第44話 友
根助は、涙を枯らしたタネを背負い、巴の家に連れ帰った。白兎に林檎をやると、美味しそうにかじりつき、すぐに根助に懐く。
その晩、タネは旅の全てを巴と根助に語った。板間で囲炉裏の火を囲み、巴と根助は真剣に耳を傾ける。白兎は部屋の隅で丸くなり、すうすうと寝息を立てている。
残花の文には2枚目があり、そこには神代からの全ての出来事が記されていた。残花が主神【桜】であったこと、黄泉は桜が造り、死者の怨念に侵され狂い咲きしたこと、タネは桜と向日葵の子――即ち、人を超越した長命の存在――神であることなど。衝撃の事実に、巴は声を詰まらせる。
「……にわかには信じ難い事ばかりだね。だが、あんたは帰ってきた。タネ、わたしゃそれだけで、本当に嬉しいよ」
タネが帰宅してから何度も言ったその言葉は、しかしタネの心に響いていないようだった。タネは、残花を失った悲しみに暮れ、その表情は沈みきったまま動かない。旅の全てを語る際も、力無く淡々と言葉をこぼしていた。
巴は、それでも言葉を続ける。
「残花は、王花様その人だったんだね。道理で瓜二つなわけだ。そして、王花様は神さまだった……タネ、あんたも」
タネは、こくりと頷く。巴はうんと力強く頷いて立ち上がり、タネの前に膝をつき、抱き締めた。
「それでも、あんたは私の子だ。大事な大事な子なんだよ。良く帰った。あんたはよくやった」
巴の腕の中で、タネは呟く。
「……母上……」
「何だい、タネ」
「……私、何も出来なかった。残花が、全部……ひとりで、背負って……!」
喋りながら声が上ずり、涙が込み上げる。
「それは違うよ、タネ。あんたは御神木を治す。残花は黄泉を斬る。初めからそういう旅だったんだ。ふたりとも、よくやった」
「……でも」
タネは巴の腕の中から顔を上げた。その目は、絶望に沈んでいる。
「黄泉は生きてる。それに、この世もいずれ――」
「ああ、そうだね。さて、どうしたもんか……」
巴がううんと悩んでいると、突然に根助が立ち上がる。
「よし、決めた!」
何やら決意した根助に、タネが力無く問う。
「……何、根助」
根助もタネのもとに歩み寄り、膝をつく。
「おらが、おめの友だち連れて来てやる! ……正直、おらには難しくて神さんの話はよくわかんねえ。でも、おめが色々旅して、たくさん友だち作ったことはわかったぞ。おらは、おめの涙の止め方がわかんねえけど、おめの友だちなら、わかるかもしんねえだろ? だから――」
根助はまあるい手で、林檎を差し出す。
「おめは、おらのリンゴ食って待ってろ。食わねえと、元気出ねえからな」
タネは林檎を受け取り、しゃくとかじった。
その味は、涙が混じって少ししょっぱくて、でも、とても甘かった。それまで食べたどんな果物よりも、ずっと、ずうっと優しくて、心に沁みる味だった。
「……おいしい……」
「おお、そうだろ! おらのリンゴ、いっちばんうめえだろ!」
根助はにかっと大きく笑った。タネに、少しでも笑ってほしかったから。
◆
翌朝、タネの家の前で、根助は巴に挨拶した。タネは心が沈み込み、布団から起きて来れないようだった。根助は心配そうに言う。
「……あんなタネ、おら初めて見た」
「ああ、私もだよ」
根助は、力強い目で巴を見る。
「おら、タネには笑っていてほしい。あいつは、笑顔がいっちばんだ」
「……そうだね」
巴も心配そうに頷いた。
「で、どうやって行くんだい」
「実は、昨日からこいつが」
林檎を食べて神力が充実した白兎が、もふもふの大きな体を根助に擦り付ける。
「なるほど、その兎はタネと残花を乗せて一緒に旅してたんだっけね。それなら旅路を追えそうだ」
「うん。おらは道わかんねえから、任せるぞ!」
根助が声をかけると、白兎は得意気にぶふうと息を吐き、背を低く落とす。根助はよいしょと背に乗り、手綱を掴んだ。
「そんじゃ、巴さん。タネのこと、たのんます。あいつ、ほっとくと何も食べそうにねえし、とにかく食わせねえと」
「ああ。タネは任せとくれ。ありがとう、根助」
根助は軽く手を振り、巴も振り返す。白兎はぐんと速度を上げ、門から出て広い草原へ駆け出した――。
◆
それから根助は、白兎に乗って世界を駆けた。タネが旅した道は、全てが花と緑に満ちていて。根助はあらためてタネの偉業に感心した。
タネの旅順に沿って、獣ノ山、武ノ里、浜ノ村、機ノ都へと旅した。根助は、行く先々で叫んで頭を下げた。
「おらはタネの友だちの根助だ! 誰かタネの友だちはいませんか! タネが泣いてる! おらはただ、タネに笑ってほしい。タネの友だちなら、あいつを助けてやってくれませんかあ! たのんます! たのんます……!」
正直、根助は不安だった。得体の知れぬ自分に、どれだけの人が応えてくれるだろうと。しかし、その反応は予想外のものだった。
【狩ノ村の狩人達】
「わいはタネの友達や!」
「わいもや、タネはわいらの恩人やでえ!」
「泣いとるやと! 誰や泣かしよったんは!」
【武ノ里の武士達】
「タネは我々の友人だ! 助けに行かねば仁義がすたる!」
【浜ノ村の海の民達】
「なにい、タネちゃんが!? お頭あ! 一大事でさあっ!」
【機ノ都の鳴岳と門衛】
「俺様はタネの親友だぜ! すぐ行ってやる!」
「その件で、帝がお呼びです。どうぞ御殿へ」
どこに行っても、道行く人が、タネを友達だと、恩人だと答えた。御神木を治し、その地に平和と実りをもたらしたタネは、誰からも感謝され、またその明るさに親しまれていた。皆が共に歌い踊ったのだと教えてくれた。あまりに友人と名乗る者が多いので、芽ノ村には一番縁のある者に来てもらうことにした。
獣ノ山からは、兎番の谷井猟。
武ノ里からは、武家総本家当主の仁道断十郎。
浜ノ村からは、海の民頭領の出海江良。
機ノ都からは、新樹帝の藤咲良と、機巧長屋の万雷鳴岳。
そうそうたる面々に、根助は心から驚いた。何より樹帝だなんて。でも、タネだからと、ある意味納得もした。
全ての旅先を巡った根助は、芽ノ村に向かって草原を駆ける白兎の背の上で、タネに想いを馳せる。
◆――……
タネ、おめはすげえヤツだ。
おめがすげえのは、樹法師だからじゃねえ。ましてや神さんだからなんかじゃねえ。
どんな力があったって、それで人は友だちになんかなっちゃくれねえ。
おめが、真っ直ぐだから。
おめが、一生懸命だから。
だから、胸にくるんだ。
だから、好きになるんだ。
間違いねえ。
だっておらは、おめのこと、いっちばん良く知ってんだ。世界中の誰よりも。
おめは、ホントにすげえヤツなんだ。
安心しろ、泣くこたねえ。
みんな、おめの友だちだぞ。
今度は、みんながおめを助けてくれる。
みんな、みいんな、おめの友だちだぞ――。
……――◆





