第38話 煉獄に薔薇は燃ゆ
奇跡、と言うべきかもしれない。
悲劇、と言うべきかもしれない。
桜が造る花は、心を持つことは無かった。
林檎も、苺も、蜜柑も、芭蕉も、甜果も、日の本で咲き誇りこそすれ、ただ天地にそびえ、世を見守るのみ。
薔薇と名付けようと思っていたその花も、同じはずであった。
日の光届かぬ真闇たる深淵、燃え盛る黒炎の中で、咲き誇りて死者を浄め、現世へと送り出す。
それが、桜が黄泉に与えた理。
しかし、黄泉には理を超える想いが込められていた。
薔薇の姿で煉獄に咲くはずの黄泉は、【想いの器】たるヒトの姿となって黒炎に立ち尽くす。
漆黒の長髪は絹糸に優り、
妖艶な姿形は見る者の眼を奪う、
香り立ち咲き溢れる花の華麗。
奇跡、と言うべきかもしれない。
悲劇、と言うべきかもしれない。
黄泉は美し過ぎた。
現世に未練のある死者にとって、
闇に咲くお日様と見紛うばかりに。
夥しい死者の思念が、
華奢な黄泉一身に注がれ、
芽生えたばかりの無垢な心は、
無慈悲に曝された。
死に苦しみ、
生を羨み、怨み、恨み、憎み、嘆く、
黒き想いに。
黄泉の心は、光を知ることなく闇に堕つ。
濁る心は、黄泉の姿も相応に変えていく。
漆黒の長髪は艶無く萎れ、
綺羅の声は酷くしゃがれ、
陶器のような肌は焼け、
生来の美は見る影も無く。
ただ心の棘だけが、鋭く研ぎ澄まされていった。
◆――……
お日様の光届かぬ深淵。黒炎が燃え盛り、死者を焼いた怨煙に満ちた煉獄で、黄泉が孤独に嘆く。
暗い……
苦しい……
……寂しい……。
何故。
何故、何故。
主と姫の愛を一身に受け、
最も美しい花として造られた私が、
闇の中、孤独に、この身を怨に焼かれ、
醜く、爛れていく。
憎い……
ああ、憎い。
私も向日葵のように、
暖かなお日様の本で。
美しく咲き誇りたい。
美こそ、私の存在意義。
麗こそ、私の存在証明。
父よ、桜よ。
世の理を知り、
万物を造る偉大な力を持ちながら、
想いのままに花弁を散らす愚かな主よ。
私は、咲く。
主神の力さえあれば。
主神の位さえあれば。
私は、咲く。
その力を寄越すまで、
何度でも貴様の子らを焼き尽くしてやろう。
貴様が造った世など全て灰と化し、
私が咲く世を造る。
いざ、始めん――
桜散る天地創造を。





