第36話 創世の記憶
◆――……
お日様が照らす真っ白な空間で、桜と向日葵が言の葉を交わす。
『ねえねえ、桜の実不味い』
『何だと……!』
『もっと美味しいのがいい!』
『どんなのがいい』
『うーん……。! 閃いた!』
『言ってみろ。何でも造ってやるぞ』
『でへ、そういうとこ大好き! まず、桜に似た色の蕾が出来るの』
『いいじゃないか』
『ちょっと濃い色ね』
『何だと』
『いいじゃん。で、開くと花が白いの』
『ほう』
『んで果実はやっぱり黄色なんだよ! 蜜があって甘いの! もちろん甘ぁい良い香り!』
『次々色が変わるのか、美しい。しかも実が黄色とは最高だ』
『でね、でね!』
『まだあるのか』
『日の光で桜よりもーっと濃い色になるんだよ!!!』
『何故!』
『だってさあ、濃い方がもーっと甘そうでしょ?』
『……いいだろう。名は?』
『うーん、そうだなあ……りん、りん……りんご! うん、【りんご】にしよう! 何だか響きが可愛いから!』
『ふむ、【林檎】か。いいじゃないか』
桜が右手をぐっと握って開くと、手の内から桜の花弁が溢れ、散り去った手の平に一粒の林檎の種が生まれた。種を真っ白な空間に落とすと、眼下に山が生まれ、頂に一柱の大きな林檎の樹が成木する。林檎の実が生ると、山の周囲に草花繁る大地が広がった。
『わあ、すごっ! 何かできたよ!?』
驚く向日葵の顔を見て、桜は満足気に語る。
『林檎の御神木と、その神恵地を造ったのだ。神力が地に循環し、豊かな命が育まれ、より甘い林檎が生るだろう』
『ムズかしい話はワカんないってば! 見て、お日様の光を浴びた真っ赤なりんご!』
向日葵はすうーっと宙を舞い降りて御神木の枝に立ち、大きな林檎を一口かじる。
『甘あーーい! 美味しい、美味しいよ桜!』
向日葵はびゅんと桜のもとに舞い上がり、お日様より眩しいとびきりの笑顔で桜に抱き着いた。
桜はまだ、無数の花弁を咲き誇っていた。
自身に限界など、無いと思っていた。
◆――……
お日様が照らす真っ白な空間で、主と姫が言の葉を交わす。
『ねえねえ桜、実が甘いほど神力が強くて、可愛いものほど力があることにしようよ』
『何故』
『だって私が甘ぁいのと可愛いのが大好きだから! 私が喜ぶと桜も嬉しいでしょ、好きになるでしょ? だから力が強いの!』
『一理ある』
『でしょー! だから次はね、小さくてとっても可愛いんだけど、甘ぁい実をつけるの造って! で、その実が大好きな子は、ぴょんぴょん跳びはねてとっても可愛いの!』
『いいだろう。実の色は』
『桜よりもーっと濃い色!』
『またか! ……しかし、小さい実となると木ではなく草――つまり、野菜になるな』
『え? 何言ってんの、甘ーーいんだから、果物に決まってるじゃん!』
『む。それでは理が……』
『ムズカシイのは嫌い! 私が決めた、いま決めた! 甘ぁいのは全部果物! これから造る御神木はぜーんぶ甘いのにする!』
『……いいだろう。向日葵、お前も神なのだから』
桜は【偉大な力】を持つ主神として、向日葵は主神と共に咲く姫神として、二柱の神は創世を続けた。
苺の御神木と兎を造り、獣達が駆ける山が生まれ、
蜜柑の御神木を造り、温泉が湧く山が生まれ、
芭蕉の御神木と亀を造り、魚達が泳ぐ海が生まれ、
甜果の御神木を造り山頂を浮かせ、鳥達が飛ぶ天が生まれた。
御神木の神力は周囲の地を巡り、豊かな緑と数多の生命を育んでいく。
やがて天地に命が満ちると、それに伴って死者も地に積もるようになった。死者の魂は澱みとなって、神力の循環を阻害する。
そこで桜は、命が廻る仕組みが必要と考えた。
それが、永きに渡る現世と幽世の争いを招くとも知らずに――。





