第39話 黄泉、狂咲
◆――……
桜と向日葵が創造した天地は、まさに楽園だった。大きな御神木のもとに多様な生命が溢れ、色とりどりの草花が咲き誇り、日の本で輝いていた。
しかし楽園は、僅か一夜にして終焉を迎える。
黄泉が灰人を現世に送り、甜果の御神木を焼き、数多の命を刈り取った。全ては、桜を脅迫する為に。
灰人が黄泉の言伝てを天に告げる。
『禅譲せよ。さもなくば他の神も焼き殺し、現世に生きる者みな我が傀儡にせん』
◆
天ノ島の遥か雲上、日の光輝く真白な神界で、桜は激昂する。
『何故だ! 黄泉は何故、世を荒らす!』
桜は、まだ黄泉の変化を知らなかった。日の光届かぬ煉獄は、その暗さ故に他の領域から観測出来ず、また隔世のため声も届かない。心芽生え、死者の怨念に爛れた黄泉の現状を知らず、ただ怒りを感じていた。向日葵の笑顔の為に、向日葵と共に造り上げた現世を荒らされたことが、許せなかった。
『ねえ、桜……私、煉獄に行って、直接――』
『駄目だ! 黄泉は神殺し。行かせるわけには行かん。もしも向日葵に何かあったら、俺は――!』
向日葵の言葉を遮って、桜はわなわなと拳を握る。もし、黄泉が向日葵を手にかけたなら。桜は、自身ですら何をしてしまうか分からなかった。それ程に強い怒りが込み上げていた。
握った拳を、ゆっくりと開く。膨大な桜の花弁が散った後、手の平に残るは一振の刀。
それは、万物を造る力とは真逆の力。
即ち、桜の命を代償に万物を斬る、破壊の力――【桜花の剣】。
『……! 黄泉を、斬るの……?』
向日葵は、すがるような目で桜を見上げた。桜が向日葵を想って造った特別な花である黄泉を、怒りのままに斬り捨てんとする桜の形相が、悲しかった。桜は答えずに、背を向ける。
『……煉獄へ行く』
瞬間、向日葵の脳裏に起きてはならない光景が浮かんだ。それは未来視と呼べる程に確信的な予感。煉獄に黄泉が狂い咲き、桜が火に臥している絶望の光景――。
向日葵は桜の袖を引き、振り向かせる。
『ねえ桜、行かないで。黄泉はもう――』
桜は、毅然として答える。
『だとしても、煉獄へ行かねば。黄泉を造ったのは俺だ。責を果たす』
向日葵は俯き、しばし沈黙した後、覚悟を決めて口を開いた。
『……どうしても行くのなら、ひとつだけ私のわがままを聞いて』
『……何だ』
向日葵は桜の袖をぎゅっと掴んだまま、真剣な眼差しで、切に請う。
『お願い。私に――あなたの、種を頂戴』





