。
「出来たね、【道】が」
皆が頷き、私は桜に言う。
「見てて、残花。今度は私達が助ける番。時を越えて、あなたを咲かせてみせるから!」





